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第四章
恋するオトメは三度現れる
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アルフレッドが屋敷を出てもう何日経っただろうか。
五日、七日、いやそれ以上か。必ず戻ると言った男は戻って来ず、手紙一つ寄越さない。けれどそれが当然なのだろうとラファエルは目を伏せた。
一国の王女がアルフレッドを欲しがっているのだ。手放す筈がない。
だからアルフレッドはもう戻って来ない。わかっている筈なのにラファエルは屋敷から動けなかった。もしかしたら戻ってくるかもしれない、もしかしたら彼女がアルフレッドを手放してくれるかもしれない。その時ここに自分がいなければきっとアルフレッドが落胆してしまう。
そんなことある筈がないのに。
心が引きちぎられそうに痛い。頭も割れそうな程に痛くて、呼吸が上手くできない。そんな状態でラファエルは部屋に引きこもっていた。もう何日も日の光もまともに浴びていなければ食事だって喉を通らない。見兼ねたミゲルとマリアがどうにかして元気付けようとしてくれるのにどうしてもラファエルは前を向くことが出来ない。
外に行ってもアルフレッドはいない。ギルドに行っても、この部屋から出ても、屋敷の中をどれだけ探してもアルフレッドはいない。
ラファエルが自分から手放したのだから。
「あ、…あぁ…っ」
ぼろ、とまた大粒の涙が頬を滑り落ちた。
半身をもがれたような辛さがずっとある。アルフレッドが城へと向かう朝、まだ日も昇り切らない朝焼けの中消えていく背中が目に焼き付いて離れない。
どうしてあの日拒否しなかったのだろう。アルフレッドは譲らないと、ただそれだけ伝えれば良かっただけなのに。そうすればこんな思いはしなくて済んだのに。
けれどこんなものだって後の祭りだ。アルフレッドはもうラファエルの手の届かないところに行ってしまった。もう会えない。
そのことがラファエルの心をズタズタにしていく。
どうしたらいいのかラファエルはもうわからない。生き方すらももうわからない。アルフレッドがいないとラファエルは普通に生きていくことすら出来ない。
こんなことになって初めてラファエルはアルフレッドの存在の大きさを知った。
「ちょ、ちょっと待ってください…!困ります!」
「アタシだって困ってんのよ!ラファエルはどこ⁉︎」
屋敷の外が騒がしい。この声は庭師のものだろうか、自分を探しているようだがラファエルはベッドの上から起き上がれそうもない。
誰にも会いたくない。誰の声も聞きたくない。放っておいてくれと両手で耳を塞ごうとした時だ。
「あそこね!あそこがラファエルの部屋なのね!」
「ちょ、マロンさんダメですって!それは流石にまずいですって!」
「お黙りタリヤ‼︎」
外から雄叫びが聞こえる。遠かったそれが徐々に近くなり、一瞬の間のうちに窓に大きな人影が映った。
「だらっしゃあああああああい‼︎」
けたたましい音を立てて窓が割れ、破片が日の光を反射してキラキラと輝く。その中を猛進し床に転げ落ちた人物はその勢いのまま立ち上がってベッドの方を睨んだ。
「あらやだ、随分とブスになったわねラファエル」
床に散らばったガラスの破片を踏みながらベッドに近付いたマヅラは涙に濡れるラファエルを見下ろして鼻で笑った。部屋の外からは何人もの足跡が聞こえる。
マヅラはそんなもの気にした様子は無く乱暴にラファエルの胸ぐらを掴んで体を起こさせ、痩せたというよりやつれたと言ったほうが正しい姿に眉を寄せた。
「アルフレッド様のわけわかんない噂を確かめに来たけど、どうやら本当らしいわね」
ラファエルは虚な目でマヅラを見るだけで言葉を発することはない。その代わり壊れた蛇口のように涙が溢れて落ちていく。
「何泣いてんのよアンタ」
弾かれたように扉が開きミゲル達がやってくるがマヅラは腕を離さない。
「…アンタ、なんかつまんなくなっちゃったわね。たかが男一人手に入らなかったくらいでそんなこの世の終わりみたいな顔で泣かないでくれる?」
今すぐにでもマヅラに剣を突き付けようとしたガランドをミゲルが片手で止める。
「…こんな女々しい男にアタシ負けたのかしら。アタシの知ってるラファエルってもっと気味が悪いしタチも悪いし根性悪いわよ。いっつも何考えてるかわかんなくていつもアルフレッド様の後ろで守られてて、でも前に出ると本当に手が付けられない」
マヅラは口角を上げた。
「ヒノデでアタシと勝負したの覚えてるでしょ。アタシあの時なんであんたに対するやっかみをアルフレッド様やギルドの職員側が抑えてるかわかったの。あんたが前に出ると取り返しがつかなくなるからよ。あんた本当に楽しそうに人のこと殴るんだもの。アタシ久々に人に対して恐怖を覚えたわ」
