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第三章 東の国の大きなお風呂編

取り零した大きな芽

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 てぷがくれた腕輪のおかげでステラに敵意を持つ攻撃は跳ね返されるとわかっている。それに加えて魔族の大半は闇属性の魔法を使用するから、それに関してもステラの装備品は魔族特攻型と言ってもいい。
 ステラは上位の魔族と一対一で対峙したことはない。けれど、これと似たような状況には幾度か瀕したことがある。だから焦ってはいなかった、むしろ酷く冷静だった。

「やだそんな怖い顔しないでよ」

 わざと怯えたふうに魔族が言う。

「……あなたは私たちの落ち度です」
「落ち度?」

 杖を構え、先端を向ける。防御は腕輪がしてくれる。だからステラが専念するのは攻撃だけでいい。

「魔族を取り零しなく始末しなかった私たちの落ち度です。だから、ここで終わらせます」

 勇者一行は反転世界に乗り込む前、焦っていたのだ。確かに魔王城へ向かう前に上位魔族の全てを倒し、魔族たちの統率を乱した。圧倒的な力を誇る上位魔族がいなければ中級やそれ以下の魔族は烏合の衆と変わらない。
 勇者たちでなくとも工夫をすれば倒せる程度の力なのだ。けれど魔王と反転世界がある限り魔族は際限なく生まれて来る。そしていつ次の上位魔族が生まれるかわからない。もしそうなれば一行は旅を中断してそちらの討伐に向かわなくてはならなくなる。

 それではこちらの一方的な消耗戦になってしまうのだ。
 だから勇者は焦った。早く魔王を倒して、反転世界を消滅させて、魔族の出現を止めなくてはいけないと思った。他の仲間たちもそれに賛同していた。
 その結果が、今だ。
 大した脅威になりはしないと判断して捨て置いた小さな芽が、こんなにも大きくなってしまった。それが自分たちの落ち度と言わずしてなんと言おう。

 ステラの顔から感情が消える。高濃度の魔力がステラの足元から立ち上り服と髪を揺らした。瞬きよりも早く魔族を中心としてドーム状に無数の眩く発光する魔法陣が現れる。今のステラにはこの屋敷一つ吹き飛ばすことに全くの躊躇が無かった。
 ほんの僅か、魔族の顔に焦りが滲んだその瞬間ステラは光の弾丸を放つ、はずだった。

「っ、だめだ…っ」

 蹲っていた少年の声が聞こえて、ステラの手から杖が滑り落ちた。

(ぇ……?)

 どくん、と心臓が大きく脈打って膝から崩れ落ちる。その瞬間見えたのは勝ち誇った魔族の顔。

「あっはははははは‼︎  一瞬勝てるって思ったでしょー? でも残念でした。あなたにはもうわたしの愛の雫を飲ませてるの」

 魔族の甲高い、まとわりつくような甘い声が耳の奥で反響する。うまく言葉が理解出来ないけれど、どうやら眠っている間に何かを飲まされたらしい。
 何もしていないのに息と体温が上がる、自分の呼吸が唇を、喉の奥を通り過ぎる度に気持ちが悪いくらいの違和感が全身を這い回る。体の辛さは先程の比ではなく、声を出すことすら無理だと思う。
 けれどステラは意地でも魔族から目を離さなかった。必死に落とした杖を手繰り寄せて、渾身の力で握り締める。

「……は? なんで動けるの。普通の人間なら狂ってもおかしくないくらいの量を渡したはずだけど」
「! い、いつも通りの量だって、言った!」

 不機嫌な魔族の声に焦りを帯びた少年の声が重なった。

「はあ~?」

 魔族の声が一段と不愉快そうに歪んだ。もうステラから視線は離れ、今は少年のことをゴミを見るような目で見ている。視界に入ることすら疎むように歪められた顔からはそれに見合った声音が出る。

「お前、これのせいで親愛なるわたしの魔王様が殺されたの知らないの?」

 毒々しい赤色の踵の高い靴が怒りも露に畳を踏み付けながらステラのそばにまでやって来た。蹴ろうとしたのだろうか、足を上げたのだがその直前でステラには意味がないと思い出したようで苛立ったように舌打ちをして、その激情は背後の少年に向かった。

「あぐっ」
「この、グズのせいで! 魔王様は死んだの! こんな、こんな美しくもなんともない人間に! わたしの魔王様が殺されたの! おまえみたいな半端者には、わからないでしょう⁉︎  ああ気持ち悪い、人間と魔族の混血なんて、なんて汚らわしい‼︎」
「──っ‼︎」

 必死に悲鳴を上げないように堪えている少年に向けられた言葉にステラは目を見開いた。
 魔族はそんなステラに気が付いていない。昂った感情を落ち着かせるように息をして、頭を抱えて丸まった少年を見下ろして凄絶な笑みを浮かべた。

「……半端者の汚れたお前には理解できないだろうけど、わたしは優しいのよ。だからこいつをこの程度で済ませてあげてるの。人間との取引がなければ、思い付く限りの最も酷いやり方で嬲り殺してるわ」

 笑みを浮かべたかと思えば怨嗟の全てを込めたような顔でステラを見る。目を離さないまま、ステラは力を振り絞って魔法を発動した。全く魔力は込められなかったけれど、少しくらいは効果があるだろう。

「‼︎」

 途端、全身を焼き尽くすような熱に堪らず喉からか細い悲鳴が漏れた。自分の声すら劇物になったかのような感覚だった。

「ふ、あははっ! 馬鹿じゃないの。その魔法使えば体が少しは楽になったかもしれないのに。それが聖女らしさってやつなの? 無意味ね」
「ありゃりゃ、思った以上に派手にやっちゃってる感じぃ?」

 もう耳がうまく音を拾ってくれない。けれどまた増えた気配の正体をステラは知っている。声帯すら震えさせるのが困難な状態で、ステラは出来る限りの怒りを込めてそれを呼んだ。

「なぁにー、聖女さま」

 するとキースが笑ったような気がした。
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