上 下
90 / 90
終章

拝啓、神様

しおりを挟む
 空は高くどこまでも鮮やかな青が広がり、その中に絶妙なバランスで雲が浮かぶ。窓の外は一面の銀世界で窓を閉めていてもどこからか冷気が漂ってくるようで思わず窓に触れることを躊躇する。
 躊躇するだけで止める気はなく、指先を触れさせたら案の定肩が跳ねるほど冷たくてそのまま凍ってしまうのではないかと思う程だ。そしてやはり窓の側は冷たい。室内が暖かいせいで結露してしまってはっきりとした景色が見られる訳ではないが、それでも好奇心が勝って鍵に手を伸ばしたところで後ろから抱き締められた。

「…やめろ、凍える」
「おはようアルフ、といってももう日も高いから昼くらいかもしれないね」

 のそりと体重をかけるように抱き締めてくるアルフレッドの上半身は裸だ。何故なら上着はラファエルが今羽織っている。

「…身体は?」
「平気」
「そうか」

 昨夜も愛し合った二人は少し気怠げな雰囲気を漂わせながら顔を寄せてそのまま唇を重ねた。後ろから抱き締める体勢がいつの間にか正面に変わり、背の高いアルフレッドに抱き込まれるように口付けが深まって背中に金髪がサラサラと落ちていく。

「ん…っ、ぁ、…ある、待って…」

 口を開くと舌が捩じ込まれそのまま絡め取られる。
 目覚めた側から濃厚な触れ合いにラファエルの腰が砕けかけ、どうにか首を振って唇を離したことでなんとか止める。

「…っ、だめ」
「今日はなんの予定もないだろ。魔物も倒してギルドに報告もしてなんでか知らねえがこの国のハンター共と手合わせもした。そろそろ俺に褒美があってもいいだろ」

 そういってアルフレッドはラファエルを軽く抱き上げてベッドへと直行した。力でアルフレッドに敵うわけもなければ素直にラファエルを求めてくれるアルフレッドの言葉が嬉しくない筈もなく、こうなったら毎回ラファエルは負けてしまう。
 Sランクハンターのアルフレッドに充てがわれた部屋のベッドはとにかく大きく、そしてふかふかだ。ラファエルはそこに投げられて軽く身体が跳ねた。

「…一回だけね」
「ああ、お前がそれで満足出来るならな」

 意地悪く口角を上げたアルフレッドに顔を顰めるが、結果としてはラファエルの惨敗だった。さすがに意識を飛ばしはしなかったがそれでももう動く気力が湧かない程愛されてラファエルは息も絶え絶えだ。

「…爛れてる…!」
「お前が可愛いのが悪い」
「それは屁理屈だ」
「そうか」

 楽しそうに笑ったアルフレッドが再びラファエルに覆い被さり、結局その日は二人してベッドの住人になっただけだった。さすがに翌日はそんなことは無く、何かされる前にとしっかり着込んで万全の準備をしたラファエルを前にアルフレッドも観念したのか出掛ける用意を始めた。

「今日は夜からこっちのギルドの人達と話し合いがあるけど、それまでは自由だから散歩しようよ」

 ラファエルの提案で二人は建物の外へと出た。
 相変わらずラファエルは外に出る際は全身を隠す不審者スタイルだが、この格好がアルフレッドの独占欲を満たすためでもあると知ってからは少し恥ずかしい。

「おやお二人さん、こんな雪の中お散歩かい?」
「ああ、コイツが外見たいって言うからな」
「ほほ、そうかそうか。それならあの丘に登ってみると良い、綺麗じゃぞ」

 街行くサンタのようなお爺さんに勧められるまま二人は丘へと歩いていく。足を進める度に聞こえる雪の鳴る音が楽しくて無駄に小さく歩いていると先を行くアルフレッドが振り返り「何してんだ」と笑う。それに「楽しくて」そう返して追いつこうとするのに慣れない雪で上手く進めず、なんなら昨日の疲労が祟って躓き体勢を崩した。

「……言うことは?」
「楽しい」
「…馬鹿」

 ラファエルの下敷きになって一緒に雪に沈んだアルフレッドがラファエルを抱き起こす。軽く頭を小突かれて再び丘を目指し、到着した先にある景色に目を見開いた。
 白銀の世界がそこに広がっていた。朝日を反射して銀色に輝く姿はまさに宝石を散りばめたような一面の雪景色。
 思わず目元を隠すゴーグルを下げたラファエルにアルフレッドは何も言わなかった。
 それくらい何かを介して見るには勿体無いと思える景色だった。

「…綺麗だね」

 雪が吸音材になるのか出した声はアルフレッドにだけ届いたような感覚がした。

「こんな景色初めて見た」

 二人が育った国にも雪は降るがこんなに積もりはしない。精々薄ら雪化粧を施すくらいで、それ以上は滅多にお目にかかれない。そしてラファエルにとっても、この景色は生まれて初めてのものだった。

