上 下
86 / 105
第四章 西の国の救国の聖女編

恋とは厄介なものである

しおりを挟む
 翌日早朝、ステラは困り果てていた。この気持ちがいわゆる恋なのだと自覚した途端今まで自分がリヴィウスにどんな態度で接していたかまるで思い出せなくなってしまったからだ。本当に思い出せないのだ。記憶喪失にあったのかと自分を問いただしたくなる程度には思い出せない。
 けれどもあまりにあからさまなのはまずいと、さすがのステラもわかっている。だからこそ自然体にと思うのに、早朝目が覚めた時ステラの目の前にあったのはリヴィウスの健やかな寝顔である。
 心臓が爆発するかと思った。大袈裟ではなく、本当に。

 そして例に漏れず今日もがっちりと抱き締められていてリヴィウスとの距離はほとんど0だと言ってもいい。これまでならきっと「やれやれ」なんて軽く受け止められていたが、今はそうではない。心臓が信じられない程早鐘を打っているし、やはりリヴィウスの存在が異様に輝いて見える。ステラは驚愕した。
 この世の想い人がいる人たち全員こんな感情を抱いて日々過ごしていたのかと。

 そして思い出す。かつて勇者たちと旅をしていたとき、途中から仲間になったエルフの少女が勇者リヒトに恋をして毎日猛烈にアピールしていた時のことを。
 当時のステラは何も思わなかった。本当に無だった。けれど今ならば彼女の行動とその勇気を全力で讃えることが出来る。彼女は鉄人だったのだ。

「……っ」

 だってステラにはあんなアピールは出来ない。エルフの彼女はすごかった。毎日勇者リヒトに想いを伝え、事あるごとに二人きりになれるよう周りに協力を促し、途中あしらわれていた時もあったけれど、魔王城に行く頃には二人の間には何か特別なものが芽生えていたような気がする。
 この感情を宿していて尚その行動に出ることが出来ていた彼女を、今ステラは心から尊敬していた。

「……どうした」
「っ、あ、えっと」

 そんなことを考えていれば寝起きの掠れた声が聞こえて肩が跳ねる。それが気に食わないとばかりに体に回っていた腕に力が入ってステラは強く抱き締められた。パニックである。
 こんな時以前の自分ならどうしていただろうかと考えてそれは意味がないことだと気付く。何故なら気持ちを自覚する前はこれを軽く受け入れられていたからだ。だがしかし今のステラにとってこの状況は非常に心臓に悪いのだ。心臓が煩くて体温が上がる。恥ずかしくてやめて欲しいのにこの状況が嬉しいという矛盾する思考にステラは翻弄されっぱなしだ。

「……ステラ」
「は、はい」

 リヴィウスが薄く目を開ける。まだ日の昇らない時間だから室内は暗くはっきりと見えはしないのにそれでも彼がステラのことを見ているのはわかった。ふ、と小さく笑う気配がした。その気配がわかったと思った時にはすでに唇が重なっていて、ステラの目は限界まで見開かれる。

「寝ろ。起きるには早い」

 掠れた低音が間近で囁き、逃がさないとばかりにステラの体を抱き締める。それから数秒と経たず健康的な寝息が聞こえた。けれどステラの頭はもう完全に覚醒してしまっている。こんな状況でどうやって寝ればいいんだと理不尽に叩き起こしたくもなってくるが、ステラにはそれが出来ない。
 顔の熱も心臓の煩さも変わらないまま、ステラは大人しくリヴィウスの腕の中で落ち着くことにした。どうしたってこの腕から出られないことをステラはもう知っているからだ。

 女神リーベに祈りを捧げなければいけないと思うのに、けれどこの腕の中から離れたくないと思ってしまっている。こうやって女神への祈りを後回しにするのは果たして何度目だろうか。聖職者だったものとしてあるまじき行為だけれど、それでもステラはリヴィウスを選んでしまう。

 恋とは、人をこんなに変えてしまうものなのか。それとも自分が特別そうなだけなのか。答えの出ない悩みを抱えたままステラは目を閉じた。もう眠れないと思っていたのに、リヴィウスの温もりと香りに包まれたステラはものの数秒で再び眠りに落ちてしまい、起きた時目の前に満足そうなリヴィウスの顔があって叫びそうになったのはまた別の話である。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

悪役師匠は手がかかる! 魔王城は今日もワチャワチャです

柿家猫緒
BL
――北の森にある古城には恐ろしい魔王とその手下たちが住んでいる――……なんて噂は真っ赤なウソ! 城はオンボロだけど、住んでいるのはコミュ障で美形の大魔法使いソーンと、僕ピッケを始めとした7人の弟子たちなんだから。そりゃ師匠は生活能力皆無で手がかかるし、なんやかんやあって半魔になっちゃったし、弟子たちは竜人とかエルフとかホムンクルスとか多種多様だけど、でも僕たちみんな仲よしで悪者じゃないよ。だから勇者様、討伐しないで! これは、異世界に転生した僕が師匠を魔王にさせないために奮闘する物語。それから、居場所を失くした子どもたちがゆっくり家族になっていく日々の記録。 ※ワチャワチャ幸せコメディです。全年齢向け。※師匠と弟(弟子)たちに愛され主人公。※主人公8歳~15歳まで成長するのでのんびり見守ってください。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...