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一〇章 ラブコメのお約束
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「ほらほら、どうなさいました、永都陛下。そんなことではおいていってしまいますよ」
王宮の中庭。一面に広がる氷の甲板の上におかれた大小様々なコンテナのなかに絢爛たる花が咲き誇る。
花と氷。一見、相容れないように思えるそのふたつの要素が組み合わされて生まれる幻想的な雰囲気の庭園。
そのなかに、ノウラのイタズラっぽい声が響く。実際、ノウラの表情はイタズラを楽しむ子どもそのもの。無邪気で、小生意気で、そして――。
魅力的だった。
「くっ……」
そんな声に誘われて、永都は必死に足を動かす。歯を食いしばり、いまの自分にできる精一杯の速度で歩く。なんとか、ノウラに追いつき、捕まえてやろうとする。
ノウラはそんな永都をまつかのように時折ふいに足をとめる。両手を腰の後ろで組み、長い髪を風になびかせ、イタズラっぽい笑みを浮かべながら永都がやってくるのをまっている。
距離が近づく。永都が捕まえてやろうと腕を伸ばす。その手が自分の腕をつかむその寸前、ノウラはスルリと身をかわす。身を翻して走り出す。クルリクルリと回転してはスカートの裾が揺れうごき、フワリと浮きあがる。そのたびにノウラは楽しそうに手を叩いて唄ってみせる。
「鬼さん、こ~ちら。手の鳴るほ~へ」
「なんで、そんな歌を知ってるんだ⁉」
永都は歯をむき出しにして唸ってみせる。腹が立つ。気に食わない。なんとしても捕まえてやる!
その思いで必死に追いかける。
頬を赤くして、息を切らしながら、それでもできる限りの早足で歩く。距離をつめ、腕を伸ばす。今度は、ノウラは逃げなかった。永都の歳老い、骨張った手がノウラの若く瑞々しい腕をつかんだ。しっかりと握りしめた。
「ど、どうだ。捕まえてやったぞ」
息を切らし、汗を流しながら、それでも永都は嬉しそうに言った。そんな永都にノウラはニッコリと微笑んだ。
「お見事です、永都陛下」
優しく微笑まれ、永都は得意そうに笑い、胸を張った。その瞬間――。
永都が足を滑らせた。歳老い、しかも、ここ数年はほとんどベッドのなかでうつらうつらとして過ごしていた身が久しぶりにこんなに歩いたのだ。筋肉はすでに疲れている。それだけでもすでに足元はおぼつかない。その上、足元は氷。滑るなという方が無理な状況。
永都は正面に倒れ込んだ。とっさに体勢を立てなおすほどの筋力も、反射神経も、バランス感覚もすでに失われている。
「ヤバい!」
と、思いつつまっすぐに倒れていく。その眼前にはノウラの胸。若く、瑞々しいふくらみがまっている。豊かな胸の谷間が魅惑的なクッションとなって倒れ込んだ永都の顔を受けとめた。
むにゅっと音を立てて、永都の顔が柔らかなふくらみに吸い込まれる。柔らかな肉丘が変形して永都の顔面を受けとめ、顔いっぱいに密着する。
永都は一瞬、呼吸ができなくなった。動きがとまった。永都は顔を真っ赤にした。いままではちがう理由で。
冷や汗が流れた。あわてふためいてノウラの体に手をかけ、顔を引きはがす。
「す、すまん……!」
顔を真っ赤にして視線をそらし、そう言った。その姿、まるで思春期の少年のよう。そんな永都の姿にノウラはクスリと笑って見せた。
「ご遠慮なく。わたしたちは夫婦なのですから。いつでもどうぞ」
「馬鹿を言え!」
永都はそっぽを向いたままそう怒鳴った。真っ赤になった頬が照れ隠しの叫びであることをこれ以上ないほどに告げていた。
「そうですね。そういうことは夜の寝室ですべきことですね」
ノウラはぬけぬけとそう言うと、永都に並んだ。そっと腕をからめ、ゆっくりと歩きだした。永都もつられて無言のまま――仏頂面のままとも言う――歩きだした。
