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第三章 東の国の大きなお風呂編
ゆめうつつの中で芽生えたもの
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次に目を覚ました時、ステラの目にはじめに見えたのは赤色だった。宝石のような綺麗な赤だ。その赤が不安そうに揺らいでいるのを見て声を掛けようとするのだが、それよりも早く抱き締められてしまってタイミングを失う。
「……ステラ」
低く穏やかな声が聞こえる。五感が随分と戻ってきたらしいと思うけれど、体の中を巡る熱はそのままで、体全体がじとりと汗ばんでいるのがわかった。
「……リヴィ?」
出した声は掠れていた。それにやはり喋る度に喉に違和感があって息を吐き出すとステラを抱き締める腕に力が込められた。
ここはどこだろうか、きっともうタカマガハラではないだろうけれど、今のステラにはそれを確認できるほどの余裕はなかった。いつの間にか飲まされていたらしい「愛の雫」とやらの影響か、まだ体が熱い。発熱とはまた違う熱さともどかしさに表情が歪む。このどうしようもない不快感とも言い切れない感覚を治そうと魔法を使おうとしたが「駄目だ」耳元で囁かれて肩が跳ねた。
「魔法を使うな。使えばまた回る」
「……まわる…?」
ほんの少しだけ抱きしめる力が緩んでリヴィウスの顔を見ることが出来た。
ああ、リヴィウスだ。間違いなく自分の前にリヴィウスがいる。
ようやく認識出来たリヴィウスの存在にステラの体から緊張が抜ける。ぷつりと糸が切れたことで頭が重たくなった気がするけれど、ステラは構わず手を伸ばしてリヴィウスに触れた。
触れた頬が冷たいと思うのはステラの体が熱いからだろうか。けれどその冷たさが心地良くて両手で触れているとリヴィウスが片方の手を下ろさせた。それが不満で眉を寄せると、普段は仏頂面の癖に少しだけ笑う。
「……ステラ、お前が飲まされたのは媚薬だ。魔族の中でも淫魔と呼ばれる種族しか生み出すことの出来ない毒をお前は飲まされている」
「どく……?」
「ああ、でも死ぬようなものじゃない。このまま魔法を使わずにいればそのうち治る」
「……そう、ですか」
そのうち、とはいつだろうか。この状態を数日は辛いな。そんなことを思えるくらいにはステラは回復していた。くたりとリヴィウスに寄り掛かって肩に額を押し付ける。どうやらステラは今リヴィウスの膝の上に座っているらしい。
いつもなら飛び退くけれど、今そんな元気はないしむしろリヴィウスの温度と香りがそばにある方がずっと安心出来る。寄り掛かると同時に降ろした手を背中に回しながらステラは口を開いた。
「……ここは?」
「てぷの神殿だ」
「……は?」
「急に動くな」
「え、でも、なん」
言われてみれば視界に映る色が灰色で、なんだか懐かしい気もする。それでもアズマヒの国から闇の精霊の神殿までは相当な距離があるはずなのにどうして、と混乱しているステラを見てリヴィウスは息を吐いた。
「あいつは精霊だ、転移魔法くらい使える。それにあんな状態のお前をあの国に置いておけないからな」
休め、というようにまた抱き締め直される。
「……」
どうなった、というのは聞いてもいいのだろうか。
ステラは連れ去れてからここに来るまでの記憶が僅かしかない。それでも思い出せるのはキースと魔族の存在と、自分によく似た少年のこと。彼らはどうなったのだろうか。キキョウの相談のこともまだ解決出来ていないし、何より連れ去られていた人たちの解放も何もかもステラは関与できていない。
自分から首を突っ込んだにも等しいのに何一つ手伝えていない自分自身の不甲斐無さに落ち込みそうになっていれば、頭上から心底呆れたような溜息が吐かれた。
「……無事だ」
「え?」
「食われる前に人間は解放したし、ヒドラとかいうのと繋がっていた奴らもあの髪の青いやつがどうにかしていた。……人間は誰も殺してない」
最後の言葉に思わず顔を上げた。そこにはいかにも不満です、という顔をしているリヴィウスがいた。
「……お前の体に触れたあの人間も殺しては駄目なのか」
きっとキースのことだろう。意識を失う直前、確か二人は対峙していたはずだ。
「……駄目です。もう、誰も殺しては駄目」
「あと少し遅れていたら穢されていたかもしれないのにか」
「それでも駄目です。あなたが汚れる必要なんてない」
「……今更だろう、俺は。魔王だぞ」
「元です。今のあなたは違う」
「詭弁だな。過去は変わらない」
「それでも、私が嫌なんです」
そう言うとリヴィウスは酷く傷付いた顔をした。泣きそうだとも思った。
「リヴィ」
今度はリヴィウスの手がステラの頬に触れた。ひやりとした、けれど確かなぬくもりのある手だ。
「……お前があの男に触れられていた時、最悪の気分だった。殺してやりたかった」
「……」
「だがあんな人間でも、殺せばお前は悲しむんだろう。そう思うと殺せなかった」
その時のことを思い出しているのかステラを抱き締めている腕に力が籠る。眉間に深く皺を刻んで、苦しそうに吐き出される言葉をステラは静かに聞いた。
「……あの時の俺の苦悩など、お前にはわからないだろう」
少しだけ怒りが滲んでいるのかも、と思った。けれどそれがステラにはどうしてだか嬉しくて、気が付くと笑ってしまっていた。
