上 下
44 / 105
第二章 西の国の花の祭り編

不機嫌な猛獣

しおりを挟む
「え、えっと、私は別に構わないのですが、どうして私の目が見たいんですか?」
「おい」

 不満げなリヴィウスの言葉に苦笑していたら不意に目の前が暗くなった。どうやら目を塞がれているらしいがその手の小ささや高い温度からてぷが背後に回って目隠しをしているんだということに気づく。
 どうしてこんなにも厳重に守られているんだろうかと疑問に思いつつ、店主の言葉を待っていればやがて諦めたように息を吐く音が聞こえた。

「そんな怖い顔で睨まないでくれよ。……その兄さんの目が噂に聞く聖女様の目の色に近いんじゃねえかって思ったのさ」

 聖女、という言葉にステラは目を見開いた。

「聖女様の目は冬の海みたいな青色っていうじゃねえか。それこそ「氷の聖女様」っつーあだ名に恥じないくらいの冷たい色だって噂されててな? 魔王討伐するまでは対して話題にもならなかったのに今じゃ聖女様は世界的スターだ。どんな宝石商も今血眼になって青い宝石を探し回ってんだよ」

 ……。ステラは今言われた言葉が何一つ理解出来ていなかった。否、できれば忘れてしまいたい固有名詞を出されたことは分かったけれど、それ以外は何も理解出来なかった。聖女が、世界的スター…? 一体全体どうなっているんだと、ステラの頭はシンプルに混乱していた。

「救国の聖女の目の色のペンダント、ネックレス、ブレスレット、ピアス、想像しただけで涎が出るくらいの商売が出来る程度には今アツいんだ」
「……悪趣味だな、死人だぞ」

 低い声が軽蔑の色を含んで吐き捨てた。

「商売人なんてそんなもんだぜ、お兄さん。今有名な芸術家も死んでから価値が出たんだ」

 目元を隠されているから詳細はわからないけれど、今流れている空気が悪いということは察することが出来た。そしてこれを放置するのは悪手だということも。

「……私はその聖女様ではないので、目を見たとしても全く意味はないと思うのですが」

 出来るだけ柔らかく、敵意が無いように話し掛けると店主の意識がリヴィウスからステラに移った。

「本物じゃなくても構わねえんだ。こういうのはな“それっぽい”ってのが大事なんだよ」
「鉱石の質には拘るのに?」

 その問いに店主はおかしそうに笑った。

「もちろん素材には拘るさ、絶対にな。それが俺のプライドだ。けど聖女の目の色が本物かどうかは関係無え。違っていてもそれっぽい文句をつけて出せばいい。売れればこっちのモンだからな」
「では、目を見せる代わりにここの商品を三つほどいただけますか?」
「は?」
『ええ⁉︎』

 驚いたのは店主ではなくリヴィウスとてぷだった。

「おういいぜ。嫌な気分にさせちまった謝罪も兼ねて持ってってくれ」
「ありがとうございます。てぷ様、大丈夫ですよ」
「駄目だ」

 それでも尚食い下がったリヴィウスにステラは暗い視界の中驚いた。

「似た色なら俺がこの中から選んでやる」
「………そんなおっかねえ顔で睨まねえで下さいよ。あんたただでさえ顔キレーなんだから流石にびびっちまう」

 諦めたように店主が息を吐き、結局ステラの目からてぷの手が離れることはなかった。それからリヴィウスが幾つかステラの目の色に似ているらしい鉱石を選び、結果としてステラは目を見せていないのに店主からアクセサリーを三つ貰うことになった。
 ステラは最後まで目を開けることを許されず、何なら最後はリヴィウスに抱き上げられて移動する羽目にもなってしまった。それには流石に抵抗を示したステラだがてぷの『駄目』の声とリヴィウスの無言の圧力に従う他なく、されるがままだった。



「……はー…おっかねえ。とんだ猛獣使いじゃねえか」

 去っていく三人の姿を見ながら店主は肺の中の空気を全部抜くくらい息を吐いた。どっと疲れたと思いながら手の中にある何種類かの鉱石に視線を移した。
 そこにあるのは深い青色ばかりだが、どうも最初にちらと見えた人物の目の色とは違う気がする。
 確かに深く、冬の海のような青色だ。けれど冷たいばかりではない印象を抱かせるそれらに店主は頬を掻いた。が、すぐにピンと来た。そうだこれでいいんだと自然と口角が上がるのを止められない。
 冬の海を思わせる冷たい青。けれどその中にある柔らかさ。

「世界を救った救国の聖女の慈愛の青、これだな」

 店主はこうしちゃいられないと慌てて店を畳んだ。向かう先は鉱石が採れるドワーフの国、そこに彼の人生史上最大の金脈が埋まっていると確信した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...