南洋の日差しのもと、潮風と海鳥の声に包まれて、花の咲き乱れる氷の船の上をふたりはゆっくりと歩いていく。
散策していく。
永遠につづくかと思われるゆったりとした時間。それも、ふいに終わる。ノウラが突然、腕を放し、駆け出してはイタズラっぽく笑って永都を誘う。
「このっ……!」
と、永都はムキになって追いかける。
まるで、高校生のカップルが浜辺で追いかけっこをしているかのような微笑ましいその光景。
やがて、ノウラは立ちどまって永都に捕まり、よりそってゆっくり歩く。それからまたノウラが駆け出し、永都を誘う。
永都はムキになってできる限りの速さで歩き、ノウラを追いまわす。
その繰り返し。
端から見れば、ノウラが畏れ多くも国王陛下をからかって遊んでいるように見えるだろう。実際、からかって楽しんでもいるのだが、それだけではない。
いくら、運動が必要だからと言っても、七〇代の人物を考えなしに引っぱりまわすほどノウラは単純ではない。高齢者に適切な運動はなにか。そのことはきちんと調べてある。
手軽な運動として進められていたのはやはり、ウォーキング。ただし、ただ単に歩くのではない。『一〇歳、若返る歩き方』というものがある。
それが、本人にできる限りの早足で歩き、それからゆっくりと歩き、また早足になるという繰り返し。その歩き方でグンと若返るという。
だから、ノウラはいちいちからかっては永都をムキにさせて早足で歩かせ、しばらくしたらよりそってゆっくり歩き、またからかって……を繰り返しているのだ。
それをしばらく繰り返すとさすがに永都に疲れが見えはじめた。年齢と、ここ最近の生活態度を思えば当然のことだった。
ふたりは庭園のなかのベンチに並んで腰掛けた。潮風が頬をくすぐるなか花の香りに包まれて、ふたりは静かな時を過ごした。やがて、ノウラが言った。
「立派なお花ですね。氷の船の上にこんな庭園を作られるなんて。七海殿下のご指示で作られたと聞きましたけど、七海殿下は花がお好きだったのですか?」
「いや……」
と、永都は懐かしそうに答えた。
「七海は、いつでも未来のことを考えていたからな。庭園を作ったのは遺伝子を守るためだ」
「遺伝子を守る?」
「ああ。おれたちが氷の船を作って活動をはじめた頃、世界はかつてなく核戦争の危機にさらされていたからな。いつ、核ミサイルが飛び交っても不思議ではなかった。
核戦争となれば、世界中の遺伝子が放射線汚染されて傷ついてしまう。変異してしまう。だから、七海はこの船の上にあらゆる植物と動物を集め、本来の遺伝子を守る場にしようとしたのだ。太平洋上を回遊する氷の船団ならば陸地よりも放射線の影響は受けずにすむだろうとな」
「現代のノアの箱船というわけですね」
「いや、七海の氷の船団だ」
ノウラの言葉に――。
永都はきっぱりとそう言った。
「しかし、その七海も死んでしまった。あとのことを、おれひとりに押しつけてな」
ほう、と、永都は重い溜め息をついた。
「お疲れですか、永都陛下?」
「ああ、そうだな。こんなに歩いたのは久しぶりだからな。さすがに、疲れた」
「それなら……」
と、ノウラは得意気に自分の膝を叩いてみせた。
「ここに世界一の枕があります。ごゆっくりおやすみください。昼食の時間になったら起こしてさしあげますから」
世界中の男が全財産をはたいてでも権利を買いたいと思うその提案に対し、永都は顔を真っ赤にして怒って見せた。
「ば、馬鹿を言うな! この歳になって膝枕などできるか!」
「いいでありませんか。夫婦の間柄でそんな遠慮はいりませんよ」
「お前は妻ではない!」
「いいから、おやすみください」
ノウラは永都の頭をむんずとつかむと、問答無用で自分の膝の上に押しつけた。永都は顔をしかめたが、いざ、その瑞々しい感触にふれてしまうと……抵抗できないのはやはり『いくつになっても男は男』なのだった。
