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第三章 東の国の大きなお風呂編

船室にて

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 ウエレスト大陸の港街、ペタルからアズマヒの国までは陸路と海路込みでそれなりの日数が掛かる。目的地へ到着した日数だけで言えば軽くひと月は掛かっていると言ってもいい。
 なぜそれほどまでに時間が掛かるのかといえば、まずアズマヒの国を囲む海は海流が複雑な上にその国あての船便がそもそも絶対的に少ないのである。だからこそタイミングを見ながら途中様々な街や村を経由して、ようやく三人はアズマヒの国行きの船に乗ることが出来た。

「……思ったんだが」

 あてがわれた客室で寛ぎながらリヴィウスがぽつりと呟いた。

「一度行ったことがあるのなら転移魔法で飛べば良くないか…?」
『!』

 人間の子供の姿から手乗りサイズのドラゴンに戻ったてぷが『確かに!』というようにコウモリの羽によく似た翼をバサッと広げた。

「不可能ではないですが、使わない方が良いです」

 船室に備え付けられているソファは二人掛けで、リヴィウスとステラはそこに並んで座っている。てぷは差し出されたステラの両手の中に収まって大きな目をぱちぱちと瞬きさせた。

『なんでだ? 時間のセツヤクになるんだぞ』

 それに同意だとばかりにリヴィウスが頷いた。そんな二人の様子にステラは眉尻を下げる。

「転移魔法は相当高度な魔法な上に、光の精霊様と相性が良くなければ使えないものでして、かつての旅の仲間の中でも使用できるのが私しかいなかったのです。……だからもし不用意に使ってしまうと光の精霊様に私が生きているのがバレてしまいますし、万が一見られでもしたらそれもそれでバレます」
『よし、一生使わなくていいんだぞ』
「ああ、そうだな」

 二人は真面目な顔で頷いた。
 魔法には相性というものがある。例えばステラなら治癒や守護を得意とする光属性の魔法が得意だし、リヴィウスならその逆の闇属性の魔法だ。魔王討伐の仲間の中には稀代の天才魔法使いと謳われている青年もいたけれど、彼は水属性との相性が一番良かった。
 相性が悪ければその属性の魔法は使えない。だから世界ひろしといえど転移魔法という大掛かりな魔法を使えるのは、ステラが知っているだけでも自分とリマだけである。

 そんなこんなで三人は地道な旅をすることになっているのだが、旅に慣れてきたということもあってそれなりに快適に過ごしている。この船に乗るまでにも数々の冒険者ギルドからの依頼をこなし路銀も十分過ぎるほど貯めたし、各地の名産も食べ歩いてみた。
 けれどその旅での一番の変化といえば買い物だろう。
 なんと、リヴィウスとてぷは買い物ができるようになったのだ。未だに大元の金銭管理はステラが担っているけれど、小学のお金であればもう二人に任せることにしたのだ。
 ちなみに買い物ができるようになったからと言ってリヴィウスの独り歩きは許していないし、これからも許すつもりはない。

「アズマヒの国に着いたら私はまず宿を探します。お二人は買い物に行かれますか?」

 その問いに二人からの胡乱げな視線を貰い、ステラはぱちぱちと瞬きをした。

『はあああああ』

 手のひらに乗ったてぷが心底呆れたというような顔でため息を吐いた。その様子にステラの胸が苦しくなる。罪悪感でだ。

『ダメだぞ。ステラも一人になっちゃダメなんだぞ』
「……なぜですか、リヴィがそう言われるならわかりますが」
「お前はあの日から無防備になった」
「そうは言われましても…」

 あの日、というのはペタルの街での出来事だろう。
 “聖女”という存在とステラが完全に決別したあの日から、確かにステラの体はなんだか軽くなった気がした。外の色も鮮やかに見えるし、何度か食べたことがあるものも不思議とより美味しく感じられた。
 だがそれと無防備は関係がない気がするのだけれど、二人はあの日から今日まで結託してステラを一人にはしようとしないのである。

『お前たちボクより見た目はずっと大人なのに、やっぱりまだまだ子供なんだぞ』
「おい待て、どうして俺までその扱いになる」
『ボクからすれば二人とも子供なんだぞー!』

 リヴィウスの手がてぷを捕まえようとして伸びるとすぐさま手のひらから飛び立って客室の中をぱたぱたと飛び回る。その度にてぷてぷのお腹がふるふる揺れ、ステラはその様を見るのが大好きだった。
 旅の始まりよりも腹回りが大きくなったなとは、死んでも口には出せないけれど。
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