「……おい」
リヴィウスの表情がさらに不機嫌そうに歪む。それにすら笑みが浮かんで、そして、ステラの中に自然と一つの感情が生まれる。
(ああ、愛しいな)
そう、思った。
「……ステラ」
低く穏やかな声が聞こえる。五感が随分と戻ってきたらしいと思うけれど、体の中を巡る熱はそのままで、体全体がじとりと汗ばんでいるのがわかった。
「……リヴィ?」
出した声は掠れていた。それにやはり喋る度に喉に違和感があって息を吐き出すとステラを抱き締める腕に力が込められた。
ここはどこだろうか、きっともうタカマガハラではないだろうけれど、今のステラにはそれを確認できるほどの余裕はなかった。いつの間にか飲まされていたらしい「愛の雫」とやらの影響か、まだ体が熱い。発熱とはまた違う熱さともどかしさに表情が歪む。このどうしようもない不快感とも言い切れない感覚を治そうと魔法を使おうとしたが「駄目だ」耳元で囁かれて肩が跳ねた。
「魔法を使うな。使えばまた回る」
「……まわる…?」
ほんの少しだけ抱きしめる力が緩んでリヴィウスの顔を見ることが出来た。
ああ、リヴィウスだ。間違いなく自分の前にリヴィウスがいる。
ようやく認識出来たリヴィウスの存在にステラの体から緊張が抜ける。ぷつりと糸が切れたことで頭が重たくなった気がするけれど、ステラは構わず手を伸ばしてリヴィウスに触れた。
触れた頬が冷たいと思うのはステラの体が熱いからだろうか。けれどその冷たさが心地良くて両手で触れているとリヴィウスが片方の手を下ろさせた。それが不満で眉を寄せると、普段は仏頂面の癖に少しだけ笑う。
「……ステラ、お前が飲まされたのは媚薬だ。魔族の中でも淫魔と呼ばれる種族しか生み出すことの出来ない毒をお前は飲まされている」
「どく……?」
「ああ、でも死ぬようなものじゃない。このまま魔法を使わずにいればそのうち治る」
「……そう、ですか」
そのうち、とはいつだろうか。この状態を数日は辛いな。そんなことを思えるくらいにはステラは回復していた。くたりとリヴィウスに寄り掛かって肩に額を押し付ける。どうやらステラは今リヴィウスの膝の上に座っているらしい。
いつもなら飛び退くけれど、今そんな元気はないしむしろリヴィウスの温度と香りがそばにある方がずっと安心出来る。寄り掛かると同時に降ろした手を背中に回しながらステラは口を開いた。
「……ここは?」
「てぷの神殿だ」
「……は?」
「急に動くな」
「え、でも、なん」
言われてみれば視界に映る色が灰色で、なんだか懐かしい気もする。それでもアズマヒの国から闇の精霊の神殿までは相当な距離があるはずなのにどうして、と混乱しているステラを見てリヴィウスは息を吐いた。
「あいつは精霊だ、転移魔法くらい使える。それにあんな状態のお前をあの国に置いておけないからな」
休め、というようにまた抱き締め直される。
「……」
どうなった、というのは聞いてもいいのだろうか。
ステラは連れ去れてからここに来るまでの記憶が僅かしかない。それでも思い出せるのはキースと魔族の存在と、自分によく似た少年のこと。彼らはどうなったのだろうか。キキョウの相談のこともまだ解決出来ていないし、何より連れ去られていた人たちの解放も何もかもステラは関与できていない。
自分から首を突っ込んだにも等しいのに何一つ手伝えていない自分自身の不甲斐無さに落ち込みそうになっていれば、頭上から心底呆れたような溜息が吐かれた。
「……無事だ」
「え?」
「食われる前に人間は解放したし、ヒドラとかいうのと繋がっていた奴らもあの髪の青いやつがどうにかしていた。……人間は誰も殺してない」
最後の言葉に思わず顔を上げた。そこにはいかにも不満です、という顔をしているリヴィウスがいた。
「……お前の体に触れたあの人間も殺しては駄目なのか」
きっとキースのことだろう。意識を失う直前、確か二人は対峙していたはずだ。
「……駄目です。もう、誰も殺しては駄目」
「あと少し遅れていたら穢されていたかもしれないのにか」
「それでも駄目です。あなたが汚れる必要なんてない」
「……今更だろう、俺は。魔王だぞ」
「元です。今のあなたは違う」
「詭弁だな。過去は変わらない」
「それでも、私が嫌なんです」
そう言うとリヴィウスは酷く傷付いた顔をした。泣きそうだとも思った。
「リヴィ」
今度はリヴィウスの手がステラの頬に触れた。ひやりとした、けれど確かなぬくもりのある手だ。
「……お前があの男に触れられていた時、最悪の気分だった。殺してやりたかった」
「……」
「だがあんな人間でも、殺せばお前は悲しむんだろう。そう思うと殺せなかった」
その時のことを思い出しているのかステラを抱き締めている腕に力が籠る。眉間に深く皺を刻んで、苦しそうに吐き出される言葉をステラは静かに聞いた。
「……あの時の俺の苦悩など、お前にはわからないだろう」
少しだけ怒りが滲んでいるのかも、と思った。けれどそれがステラにはどうしてだか嬉しくて、気が付くと笑ってしまっていた。
「……おい」
リヴィウスの表情がさらに不機嫌そうに歪む。それにすら笑みが浮かんで、そして、ステラの中に自然と一つの感情が生まれる。
(ああ、愛しいな)
そう、思った。
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