ノウラは永都を強引に寝かしつけると、歌を口ずさみはじめた。
「おれは子どもじゃないぞ! 子守歌なぞいらん」
「わたしが唄いたくてうたっているだけです。お気になさらず」
ノウラはそう言って、かまわずに唄いつづけた。
森のなか湯気をたてるシチュー鍋をみんなで囲めば
ほおら 幸せのときがはじまる
物語語り 歌を唄い 笑いかわして
相手の存在喜び 自分の存在喜ばれて
ゆったりと過ごそう
すべてはそのひとときを得るために
狩りをしたいから狩りをするわけじゃない
そお この場に戦う勇気なんていらない
幸せ感じる心だけがあればいい
森のなか湯気を起てるシチューをみんなで食べて
日差しを浴びながら横になろう
物語語り 歌を唄い 笑いかわして
相手の存在喜び 自分の存在喜ばれて
ゆったりと過ごそう
すべてはこのひとときを得るために
狩りをしたいから狩りをするわけじゃない
その歌を聞いているうちに、永都の目に涙がにじんだ。
いま、ここにある世界。なんの不安も、心配もなく、人と交わり、ゆったりと時を過ごすことのできる世界。それこそがまさに、いまは亡き七海が世界中すべての人間に手に入れてほしいと願ったもの。
その世界がここにある。
七海と自分はそれができる世界を作りあげた。それなのに――。
――七海。お前はもうこの世界にいない。
その思いに絡めとられるように――。
永都は眠りに落ちていった。
どれだけの時が立ったろう。永都が目を覚ましたとき、日はすでに中天にさしかかっていた。いつの間にか、すっかり昼になっていたのだ。
永都はそのことに気がついて飛び起きた。ノウラに怒鳴った。
「なんで、もっと早く起こさなかったんだ⁉」
ノウラは妙に引きつった、青ざめた顔で答えた。
「す、すみません。気持ちよさそうにお眠りだったものですから、つい……」
「ええい! とにかく、すぐに戻るぞ」
「は、はい……」
ノウラはそう答えたものの、まるで動こうとしなかった。引きつっている表情がますます引きつる。
その態度に永都が苛立った声をあげた。
「どうした? 早く立て」
「は、はい……。でも、その、あの」
「なんだ? どうかしたのか?」
永都がさすがに心配になってノウラの顔をのぞき込んだ。その顔は青ざめているだけではなく、脂汗までにじませている。
「い、いえ、その……」
「なんだ⁉」
「足が……痺れて」
一瞬の自失のあと――。
「お前はアホかあっ!」
永都の怒りの絶叫が響いたのだった。
王宮の中庭。一面に広がる氷の甲板の上におかれた大小様々なコンテナのなかに絢爛たる花が咲き誇る。
花と氷。一見、相容れないように思えるそのふたつの要素が組み合わされて生まれる幻想的な雰囲気の庭園。
そのなかに、ノウラのイタズラっぽい声が響く。実際、ノウラの表情はイタズラを楽しむ子どもそのもの。無邪気で、小生意気で、そして――。
魅力的だった。
「くっ……」
そんな声に誘われて、永都は必死に足を動かす。歯を食いしばり、いまの自分にできる精一杯の速度で歩く。なんとか、ノウラに追いつき、捕まえてやろうとする。
ノウラはそんな永都をまつかのように時折ふいに足をとめる。両手を腰の後ろで組み、長い髪を風になびかせ、イタズラっぽい笑みを浮かべながら永都がやってくるのをまっている。
距離が近づく。永都が捕まえてやろうと腕を伸ばす。その手が自分の腕をつかむその寸前、ノウラはスルリと身をかわす。身を翻して走り出す。クルリクルリと回転してはスカートの裾が揺れうごき、フワリと浮きあがる。そのたびにノウラは楽しそうに手を叩いて唄ってみせる。
「鬼さん、こ~ちら。手の鳴るほ~へ」
「なんで、そんな歌を知ってるんだ⁉」
永都は歯をむき出しにして唸ってみせる。腹が立つ。気に食わない。なんとしても捕まえてやる!
