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第四章

その感情は誰のもの

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「いいこと、ラファエル。あんた一回城に行ってることで面割れてるんだから絶対に顔出すんじゃないわよ」
「城に着いたらオレがどうにかして言いくるめて城の騎士の服調達するんでそれに着替えて下さい。そっからは別行動っす」
「俺とマヅラ、そんでお前の親父はパーティ会場にいる。どうにか親父さんを王女に接近できるようにはするが期待はすんな。最悪お前一人でアルフレッド探し出すつもりでいろよ」

 城に到着するまでの馬車の中、四人は小さな声で作戦会議をしていた。ミゲルは違う馬車に乗っているが目的地は同じだ、心配するようなことは何もない。
 だがどうしたって気にはなる。それが顔に出ていたのだろうか、オヅラが眉間に皺を寄せてラファエルを睨んでいた。

「なんだオメエその顔は、親父さんが性悪女と会うのが不安なのかよ」
「…性悪女って言い方はちょっと…」
「いやでも性格は悪いと思うっすよ」
「……タリヤまで…」

 ラファエルは苦笑した。
 応接間で全てを明かしたあの日、誰よりも取り乱すだろうと思っていたミゲルは意外にも冷静で「そうか」としか言わなかった。きっと聞きたいことが沢山あるはずなのにたったそれだけ言って、それ以降ミゲルは口を開かなかった。その時はラファエルも後ろ向きな考えしか浮かばなかったがその翌日ミゲルは今までと変わらない態度でラファエルと接してくれた。
 そこにはラファエルを息子として扱うミゲルがいて、正直にいうとラファエルの方が困惑した。ただ招待状を見せてくれたあの日、ミゲルが言ったのだ。

(「…アンジェリカ様と接触しても良いだろうか」)

 何を考えているかわからない表情だった。その声音からも真意を計ることはできなかった。
 だがその言葉を、その意思を、どうしてラファエルに止められるだろうか。
 アンジェリカはラファエルだ。本当の、正しい、ミゲルの息子であるラファエルなのだ。それに会いたいという気持ちを否定する権利はラファエルにはない。

 それに対してラファエルはなんと返せば良いのだろうか。好きにしたらいいと思うけれど、それではあまりにも素っ気ない言い方になってしまう。悩んだ末に「うん」とだけ返事をしてその日の会話は終わった。

「……不安がないとは言わないけど、止める権利は僕にはないよ」

 背もたれに体を預けてラファエルはため息混じりに呟いた。
 馬車の窓から見える空はどこまでも青く澄んでいて憎らしいくらいだ。

「……僕はラファエルだけどラファエルじゃない。あの人の息子は」
「ふんっ」
「いっだあ!」

 向かいに座るマヅラがラファエルの脛を蹴り飛ばし、突如襲った痛みにうずくまった。

「腐るんじゃないわよバカエル」
「だな、んな辛気くせえ顔されたら士気が下がる。タリヤの為にももうちょい良い顔してくれや」
「そうっすねー、もうちょいがんばりましょラファエルさん」

 三人の視線がラファエルに集まって居心地の悪さに眉を寄せる。けれど確かに三人の言う通りだった。

「……ごめんなさい」

 渋々といった様子で謝るラファエルに満足そうに頷いて三人はまた背もたれに体を預けた。
 流れる空は青い。進む馬車も、微かに開いている窓から入る風もいつもと変わらない。それは三人の態度もそうだった。

「……みんなは、気持ち悪いと思わないの」

 気が付けばそんな言葉が滑り落ちていた。

「…僕は、自分でも自分が何者なのかわからない。今も本当にここが現実なのかわからないでいる。こうしてみんなと話せてるし、蹴られたところも痛いのに、それでも受け止めきれないんだ」

 何度も数え切れない程考えてきた疑問はそれを人に打ち明けても晴れることはなかった。依然としてラファエルの胸の真ん中に巣喰い、渦巻きのようにぐるぐると回る。出口のない迷宮に囚われているような感覚に唇を噛むと隣から大きなため息が聞こえた。

「はーーーーーーーーーー」

 窓枠に頬杖をついたオヅラが遠くを見ていた。

「んなもん知るかよバーーーーカ」

 心底どうでもいいと言いたげに吐き捨てられた言葉にラファエルは目を丸くした。そんな顔をしていると窓越しにオヅラと目が合って思わずラファエルの背筋が伸びた。

「お前、今同情されると思ってただろ」

 窓越しの会話は続く。

「およそ理解できねえ境遇、辛そうな顔した美人、まあ同情するには十分な条件だわな」

 よいせ、なんておっさん臭い言葉と一緒に体をラファエルの方へと向けたオヅラは辛気臭い顔を顎から掴んだ。

「甘えんなよお坊ちゃん。この状況はな、お前が選んだんだ。お前がした選択が、この状況を作ってる。いいか、もう一回わかりやすく言うぞ。お前が作ったんだよ、他の誰でもないお前が。お前の頭で考えて、お前の言葉で選んで、それで今ここにいるんだろうが」

 マヅラの目が真っ直ぐラファエルを射抜く。この男の目が意外にも知性的な光を宿しているとわかったのはヒノデの国で共に龍に立ち向かった時だった。

「ここに至るまでの選択に、本物のラファエルとやらの意思はあったのかよ」

 顎から手が離れる。その手がラファエルの胸をドン、と叩いた。
 軽い衝撃と痛みがあった。

「今のお前のその苦悩は誰のもんだ」

 誰のもの、だろうか。

「お前が今感じてる辛さはその本物のラファエルってやつのもんなのかよ」
「………それ、は」

 ラファエルの脳裏に様々なことが思い出される。
 初めてこの姿を鏡で見た日、自分の意思で思うように歩くことが出来た日、剣を握り、自由に走り回り、怪我をして、自分の好きなものを腹一杯食べることがきた日、あの喜びは、誰のものだっただろうか。
 あの日、なんでも出来ると感じた幸せは。

「……僕の、だ」

 ぽつ、とこぼした言葉にオヅラが鼻を短く鳴らした。

「じゃあ胸を張れ。くだらねえことでうだうだ悩むな」
「くだらないは言い過ぎよ兄貴」
「そうっすねえ、でもまあ概ね同意見っす」

 向かいに座るマヅラとタリヤは笑っている。

「アタシ達はアンタしか知らないからよ。本物のラファエルなんか知ったこっちゃないの。アタシ達が知ってるのはいけすかないアンタだけよ」
「いけすかない」
「死にたがりで何考えてるかわかんなくてアルフレッドさんにやたら大事にされてるめちゃくちゃな美人ってイメージっすね」
「散々だね」
「言ったでしょ、アンタは気味が悪いしタチも悪いし根性悪いって」

 馬車は進む。着実に王城へと近づいていく。

「何、不満?」

 マヅラが笑う。タリヤもどこか楽しげだし、オヅラは呆れたように窓の外を見ている。

「全然」

 ラファエルも笑った。心が軽くなったような気がした。
 馬車は進み、一旦宿屋へと止まる。そこで一晩過ごし、翌日いよいよ王城へと到着する。
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