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第三章 東の国の大きなお風呂編

手が滑った

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「アタシの細胞が! 欲しがってるのぉっ! ここの肉入り芋揚げを! こんなにも情熱的に! 求めてるのよぉ!」
「そ、そうは言われましても…」

 三人は戦々恐々としながら震源地と言って差し支えないインパクトを放つ人物の側に寄る。どうやらこの人もてぷが求めていた匂いの発信源に用があるらしい。が、それがちょうど売り切れてしまっているようで店の前で腰をくねらせながら嫌々と首を振っていた。
 その幼い子がするなら可愛らしいと思える仕草も歴戦の戦士と見まごう屈強な体がすると途端に異様な物に思えるのだから人間とは不思議な物である。
 ステラたちが言葉もなくその様子を眺めている時もそれを真正面から受け止めている店主の顔はこれ以上ないほど眉を下げて困り果てており、それを見たステラは思わず足を一歩踏み出した。

「あの」
「何よぉっ! あはぁん⁉︎」

 振り返ったその人の顔にやはりステラは驚いてしまった。普段ステラは人を見て驚かない。元々外見にそこまでの関心がないというのもあるが、人を見た目で判断するのは失礼だと考えているからだ。だがしかし、振り返った人物の眩い光を反射させる瞼と風を起こしそうな程の密度のまつ毛、それにこれ以上は無いと思えるほどの真っ赤な口紅を見た時ステラは驚愕に目を見開いてしまった。
 だがその女性(仮)はステラを見たあとに、その後ろにいるものを見てぽぽぽっと頬を染めた。

「? あの…?」

 首を傾げ、再度声をかけようとしたステラだが屈強な乙女がその体躯に見合わない俊敏さとしなやかさでステラの横を通り過ぎた。

『おお?』
「……なんだ」

 聞こえてきたのは不思議そうなてぷの声と、不愉快さを隠そうともしないリヴィウスの声。どうしたことかと思っていた時、ステラの前から深い深い溜息が聞こえた。

「ああ、こいつはいけない。お兄さん、ありゃあんたの連れかい?」
「え、あ、はい」

 声をかけてきたのは今の今まで屈強な乙女に詰め寄られていた店の店主だ。どこか疲れた顔をしながら問われた言葉にステラは頷いた。

「……あいつはねえ、大好きなんだよ」
「……というと?」

 意図が分からず首を更に傾げるステラを見て、店主は後ろを見なさいというように指差した。それに従ってリヴィウスたちの方向に目線を戻し、ステラは仰天する。

『ステラあああ! 助けてえええ!』
「おい、離せ…! おい!」

 屈強な乙女にリヴィウスが押し負けていた。
 え? ステラの頭には疑問符がこれ以上ないほどに浮かんでいる。何がどうしてそうなっているのかも分からなければ、どうして屈強な乙女が魔王顔負けの地鳴りがするような笑い声を上げているのかも分からない。
 ただ一つわかっているのは、リヴィウスとてぷが見たことのない顔で焦っているということだけである。

「おリンはな、男前が大好物なんだよ」
「大好物…⁉︎」
「んはははははは‼︎  当たりよ! 当たりだわ! こんないい男久しぶりに見たわ! もう離さない! ぜーったいに離さないんだからぁっ!」

 がっちりと前から腰を捉えられているせいかあのリヴィウスが力で押し負けている。それに心底驚きつつ、ステラははっとして慌てて屈強な乙女に近づいた。

「あの」

 だがしかし乙女にはステラの声が届かない。否、多分わざと聞かないようにしているのだ。リヴィウスとてぷを見ればやはり見たことがない顔で困惑しているし、なんならリヴィウスに至っては感情が抜け落ちた顔をしている。
 うん、これはダメだな。ステラは頷いた。

「失礼します」

 ステラは音もなくインベントリから杖を取り出し、それを握った瞬間地面をトンと叩いた。途端に屈強な乙女の頭にバケツをひっくり返したような水が落ちてきた。

「いやあああああん!」

 甲高い声と一緒に手を離した隙にステラは乙女とリヴィウスの間に立ち塞がった。そして杖を構えたまま目が細くなる程の笑みを浮かべる。

「すみません。手が滑りました」

 その言葉とステラの表情に屈強な乙女ことおリンの額に青筋が立つのがわかった。
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