その思いで必死に追いかける。
頬を赤くして、息を切らしながら、それでもできる限りの早足で歩く。距離をつめ、腕を伸ばす。今度は、ノウラは逃げなかった。永都の歳老い、骨張った手がノウラの若く瑞々しい腕をつかんだ。しっかりと握りしめた。
「ど、どうだ。捕まえてやったぞ」
息を切らし、汗を流しながら、それでも永都は嬉しそうに言った。そんな永都にノウラはニッコリと微笑んだ。
「お見事です、永都陛下」
優しく微笑まれ、永都は得意そうに笑い、胸を張った。その瞬間――。
永都が足を滑らせた。歳老い、しかも、ここ数年はほとんどベッドのなかでうつらうつらとして過ごしていた身が久しぶりにこんなに歩いたのだ。筋肉はすでに疲れている。それだけでもすでに足元はおぼつかない。その上、足元は氷。滑るなという方が無理な状況。
永都は正面に倒れ込んだ。とっさに体勢を立てなおすほどの筋力も、反射神経も、バランス感覚もすでに失われている。
「ヤバい!」
と、思いつつまっすぐに倒れていく。その眼前にはノウラの胸。若く、瑞々しいふくらみがまっている。豊かな胸の谷間が魅惑的なクッションとなって倒れ込んだ永都の顔を受けとめた。
むにゅっと音を立てて、永都の顔が柔らかなふくらみに吸い込まれる。柔らかな肉丘が変形して永都の顔面を受けとめ、顔いっぱいに密着する。
永都は一瞬、呼吸ができなくなった。動きがとまった。永都は顔を真っ赤にした。いままではちがう理由で。
冷や汗が流れた。あわてふためいてノウラの体に手をかけ、顔を引きはがす。
「す、すまん……!」
顔を真っ赤にして視線をそらし、そう言った。その姿、まるで思春期の少年のよう。そんな永都の姿にノウラはクスリと笑って見せた。
「ご遠慮なく。わたしたちは夫婦なのですから。いつでもどうぞ」
「馬鹿を言え!」
永都はそっぽを向いたままそう怒鳴った。真っ赤になった頬が照れ隠しの叫びであることをこれ以上ないほどに告げていた。
「そうですね。そういうことは夜の寝室ですべきことですね」
ノウラはぬけぬけとそう言うと、永都に並んだ。そっと腕をからめ、ゆっくりと歩きだした。永都もつられて無言のまま――仏頂面のままとも言う――歩きだした。
南洋の日差しのもと、潮風と海鳥の声に包まれて、花の咲き乱れる氷の船の上をふたりはゆっくりと歩いていく。
散策していく。
永遠につづくかと思われるゆったりとした時間。それも、ふいに終わる。ノウラが突然、腕を放し、駆け出してはイタズラっぽく笑って永都を誘う。
「このっ……!」
と、永都はムキになって追いかける。
まるで、高校生のカップルが浜辺で追いかけっこをしているかのような微笑ましいその光景。
やがて、ノウラは立ちどまって永都に捕まり、よりそってゆっくり歩く。それからまたノウラが駆け出し、永都を誘う。
永都はムキになってできる限りの速さで歩き、ノウラを追いまわす。
その繰り返し。
端から見れば、ノウラが畏れ多くも国王陛下をからかって遊んでいるように見えるだろう。実際、からかって楽しんでもいるのだが、それだけではない。
いくら、運動が必要だからと言っても、七〇代の人物を考えなしに引っぱりまわすほどノウラは単純ではない。高齢者に適切な運動はなにか。そのことはきちんと調べてある。
手軽な運動として進められていたのはやはり、ウォーキング。ただし、ただ単に歩くのではない。『一〇歳、若返る歩き方』というものがある。
それが、本人にできる限りの早足で歩き、それからゆっくりと歩き、また早足になるという繰り返し。その歩き方でグンと若返るという。
だから、ノウラはいちいちからかっては永都をムキにさせて早足で歩かせ、しばらくしたらよりそってゆっくり歩き、またからかって……を繰り返しているのだ。
それをしばらく繰り返すとさすがに永都に疲れが見えはじめた。年齢と、ここ最近の生活態度を思えば当然のことだった。
ふたりは庭園のなかのベンチに並んで腰掛けた。潮風が頬をくすぐるなか花の香りに包まれて、ふたりは静かな時を過ごした。やがて、ノウラが言った。
「立派なお花ですね。氷の船の上にこんな庭園を作られるなんて。七海殿下のご指示で作られたと聞きましたけど、七海殿下は花がお好きだったのですか?」
「いや……」
と、永都は懐かしそうに答えた。
「七海は、いつでも未来のことを考えていたからな。庭園を作ったのは遺伝子を守るためだ」
