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第二章 西の国の花の祭り編

思わぬ落下

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『ステラ⁉︎』

 驚愕という言葉が何よりも似合う声でてぷが叫んだ。咄嗟に手を伸ばしたけれど空を掴んだだけで、目の前でステラが奈落に落ちていった。黒髪が闇に紛れて落ちていくのをただ見ることしか出来なかった。

『リヴィ! リヴィ、ステラが落ちたぞ! 早く助けに』

 中途半端に抱き上げられていたてぷはなんとかリヴィウスの体によじ登ってバランスを取り、微動だにしない男の顔を半ば苛つきながら見た。けれどその表情を見た途端、言葉を詰まらせる。

『リヴィ…?』

 その表情は無だった。焦りも驚きもない無がそこにはあった。ただ皿のような目でステラが落ちていった場所を見ているリヴィウスが、やがて張り付いたようだった唇を僅かに開けた。

「…落ちたらどうなる」

 低い、これもまた何もない平坦な声だった。

「人間は、ここから落ちたらどうなる」

 でもてぷはリヴィウスのこの声を知っている。

『わからない。高さも、下に何があるのかもわからないから、ステラがどうなっているのかもわからないぞ』
「どうすればいい? ……あいつは、死んだのか…?」

 どこにも行けない迷子の子供のような喋り方をてぷは知っている。この声を、喋り方を聞くのは何年振りだろうか。もう思い出すのも難しいほど遠い昔のことだ。あの頃のリヴィウスは今よりも小さかったような気がするし、色々なところがもっと幼かったような気もする。
 茫然。そんな顔で奈落を見ているてぷが声を掛けようとした時、リヴィウスの目が見開かれて迷いのない足取りで奈落に一歩近づく。それに驚いたのはてぷだ。

『おいお前まで』

 落ちるつもりじゃないだろうな、という言葉はリヴィウスが強い言葉で遮る。

「黙っていろ」

 有無を言わせない声にてぷは黙った。その直後だ。

「聞こえますかー!」

 遥か下から確かにステラの声がした。

『ステラ‼︎ 聞こえる、聞こえるぞ! 怪我とかしてないか!』

 てぷが声を張り上げると暗闇の中で反響するのがわかった。この中は結構な広さがあるらしい。

「大丈夫です! でも上がれそうにないので、下で落ち合いましょう! この手合いの構造は慣れているのでご心配なさらず!」

 言葉の通りステラは確かに大丈夫そうだった。ほっと安堵したのも束の間、それまでずっと無言だったリヴィウスが動き出す気配を察知しててぷは慌てた。それはもう大慌てだ。

『だ、ダメだぞ! お前今絶対に飛び降りようとしてるだろ⁉︎  絶対! 絶対にダメだぞ!』
「止めるな。あいつが無事な高さなら俺が降りても問題無い」
「駄目ですよ!」

 てぷの叫びが聞こえたらしいステラの厳しい声が闇の中から聞こえ、リヴィウスの動きが止まった。リヴィウスが言った言葉は聞こえていないだろうけれど、大方状況は理解出来ているのかもう一度「駄目ですよ」と張り上げている声が聞こえた。

「下で! 落ち合いましょう! ね!」

 念を押すように言われてしまうと、どうにもステラには強く出られないリヴィウスは従うしかなくなる。その表情はあまりにも不満気で、納得が出来ていなくて、腹立っている顔ではあったけれど、それでもリヴィウスはステラの言うことを聞いた。

「てぷ様―! リヴィのこと、よろしくお願いします!」
『わかったぞー!』

 その言葉を最後にステラからの言葉は途切れた。その代わりやはり遥か下からふわりとステラの魔力を感じて、確かに無事なのだというのを確認するとてぷはリヴィウスを見た。その表情は相変わらずで、恨めしそうに暗闇を睨んでいる。

『睨んでてもステラは浮かんでこないんだぞ。リヴィ、下に行くぞ』
「…わかってる」

 そこまで言ってようやくリヴィウスは暗闇から視線を外した。螺旋状に下に向かう構造になっている遺跡の最深部には緑で覆われた広場がある。遺跡自体はシンプルな作りなのに、他の冒険者を見ない辺り別のルートを進んでいるのだろうなと思いながらリヴィウスの首に腕を回していたてぷだったが、急に振動が増した。

『な、な、なんだあ⁉︎』
「急ぐなとは言われていない」
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