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一五章 復活のとき

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 ノウラによって招集された議会は最初から雰囲気は最悪だった。
 誰も彼もがノウラに対してうさん臭げな視線を向け、不信感を隠そうともせずにむき出しにしてぶつけてくる。
 敵意さえもっている。
 そう言っていい表情ばかりだった。
 地球回遊国家の議会は男女がほぼ同数で、全体の九割近くを占める。残りの一割ちょっとが『性別・その他』に属する。
 世界中の難民の安住の地として作られた人工国家らしく、構成メンバーは人種・民族共に実に多彩である。
 肌の色といい、目の色といい、髪の色といい、素の状態ではあってもまさに十人十色であって、並んでいるのを見ているだけで目がチカチカしてくる。
 もっとも、そんな自然のちがいは地球回遊国家特有の『いつでもカーニバル!』な装いのせいで消し飛んでいるわけだが。
 年齢においても下は二〇代から上は永都ながとよりもさらに歳上の九〇代にいたるまで実に様々。それらの様々な人種・民族・年齢の人物を議会に入れるため、地球回遊国家の議会は国の規模に比べて、議員の数がかなり多い。それだけに、
 「効率が悪い」
 「まとまりがない」
 「意見が合わず、議論ばかり」
 「なにを決めるにも時間がかかる」
 などと、批判されることも多い。
 しかし、そんな『まとまりのなさ』で知られる議員たちがこのときばかりはひとつにまとまっていた。
 ノウラに対する反感。
 その一点において。
 もともと、地球回遊国家は王政とは言っても国王の権力が絶対、などというわけではない。いまどき、そんな制度を志していては人は集まらないし、国際社会から認められるわけもない。国王の職務はあくまでも外交と議員間の調整。そして、目標の提示。
 「地球回遊国家の目標はこうだ!」
 と、おおざっぱな方針だけを打ち出し、それを実現させるのは議員の仕事。議員の側から『その目標を達成するために、このような手段をとる』という提言が行われ、国王がその提言を受け入れれば、実現のために必要な権限を渡して必要に応じて手助けする。そして、議員同士で利害がぶつかり合えばその仲裁に乗りだし、調整し、事態をおさめる。
 つまり、政務の主役はあくまでも議員。
 国王はその手助け。
 それが、地球回遊国家の政治形態。国王が直接、政務を執り行うわけではない。そもそも、そうでもなければ日本の一般家庭出身である永都ながと七海なみに国の運営などできるはずもない。
 できる人間を選んで、任せる。
 それを徹底してきたからこそ、地球回遊国家の大きな発展があったのだ。
 そして、国王は実務を議員に任せたあとは、世界中を巡りあるいて各国との信頼関係の構築に尽力する。永都ながと七海なみ頻繁ひんぱんにナフードを訪れ、ノウラがその姿を見てきたのはそのためだ。
 それだけに、議員たちにしてみれば『自分こそが地球回遊国家を支えている』というプライドがある。とくに、妻を亡くした永都ながとが気力を失い、事実上の隠居生活に入ってしまうと、国の運営は全面的に議会に託された。
 国王が不在のなか、議会の力で地球回遊国家を運営してきたのだ。それがいきなり、上位者としての権限で招集などされれば腹も立つ。
 まして、その命を下したのが国王である永都ながとであればともかく、ノウラとあっては。
 ノウラが永都ながとの後妻として、未来の王妃としてやってきたことはもちろん議員たちも知っている。
 しかし、いまだに正式に結婚しているわけではなく、籍も入っていない。つまり、現在のノウラはあくまでも『未来の』王妃であって、いま現在のところは無位無官の客人に過ぎない。
 そんなやつに命令されるいわれはない!