「遺伝子を守る?」
「ああ。おれたちが氷の船を作って活動をはじめた頃、世界はかつてなく核戦争の危機にさらされていたからな。いつ、核ミサイルが飛び交っても不思議ではなかった。
核戦争となれば、世界中の遺伝子が放射線汚染されて傷ついてしまう。変異してしまう。だから、七海はこの船の上にあらゆる植物と動物を集め、本来の遺伝子を守る場にしようとしたのだ。太平洋上を回遊する氷の船団ならば陸地よりも放射線の影響は受けずにすむだろうとな」
「現代のノアの箱船というわけですね」
「いや、七海の氷の船団だ」
ノウラの言葉に――。
永都はきっぱりとそう言った。
「しかし、その七海も死んでしまった。あとのことを、おれひとりに押しつけてな」
ほう、と、永都は重い溜め息をついた。
「お疲れですか、永都陛下?」
「ああ、そうだな。こんなに歩いたのは久しぶりだからな。さすがに、疲れた」
「それなら……」
と、ノウラは得意気に自分の膝を叩いてみせた。
「ここに世界一の枕があります。ごゆっくりおやすみください。昼食の時間になったら起こしてさしあげますから」
世界中の男が全財産をはたいてでも権利を買いたいと思うその提案に対し、永都は顔を真っ赤にして怒って見せた。
「ば、馬鹿を言うな! この歳になって膝枕などできるか!」
「いいでありませんか。夫婦の間柄でそんな遠慮はいりませんよ」
「お前は妻ではない!」
「いいから、おやすみください」
ノウラは永都の頭をむんずとつかむと、問答無用で自分の膝の上に押しつけた。永都は顔をしかめたが、いざ、その瑞々しい感触にふれてしまうと……抵抗できないのはやはり『いくつになっても男は男』なのだった。
ノウラは永都を強引に寝かしつけると、歌を口ずさみはじめた。
「おれは子どもじゃないぞ! 子守歌なぞいらん」
「わたしが唄いたくてうたっているだけです。お気になさらず」
ノウラはそう言って、かまわずに唄いつづけた。
森のなか湯気をたてるシチュー鍋をみんなで囲めば
ほおら 幸せのときがはじまる
物語語り 歌を唄い 笑いかわして
相手の存在喜び 自分の存在喜ばれて
ゆったりと過ごそう
すべてはそのひとときを得るために
狩りをしたいから狩りをするわけじゃない
そお この場に戦う勇気なんていらない
幸せ感じる心だけがあればいい
森のなか湯気を起てるシチューをみんなで食べて
日差しを浴びながら横になろう
物語語り 歌を唄い 笑いかわして
相手の存在喜び 自分の存在喜ばれて
ゆったりと過ごそう
すべてはこのひとときを得るために
狩りをしたいから狩りをするわけじゃない
その歌を聞いているうちに、永都の目に涙がにじんだ。
いま、ここにある世界。なんの不安も、心配もなく、人と交わり、ゆったりと時を過ごすことのできる世界。それこそがまさに、いまは亡き七海が世界中すべての人間に手に入れてほしいと願ったもの。
その世界がここにある。
七海と自分はそれができる世界を作りあげた。それなのに――。
――七海。お前はもうこの世界にいない。
その思いに絡めとられるように――。
永都は眠りに落ちていった。
どれだけの時が立ったろう。永都が目を覚ましたとき、日はすでに中天にさしかかっていた。いつの間にか、すっかり昼になっていたのだ。
永都はそのことに気がついて飛び起きた。ノウラに怒鳴った。
「なんで、もっと早く起こさなかったんだ⁉」
ノウラは妙に引きつった、青ざめた顔で答えた。
「す、すみません。気持ちよさそうにお眠りだったものですから、つい……」
「ええい! とにかく、すぐに戻るぞ」
「は、はい……」
ノウラはそう答えたものの、まるで動こうとしなかった。引きつっている表情がますます引きつる。
その態度に永都が苛立った声をあげた。
「どうした? 早く立て」
「は、はい……。でも、その、あの」
「なんだ? どうかしたのか?」
永都がさすがに心配になってノウラの顔をのぞき込んだ。その顔は青ざめているだけではなく、脂汗までにじませている。
「い、いえ、その……」
「なんだ⁉」
「足が……痺れて」
一瞬の自失のあと――。
「お前はアホかあっ!」
永都の怒りの絶叫が響いたのだった。
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