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八章 蘇らせる!

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 「五年前。地球回遊国家はまさに発展の一途にありました。船団の数はふくれあがり、受け入れられる難民の数は爆発的に増えていきました。肉体的な損傷を受けた人たちが劣等感を感じずにすむようにと仮装がはじめられ、またたに船団中に広まりました。
 そのことが評判となり、観光名所として世界中から観光客がやってくるようになりました。難民自立のためにペン一本で勝負できるマンガが、たとえ手足がなくても声さえ出ればなれる声優業が奨励され、日本から多くの人材を招いてジャパニメーションの生産が行われました。
 一度、壁を越えると年ごとに規模は跳ねあがり、地球回遊国家の存在感は高くなっていきました。そして、ついに五年前。その功績が認められ、正式な独立国家とした認められたのです。永都ながと陛下は世界から認められた正規の王として、地球回遊国家の初代国王として即位なされました」
 「永都ながと陛下と七海なみ殿下。おふたりの願いが叶ったのね」
 「はい。まさに、その通りです」
 「でも、変ね」
 ノウラは、不思議そうに小首をかしげた。
 「あなたの話だと、地球回遊国家を主導してきたのは七海なみ殿下の方なんでしょう? どうして、七海なみ殿下が王にならなかったの?」
 そう問われてゾマスは苦笑した。おかしくておかしくてならないと言う笑い方だった。
 「永都ながと陛下もそうおっしゃられたのです。国王には七海なみ殿下こそが即位するべきだと。ですが……」
 「ですが?」
 「七海なみ殿下は当たり前のようにお答えになられました。
 『あたしは、現場を飛びまわって問題解決に精を出さなきゃいけないの。国に残ってチマチマ内政したり、他の国の政治家連中と会ってパーティーしたりしてる暇はないのよ。そんなことは、あんたがやりなさい』
 そう言われて永都ながと陛下も反論できず、ご自分が国王を引き受ける羽目になったのです」
 ゾマスのその言葉に――。
 ノウラも思わず吹き出していた。腹を抱えて笑いころげた。『世界で二番目の美女』と呼ばれるその美貌びぼうが思いきりくずれている。
 ゾマスはひとしきり懐かしそうに笑っていたが、ふいに表情がかわった。惜しんでも惜しみきれないものを引きずりつづける。そんな表情だった。
 「……その矢先です。七海なみ殿下が亡くなられたのは」
 「七海なみ殿下が?」
 ノウラも笑いを収めて尋ねた。
 ゾマスは苦い思いを噛みしめるようにしてうなずいた。
 「はい。せっかく、正式な国として認められ、いよいよこれからだ。そんなときに病に倒れられ、そのまま……。
 永都ながと陛下の落胆振りは見ていて胸が張り裂けそうなものでした。高校時代からずっと同じ理想を見、追いかけてきた人。その理想がついに実現し、これからさらに広めていこうとしていたその矢先に、急に亡くなられてしまったのです。それこそ、病に倒れる前日までお元気そのもののお姿で世界中を飛びまわっておられたというのに。
 それだけに、永都ながと陛下としてもショックが大きかったのでしょう。すっかり気力を失われ、別人のように老け込み、政務からも退しりぞいてしまわれました。いまではほとんどなにもなさらず、閣僚に任せきり。往年のお姿と比べるとさびしいかぎりです」
 「それだけ、七海なみ殿下の存在が大きかったということね」
 「はい。永都ながと陛下は本当に七海なみ殿下のことを愛しておられましたから。もちろん、七海なみ殿下も永都ながと陛下のことを心から愛しておいででした。永都ながと陛下にしてみれば自分の半身、いえ、自分の心臓を失ったようなお気持ちだったことでしょう」
 そう語るゾマスの口調、そして、表情。長年にわたって永都ながと七海なみ、ふたりの側に仕えてきた人物の語ることだけに胸に切なさが込みあげてきた。
 ――永都ながと陛下はそれほどに七海なみ殿下のことを愛していた。でも、それならなぜ、わたしとの婚姻を承知したの?