 そう叫びたいのが議員たちの本音だった。
 ノウラにしても、議員たちのそんな気持ちは察している。そう思うことも理解できる。自分だってたとえばナフード王国に突然、見ず知らずの外国人がやってきて『我に従え!』などとやり出したら腹が立ったことだろう。たとえ、その外国人が国王の伴侶であったとしても。
 だから、議員たちの気持ちはわかる。自分に敵意を向ける議員たちに腹を立てることはなかった。
 ――まあ、気に入らなくて当然よね。
 そう思っている。
 だからと言って、
 「地球回遊国家でのやり方を学びたいのです。どうか、ご指導ください」
 などと、頭をさげて相手のご機嫌をとるような真似ができるノウラではない。そうするためにはノウラは気が強すぎたし、生硬せいこうすぎた。そして、おそらくは――。
 若すぎた。
 ノウラは頭をさげるかわりに堂々と胸を張った。議員たちの不信感と敵意を真っ向から受けとめ、あらゆる敵をねじ伏せる覇王のような態度で言ったものである。
 「長らく中断されてきた石油生成菌の大規模培養。その計画を再開します」
 それは、提案などではなく宣言。
 まさに、絶対王制国家における国王の命令だった。
 「石油生成菌の培養計画を再開するですと?」
 議員のひとりがますますうさん臭いものを見る目でノウラを見た。鼻のあたりがひくつき、しわがよっている。
 その表情ひとつでノウラに対する敵意がうかがえるというものだ。それでも、敬語らしき言葉遣いをしている分、『未来の王妃』に対して気遣っていると言える。
 「そうです」
 と、ノウラは胸を張ったまま答えた。
 「しかし、あの計画はもう何年もの間、放り出されているままなのですぞ?」
 「だから、再開するのです」
 ノウラは断固たる決意を込めてそう言い放った。
 相手を馬鹿にしている。
 そう言われても仕方がないぐらいの口調で。
 その態度に議員たちの敵意と不審感はますます強まったが、ノウラはかまわずにつづけた。まさに、我が道を突き進む覇王の態度で。
 「思い出すことです。永都ながと陛下といまは亡き七海なみ殿下。そのおふたりが夢見たものは『人と人が争うことなく、その潜在能力を存分に発揮できる世界』を作ること。その夢を実現させる手段のひとつとして『人類社会の公平な発展』を実現させる。そのためのさらなる手段として石油生成菌の大規模な培養を行う。
 現在、世界には目を覆うほどに巨大な貧富の差があります。そして、貧困層の大半はわずかばかりの土地にしがみついて作物を栽培する小規模農家。その小規模農家たちをエネルギーの生産者へとかえる。そうすれば、現在はごく一握りの人間の手に渡っている莫大なエネルギー収入が広く、薄く、世界中の貧困層のもとに分配されることになります。
 そうなれば、貧富の差は著しく縮まります。貧富の差が縮まれば、人と人の争う理由の大半は消滅します。そのために、石油生成菌の大規模培養を世界中に広める。そのために、中断されている計画を再開する。そういうことです」
 「ですが、それならばすでに、太陽電池の普及という形で行われておりますぞ」
 「そうですとも。すでに、世界中の貧困層がかなりの割合でエネルギーの生産者にかわっております。いまさら、石油生成菌の培養などする必要もないでしょう」
 「それは、もちろん知っています」
 ノウラは、議員たちのいかにもやる気のなさそうな返答にも負けずに言い返した。
 「ですが、太陽電池だけではカバーしきれない分野があります。プラスチック製品を太陽エネルギーから作ることはできないのです。それは、石油だけにできることです。だから、石油生成菌を培養し、石油を製造する。もちろん、太陽電池の普及もかわらずつづけます。太陽電池に加えて石油生成菌の培養も行う。そうすれば、貧困層の収入はさらに増える。いいことではありませんか」
 「ですが、畑で石油生成菌の培養はできませんぞ?」
 「畑ではできなくても水田ならできます。そして、世界には水田にふさわしい地域がたくさんあるのです。とくに、アフリカには水田適地が日本の一〇倍もあるそうではありませんか。
 世界中に水田を整備し、稲作を行うと同時にそのなかで石油生成菌を育てる。そうすれば、食糧の安定供給と共にエネルギーも増産できる。貧困層もより多くの収入を得られるようになる。世界を安定させるための良策ではありませんか」
 ノウラのその熱弁に対して、議員のひとりがいかにも見下したような、そう、生粋の金持ちが貧乏人をごく自然に『自分より下』と見なすような、そんな態度で言った。
 「なるほど。たしかに良策ですな。しかし、大きな問題があります」
 「問題とは?」
 「あなたに、その方針を掲げる権限などないと言うことです」
