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第四章

聞いて

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 扉が閉まった音を聞いてからラファエルは走り出した。
 階段をほとんど飛ぶように降りて、勝手口を探すのもわざわざ一階に降りる時間も惜しいとばかりに二階に降りた時点で適当な場所の窓を開け放って勢いのまま飛び出した。タリヤが調達してくれた服が土で汚れるのも構わず受け身を取って立ち上がり、アンジェリカの指差した森の方へと全力で駆ける。

 パーティーの警備対象から外れている区画なのか見回りの騎士の姿はなく、これ幸いとラファエルは走る。ひらひらとした生地が足にまとわりついて邪魔でしょうがないが破るのは気が引けてそのままだ。
 窓から見た森は近いと感じていたのに距離にしてみるとそれなりにあるらしい。入口付近に来た頃にはさすがに息が上がり、森に入る前に一度呼吸を整えようと足を止めた。

「おう来たか」
「⁉︎」

 全く気配を感じさせず背後を取られたことに目を瞠りすぐさま距離を取って向き直る。月がその人物の背後になっており顔が確認できないことに舌打ちした瞬間。

「だっはははははは!おま、お前!な、だ、だはははははは!」

 聞き覚えのある馬鹿笑いに面食らい硬直していると影が動いた。
 いつもはだらしないが髪も髭も整え、騎士団の正装をまとっている人物にラファエルは目を丸くした。

「ガランド!」
「ひー、お前なんて格好してんだよ。こっから囚われのお姫様を助けに行くっつーのにカッコがつかねえなぁ」

 笑い過ぎて目に涙を浮かべたガランドにむっとするが言われた内容にまた驚く。

「俺が何年この城にいたと思ってんだよ。姫様が箝口令敷いてたとしても無駄無駄、年季がちげえ」

 一頻り笑い終えたガランドが大きく呼吸して改めてラファエルを見る。乱れた髪に上がった息、土汚れの着いた服にと散々な状態だがガランドは満足そうに口角を上げた。

「あのひょろがりだったお前が随分立派になったもんだ。おら、入口に馬置いてあるからそれで行け。馬鹿弟子を頼んだぞ」
「ガランドは行かないの?」

 そのまま去って行こうとする背中に声を掛けるとガランドは振り返り、心底呆れたといった風な顔でラファエルを見た。

「馬鹿、んな野暮なこと誰がするかよ。おら、早くしねえとそろそろアルフレッドが先に出て来ちまうぞ」

 アルフレッドの様子まで知っているらしい口振りにラファエルが口を挟む隙も与えずガランドは今度こそ歩き出した。騎士の正装に身を包んでいるというのに歩き方は優雅ではなくむしろ粗雑だ。いつもと変わらない、掴めない性格のガランドにこれ以上何を聞いても無駄だと嘆息し、ラファエルはまた走り出した。
 遠ざかる足音、僅かな時間を開けて届いた馬のいななきにガランドは足を止めた。

 彼の脳裏に浮かぶのは数年前剣を両手に持ってやって来た姿だ。それがガランドの中でのラファエルだ。親でもなければ家族でもないが、それでも近しい場所にいたとは思う。
 その自分でも多少の困惑があるのだから、親であり家族である人達の感情はとても推し量ることはできない。ガランドは歩き出した。

 まだまだ仕事をしなくちゃなと息を吐き、足は真っ直ぐパーティー会場へと向かう。
 到着した頃にはきっとラファエルがアルフレッドを救い出しているだろう。あんな屈強な弟子が救われる側なことに笑いを禁じ得ないが、それもまたあいつららしいと笑みを深めた。

 △▼△

 馬に跨り深い森の中を進んでいく。
 鬱蒼と茂る森の中だがさすが王族の直轄、至る所に魔術によって淡く光る仕掛けが施されており視界が良い。塔までの道が舗装されている訳ではないが明らかに馬車が通った形跡や道標のように灯る光が迷いを無くさせてラファエルは夢中で道を進む。

 どれほど進んだだろうか、然程時間は経っていない気がするが体感としてはとても長かったように思う。逸る気持ちのまま馬を走らせ、突如視界が開けた事で一気に手綱を引く。馬の足が上がり重心が少し後ろに傾くがすぐにバランスを取って馬を落ち着かせた。

 目の前に聳え立つのは装飾の一切ない無骨な塔だ。三階建て程の高さだろうか。筒状のそれに目立った窓はなく、出入り口である場所に木の扉があるだけだ。
 ラファエルは馬から降りた。すぐ様駆け出したいのを堪えて馬を木に繋ぎ、そして走り出す。扉には鍵が掛かっておらず開き戸になっているそれを開け放って中へと足を踏み入れた。

 すぐ目の前にあるのは螺旋状の石階段、迷わず一段目に足を掛けてそこから駆け上がる。呼吸も忘れて階段を上り切ると少しの踊り場があり、その奥に扉があった。
 木製の扉だ。外から鍵を掛ける仕組みになっているようで、鍵が掛かったままだというのが簡単にわかる。この奥にいる。
 確証はないが、確信はあった。

 ラファエルは足を踏み込んだ。扉までの距離はおよそ三歩、短い距離だ。木製の扉は一見頑丈そうに見えるけれど、そんなものは関係無かった。身体を捻り、勢いのままに扉に足を叩き込む。
 けたたましい音と共に扉としての役割を終えた木片が崩れ落ち、道が開かれた。

「…エル…?」

 暗がりから聞こえた声に唇が震えた。
 それまで堪えていたものが一気に決壊して視界が滲み、足をもつれさせながら暗がりへと身を投じる。
 必死に伸ばした手が慣れた温度に触れる。次の瞬間には息が出来ないほどきつく抱き締められていて、そのまま膝をついた。
 伝えたい言葉があるのに、喉に鉛が張り付いたように言葉が出てこない。

 エル。

 何度も名前を呼ばれて、その度に頷いた。
 アルフ、アルフ、聞いて。

 ──好きだよ。

 みっともないくらいしゃくり上げながら紡いだ言葉にアルフレッドが笑った気がした。
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