 ノウラにしてみれば当然の疑問だった。
 自分の国が、自分の父親が、妻を失った永都ながとのもとに自分を送りつけようとしたのはわかる。
 巨大なエネルギー生産国として台頭し、産油国の立場を脅かすことになった地球回遊国家。その地球回遊国家とつながりをつけて、自国の利益を守ろうというのだろう。あわよくばノウラの存在を通じて地球回遊国家を都合良く制御したい。
 そう思っているにちがいない。もちろん、ノウラには、捨て去った国のためになにかをしてやろうなどという思いは欠片もないわけだが。
 ――だけど、永都ながと陛下に、わたしと結婚するどんな理由があるというの?
 ノウラのその思いに答えるように、ゾマスが言った。後悔の念が滲み出るような言い方だった。
 「実は……ノウラさまにお詫び申しあげなくてはならないことがあります」
 「お詫び? わたしに?」
 「はい。実は、永都ながと陛下にノウラさまとのご結婚を勧めたのは私どもなのです」
 「あなたたちが?」
 「はい。私どもは永都ながと陛下にこのまま終わってほしくなかったのです。もう一度、かつてのあの活力に満ちたお姿を取り戻していただきたい。最後まで、地球回遊国家の偉大なる王として人生をまっとうしていただきたい。そう思っていたのです。
 そして、ノウラさま。もしかしたら、あなたさまなら永都ながと陛下を蘇らせてくださるかも知れない。そう思ったのです。だからこそ、ナフード王国から婚姻の話が持ち込まれたとき、一言のもとに拒否しようとした永都ながと陛下を説得し、受け入れていただいたのです」
 「そういうことだったの。でも、どうして、わたしに永都ながと陛下を蘇らせられるなんて思ったの?」
 ナフードの王宮で何度か話したことがあるだけなのに。
 ノウラの疑問にゾマスは答えた。
 「あなたさまは永都ながと陛下のお気に入りだったのですよ」
 「お気に入り?」
 「はい。永都ながと陛下はよくおっしゃっておられました。
 『ナフード王国の姫君は高校時代の七海なみにそっくりだ』と。
 いえ、もちろん、外見的に似ているという意味ではありません。日本人であられる七海なみ殿下とアラブ人であられるノウラさまでは見た目はまるでちがいます。ですが、その精神、その魂においては双子のようだと。
 ナフードの王宮においてたったひとり、数々の改革案を考案しては周囲に提示し、煙たがられ、それでもめけずにただひとり、奮闘している。そのお姿が七海なみ殿下にそっくりだと、永都ながと陛下はよく笑いながらおっしゃっていたものです。
 だからこそ、私どもは、ノウラさまなら永都ながと陛下に、かつて見た理想をもう一度、追いかける気にさせてくれるのでは。そう思ったのです」
 「……そう」
 「はい。しょせんは我々、臣下のエゴ。エゴによって永都ながと陛下のお心を無視し、ノウラさまを七海なみ殿下のかわりとするかのような婚姻を勧めてしまった。そのことはお詫びしなければならない。そう思っておりました」
 ゾマスのその言葉に対し、ノウラはきっぱりと言った。
 「詫びる必要なんてないわ」
 「ノウラさま?」
 「わたしは永都ながと陛下にあこがれていた。まっすぐに理想を追いかけるその姿は人生の指標だった。永都ながと陛下がいてくれたからこそ、わたしはナフードの王宮でたったひとり、自分の理想を追うことができた。そう。わたしは幼い頃から永都ながと陛下に恋をし、その背中を追いかけてきた。でも……」
 ノウラはまっすぐに前を見つめると、断固たる決意を込めて言った。
 「わたしの恋した永都ながと陛下は、あんな無気力な年寄りなんかじゃない。わたしは永都ながと陛下の新しい妻として、なんとしても元の姿に戻っていただくわ」
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