 その議員ははっきりとそう言った。すると、次々と同調する議員たちが表れた。
 「その通り。現状では、あなたはあくまでも国王陛下の個人的な客人に過ぎない。そもそも、このように議会を招集する権限すらないのですよ」
 「義理で出席はしたが、このようなたわごとにはとても付き合えんな」
 「そういうことだ。なんの権限もない一般人の独断専行などに付き合うわけにはいかん」
 議員たちは口々にそう言って、椅子から立ちあがる。議会場を出て行こうとする。沈没寸前の船を見捨てるネズミのように。
 そして、なんの立場も、権限もないノウラには、その議員たちを押しとどめることすらできない。出て行くのを黙って見ていることしかできない。
 議会場のなかでノウラはただひとりだった。ひとりの味方も、協力者もいない。その現実にノウラはギュッと拳を握りしめ、唇を噛みしめた。だが――。
 突然、響いた声がすべてを覆した。
 「独断専行などではない」
 その言葉と共に表れた人物。それは――。
 国王としての正装に身を包んだ、葦原あしわら永都ながとその人だった。
 「こ、国王陛下……」
 もう何年も国政の場に表れたことのない国王の突然の登場に、議員たちは息を呑んだ。そんな議員たちをにらみつけるようにして、永都ながとは歩を進めた。
 律動的な歩調。
 まっすぐに伸びた背筋。
 なによりも、力強い眼光と全身から放たれる気力。
 七〇代とはとても思えない、一〇歳どころか二〇歳も若返ったような姿だった。
 永都ながとは気力あふれる姿で議員たちを一人ひとり見据えた。
 そして、言った。
 「人と人が争うことなく、その潜在能力を存分に発揮できる世界を作る。それが、余と七海なみの願いであり、地球回遊国家の国是であること、まさか、忘れたわけではあるまいな?」
 「は、はい……」
 国王自らにそう言われては、議員たちにしてもうなずくしかない。
 「だが、余はすでに歳だ。その国是を実現させる時間などあるまい。だからこそ、このノウラを我が後継者として迎えた。そのノウラに背くことは余に背くのも同じであり、すなわち大逆である」
 大逆である。
 その言葉に――。
 議員たちは、稲妻が走ったようにその身を硬直させた。
 永都ながとはふいに表情と口調を和らげた。
 「とはいえ、そのことを周知させておかなかったのは余のミスだ。その意味では、その方たちの言い分ももっとも。よって、今回のことは不問に処す。だが……!」
 いったん、議員たちを安心させておいて、永都ながとはさらに苛烈な一言を放った。
 「いまこのときより、そのような態度は決して許さぬ! ノウラの言葉は余の言葉と心得、協力せよ。よいな?」
 「はっ!」
 国王の威に打たれて議員たちは一斉にこうべを垂れた。いくら、地球回遊国家の国王が補佐役であり、調整役であると言っても王は王。お飾りでもなければ、象徴でもない。本気になれば、その権威は議員たちを有無を言わさず従わせることができる。
 「……陛下」
 永都ながとの突然の登場に、ノウラは目を丸くしてその姿を見つめている。永都ながとはそんなノウラに対して視線を向けた。甘さや親しみなど一切ない、厳しさだけの視線だった。
 「では、ノウラよ。我が名代としてこの場で宣言せよ。我が地球回遊国家がいま、なにを為すべきかをな」
 「はい!」
 我が意を得たり!
 まさに、そう言いたげな表情でノウラは立ちあがった。背筋をまっすぐに伸ばし、議員たちに視線を向けた。
 「我が地球回遊国家の目的は、人と人が争うことなく、その潜在能力を存分に発揮できる世界を作ること。
 その目的達成の手段のひとつとして、人類社会の公平な発展を実現させる。
 そのために、石油生成菌の大規模培養を世界に広め、わずかばかりの土地を使って農業に励む人々が、より多くの冨と影響力をもてるようにする。
 それが、現在の地球回遊国家の為すべきことである!」
 「聞いての通りだ」
 永都ながとがノウラの宣言が終わるのをまってから言った。
 「方針は決定された! 国王が方針を定め、議員はその実現のために実務を行う。それが、地球回遊国家の在り方。すぐに、目的達成のために取り組め!」
 「はっ!」
 雷霆らいていのごとき一声で議員たちを従わせ、永都ながとは改めてノウラを見た。相変わらず厳しいばかりのその視線で。
 「ついてこい、ノウラ。我が後継者として必要なすべてを叩き込んでやる。それがすむまで寝る間もないと思え!」
 「はいっ!」
 永都ながとの厳しすぎるほどきびしい声に対し、ノウラはしかし嬉々として答えた。この熱さ、この激しさ。それこそが、ノウラが恋い焦がれていた永都ながとの姿だったのだから。
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