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第8章 マリアとアカネ
その10 トロイメライ
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白い靴下をはいた全裸の少女は股間の鈍い痛みで目を覚ます。
のしかかる闇は鉛のように重く身動きがとれない。呻き声をあげて身をよじるとドサリと音がして体が急に軽くなる。
ひじを支えに身を起こし寝乱れたシーツの上で横座りになる。片膝を立て手のひらと指先で痛みの場所を確かめる。足もとの毛布を引き寄せて尻まで垂れた生乾きの体液をぬぐいとる。
ベッドから這い降りるとふらつく足で闇の中を歩きだす。前かがみのままノロノロと進むたびに股間に異物が挟まったような違和感がある。
月明かりに照らされた出窓の張り出しに小さな箱が置いてある。誘われるように近づいて蓋を開けてみる。
銀色に輝く円柱が金属の櫛を弾くと静かな旋律が流れ出す。少女はその優しくもの悲しい曲を聞いたことがない。
目の前に白いドレスを着た幼い少女の姿が浮かびあがる。明るい日差しが降りそそぐ緑の芝生の上で少女は子犬を追いかけている。両親はテラスで紅茶を飲みながら娘の姿を見守っている。
夜が更けると少女はパジャマに着替えて温かなベッドに横たわる。若く美しい母親が身をかがめて娘の額にキスをする。黒いヒゲをたくわえた父親は二人の様子を微笑みながら見つめている。
父親が部屋の明かりを消すと母親は娘が淋しがらないように窓辺に置いた魔法の箱の蓋を開ける。少女は静かな曲に包まれてやすらかな眠りに落ちる。
でもそんな子はどこにもいない。いまここは真冬の凍った土のように冷たくて真っ暗だ。
気がつくと両目からポロポロと涙がこぼれている。少女は拳を握り締めて細い肩を小刻みに震わせている。自分を泣かせた小さな箱を持ちあげると頭の上に振りかぶる。
やがてゼンマイが緩んで曲のテンポが遅くなる。少女はギュッと目をつぶり大きく息を吐く。出窓に箱を戻すと手の甲で涙をぬぐいドアにむかって歩きだす。
子供部屋は窓から射しこむ月明かりで青く染まっている。床に倒れた老人のシワだらけの顔にうっすらと微笑みが浮かんでいる。
パタンとドアを閉めるともう曲は聴こえない。
着古した服に身をつつみ鳥打帽を目深にかぶった少女が人気のない夜道を急いでいる。向こうに街の明かりが見えるとわずかに足取りを緩める。
ドブの臭いが立ちこめる川沿いを通ってひしゃげた鉄骨がむきだしになった建物の前に出る。窓枠が外れてポッカリと空いた穴によじ登り中に入る。
ガランとした暗やみを足もとも見ずに壁を伝って歩いてゆく。ザラザラに錆びた鉄の手すりにつかまって急な階段を上ると突き当りの小部屋に入る。
「…ただいま」
少女の声が煤けた壁にこだまする。嗅ぎ慣れた機械油の臭いに汚物と腐肉の臭いが混じっている。袖口で鼻を押さえて震える手で探りあてたランタンに明かりを灯す。
瓦礫とぼろ布で覆いつくされた床の上に子どもたちの体がゴミのように散らばっている。
幼い子どもは投げ捨てられて頭がパックリと割れている。少年たちは喉をかき切られて血だまりの中で倒れている。少女たちは頭の上で両腕を縛られて下半身をさらしたまま下腹を切り裂かれている。
少女はペタンと床に座りこみパクパクと口を開ける。
果てしない絶叫が闇を切り裂いてゆく。
のしかかる闇は鉛のように重く身動きがとれない。呻き声をあげて身をよじるとドサリと音がして体が急に軽くなる。
ひじを支えに身を起こし寝乱れたシーツの上で横座りになる。片膝を立て手のひらと指先で痛みの場所を確かめる。足もとの毛布を引き寄せて尻まで垂れた生乾きの体液をぬぐいとる。
ベッドから這い降りるとふらつく足で闇の中を歩きだす。前かがみのままノロノロと進むたびに股間に異物が挟まったような違和感がある。
月明かりに照らされた出窓の張り出しに小さな箱が置いてある。誘われるように近づいて蓋を開けてみる。
銀色に輝く円柱が金属の櫛を弾くと静かな旋律が流れ出す。少女はその優しくもの悲しい曲を聞いたことがない。
目の前に白いドレスを着た幼い少女の姿が浮かびあがる。明るい日差しが降りそそぐ緑の芝生の上で少女は子犬を追いかけている。両親はテラスで紅茶を飲みながら娘の姿を見守っている。
夜が更けると少女はパジャマに着替えて温かなベッドに横たわる。若く美しい母親が身をかがめて娘の額にキスをする。黒いヒゲをたくわえた父親は二人の様子を微笑みながら見つめている。
父親が部屋の明かりを消すと母親は娘が淋しがらないように窓辺に置いた魔法の箱の蓋を開ける。少女は静かな曲に包まれてやすらかな眠りに落ちる。
でもそんな子はどこにもいない。いまここは真冬の凍った土のように冷たくて真っ暗だ。
気がつくと両目からポロポロと涙がこぼれている。少女は拳を握り締めて細い肩を小刻みに震わせている。自分を泣かせた小さな箱を持ちあげると頭の上に振りかぶる。
やがてゼンマイが緩んで曲のテンポが遅くなる。少女はギュッと目をつぶり大きく息を吐く。出窓に箱を戻すと手の甲で涙をぬぐいドアにむかって歩きだす。
子供部屋は窓から射しこむ月明かりで青く染まっている。床に倒れた老人のシワだらけの顔にうっすらと微笑みが浮かんでいる。
パタンとドアを閉めるともう曲は聴こえない。
着古した服に身をつつみ鳥打帽を目深にかぶった少女が人気のない夜道を急いでいる。向こうに街の明かりが見えるとわずかに足取りを緩める。
ドブの臭いが立ちこめる川沿いを通ってひしゃげた鉄骨がむきだしになった建物の前に出る。窓枠が外れてポッカリと空いた穴によじ登り中に入る。
ガランとした暗やみを足もとも見ずに壁を伝って歩いてゆく。ザラザラに錆びた鉄の手すりにつかまって急な階段を上ると突き当りの小部屋に入る。
「…ただいま」
少女の声が煤けた壁にこだまする。嗅ぎ慣れた機械油の臭いに汚物と腐肉の臭いが混じっている。袖口で鼻を押さえて震える手で探りあてたランタンに明かりを灯す。
瓦礫とぼろ布で覆いつくされた床の上に子どもたちの体がゴミのように散らばっている。
幼い子どもは投げ捨てられて頭がパックリと割れている。少年たちは喉をかき切られて血だまりの中で倒れている。少女たちは頭の上で両腕を縛られて下半身をさらしたまま下腹を切り裂かれている。
少女はペタンと床に座りこみパクパクと口を開ける。
果てしない絶叫が闇を切り裂いてゆく。
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