「…エル」

 手が触れて、指が絡まる。
 こんなに寒いのに二人して手袋もしていないのが可笑しくて笑うとアルフレッドも同じことを思ったのか似たような顔で笑っていた。

「飽きるまで旅したら、どこで暮らしたい?」
「どこだろう。あんまり遠いと父さん達が悲しむからな」
「ヒノデの国は?」
「はは、いいかも。オヅラとマロンが結構な頻度で遊びに来そう」
「じゃあ却下だな」

 肩を震わせるように笑って、不意に目が合った。

「愛してる」

 二人して同じようなタイミングで同じことを伝え合って、そのことに馬鹿みたいに笑い合った。真っ白な世界でキスもして、これ以上いたら風邪引きそうだと来た道を戻る。
 その日の夜、机に向かって紙にペンを走らせるラファエルを見てアルフレッドが問いかけた。

「手紙か?誰に出すんだ」

 ラファエルは最近良く手紙を書いている。ギルドにはもちろん、父であるミゲルやマリアなど様々だ。だが最近その人達宛の手紙を書いていたと記憶しているアルフレッドは疑問に思ったのか首を捻る。
 振り返ったラファエルは悪戯っぽく笑って上を指差した。それが示すのは天井ではなく、その更に上。あるかどうかもわからないそんな場所。

「自称神様」

 一拍置いて口角を上げたアルフレッドは訊く。

「そりゃいい。なんて書くんだ?」
「そうだね、最初は──」




△▼△




 何もない、床も天井も広さもわからない真っ白な空間に燃えるような赤毛をした大男が一枚の紙を持って立っている。

「は、精々楽しめよ」

 楽しげに笑った男はただ短くそう零す。
 その紙には短くこう認めてあった。



 ──拝啓、神様。
 健康な身体に成り代わったので、今更ですが異世界をちゃんと満喫します。







                                    おしまい
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(27件)

蛸蛸あがれ
2024.02.22 蛸蛸あがれ

楽しく良い読む時間が持てました。ありがとうございます。
ラファエルとアルフレッドの関係が深くなるほどに隠されたものがゆっくり表に出てきてドキドキ。
大円団後、少しタリアのことが気になりました。彼にどんなストーリーがあるのだろう・・・
内容にトランスジェンダー(MtF)のことも取り入れられていていました。
今まで読んだ中で初めてでした。今後の活躍を期待しています。

白(しろ)
2024.02.23 白(しろ)

蛸蛸あがれ様

初めまして、感想を頂き本当にありがとうございます!
みんなの物語を最後まで読んでいただきありがとうございます。
タリヤは俗に言うチートキャラだったりするのですが、それも気力があれば番外編などで書けたらいいなあとは思っております!
アンジェリカのことについてはとても難しいし賛否あるだろうし受け入れらるか不安だった部分もあったのですが、幸いにも受け入れてくれる方が多くてとても嬉しいです。
もう完結してしばらく経つ作品に素敵な感想を頂けたこと、とても嬉しいです。
本当にありがとうございました!

解除
兎騎かなで
2023.11.30 兎騎かなで
ネタバレ含む
白(しろ)
2023.11.30 白(しろ)

うわああああああん兎騎さああああん!!!!!嬉しいありがとうございます!!!

こうやってまた1人秘密の花園(オカマ沼)の魅力に気付いてくれる人が現れてアチシ感無量です…。
オカマの辞書に手加減の文字は無いので…。どんな愛も問題も拳とパワーでどうにかするので…。

読んでくださって感想までありがとうございます!これからもオカマを書き続けます!!!!!!

解除
Aimomo
2023.11.27 Aimomo
ネタバレ含む
白(しろ)
2023.11.27 白(しろ)

Aimomo様

コメントありがとうございます!
あっという間に完結となりました…!
納得いく終わり方でよかったです。最初は違うラストだったのですがどうしても気に入らなくて書き直しました(笑)そう言っていただけると書き直してよかったなあとにこにこします。

友情に重きを置くマロン、良いですよね…!マロンの話はいつか書きたいなあと思っているのでその際はよろしくお願いいたします!

素敵なコメントをありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結】廃棄王子、側妃として売られる。社畜はスローライフに戻りたいが離して貰えません!

鏑木 うりこ
BL
 空前絶後の社畜マンが死んだ。   「すみませんが、断罪返しされて療養に出される元王太子の中に入ってください、お願いします!」 同じ社畜臭を感じて頷いたのに、なぜか帝国の側妃として売り渡されてしまった!  話が違うし約束も違う!男の側妃を溺愛してくるだと?!  ゆるーい設定でR18BLになります。 本編完結致しました( ´ ▽ ` )緩い番外編も完結しました。 番外編、お品書き。  〇セイリオス&クロードがイチャイチャする話  〇騎士団に謎のオブジェがある話  ○可愛いけれどムカつくあの子!  ○ビリビリ腕輪の活用法  ○進撃の双子  ○おじさん達が温泉へ行く話  ○孫が可愛いだけだなんて誰が言った?(孫に嫉妬するラムの話)  ○なんかウチの村で美人が田んぼ作ってんだが?(田んぼを耕すディエスの話)  ○ブラックラム(危なく闇落ちするラム)  ○あの二人に子供がいたならば  やっと完結表記に致しました。長い間&たくさんのご声援を頂き誠にありがとうございました~!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。