それでも何の反応も見せないラファエルに痺れを切らしたようにマヅラが舌打ちをしてグッと頭を振りかぶった。光が反射した。
「いつまで悲劇のヒロイン決め込んでんのよこの馬鹿がああああ‼︎」
「‼︎」
とても頭突きされたと思えない程の打撃音と同時に火花が散るような激痛が走りラファエルの表情が歪んだ。相当強い力だったようでお互いの額からは血が垂れてベッドシーツへと落ちる。
「このままでいいの、アンタ。まだ間に合うかもしれないわよ」
ラファエルの目が少しだけ動いてマヅラを見る。
「アタシの占い当たるのよ。アルフレッド様の運勢は確かに大波乱だった。けどその先は明るかったのよ」
ヒノデの国で占ったアルフレッドの運勢。派手に散らばった瓦が指し示した未来は確かに荒波続きだったが、その先はきちんと明るかった。マヅラは己の占いに絶対の自信を持っている。あの未来があるのなら、ここでラファエルがこんな状態になっているのはおかしいのだ。
「目ぇ覚ましなさいラファエル。アタシの占い当てに行くわよ」
五日、七日、いやそれ以上か。必ず戻ると言った男は戻って来ず、手紙一つ寄越さない。けれどそれが当然なのだろうとラファエルは目を伏せた。
一国の王女がアルフレッドを欲しがっているのだ。手放す筈がない。
だからアルフレッドはもう戻って来ない。わかっている筈なのにラファエルは屋敷から動けなかった。もしかしたら戻ってくるかもしれない、もしかしたら彼女がアルフレッドを手放してくれるかもしれない。その時ここに自分がいなければきっとアルフレッドが落胆してしまう。
そんなことある筈がないのに。
心が引きちぎられそうに痛い。頭も割れそうな程に痛くて、呼吸が上手くできない。そんな状態でラファエルは部屋に引きこもっていた。もう何日も日の光もまともに浴びていなければ食事だって喉を通らない。見兼ねたミゲルとマリアがどうにかして元気付けようとしてくれるのにどうしてもラファエルは前を向くことが出来ない。
外に行ってもアルフレッドはいない。ギルドに行っても、この部屋から出ても、屋敷の中をどれだけ探してもアルフレッドはいない。
ラファエルが自分から手放したのだから。
「あ、…あぁ…っ」
ぼろ、とまた大粒の涙が頬を滑り落ちた。
半身をもがれたような辛さがずっとある。アルフレッドが城へと向かう朝、まだ日も昇り切らない朝焼けの中消えていく背中が目に焼き付いて離れない。
どうしてあの日拒否しなかったのだろう。アルフレッドは譲らないと、ただそれだけ伝えれば良かっただけなのに。そうすればこんな思いはしなくて済んだのに。
けれどこんなものだって後の祭りだ。アルフレッドはもうラファエルの手の届かないところに行ってしまった。もう会えない。
そのことがラファエルの心をズタズタにしていく。
どうしたらいいのかラファエルはもうわからない。生き方すらももうわからない。アルフレッドがいないとラファエルは普通に生きていくことすら出来ない。
こんなことになって初めてラファエルはアルフレッドの存在の大きさを知った。
「ちょ、ちょっと待ってください…!困ります!」
「アタシだって困ってんのよ!ラファエルはどこ⁉︎」
屋敷の外が騒がしい。この声は庭師のものだろうか、自分を探しているようだがラファエルはベッドの上から起き上がれそうもない。
誰にも会いたくない。誰の声も聞きたくない。放っておいてくれと両手で耳を塞ごうとした時だ。
「あそこね!あそこがラファエルの部屋なのね!」
「ちょ、マロンさんダメですって!それは流石にまずいですって!」
「お黙りタリヤ‼︎」
外から雄叫びが聞こえる。遠かったそれが徐々に近くなり、一瞬の間のうちに窓に大きな人影が映った。
「だらっしゃあああああああい‼︎」
けたたましい音を立てて窓が割れ、破片が日の光を反射してキラキラと輝く。その中を猛進し床に転げ落ちた人物はその勢いのまま立ち上がってベッドの方を睨んだ。
「あらやだ、随分とブスになったわねラファエル」
床に散らばったガラスの破片を踏みながらベッドに近付いたマヅラは涙に濡れるラファエルを見下ろして鼻で笑った。部屋の外からは何人もの足跡が聞こえる。
マヅラはそんなもの気にした様子は無く乱暴にラファエルの胸ぐらを掴んで体を起こさせ、痩せたというよりやつれたと言ったほうが正しい姿に眉を寄せた。
「アルフレッド様のわけわかんない噂を確かめに来たけど、どうやら本当らしいわね」
ラファエルは虚な目でマヅラを見るだけで言葉を発することはない。その代わり壊れた蛇口のように涙が溢れて落ちていく。
「何泣いてんのよアンタ」
弾かれたように扉が開きミゲル達がやってくるがマヅラは腕を離さない。
「…アンタ、なんかつまんなくなっちゃったわね。たかが男一人手に入らなかったくらいでそんなこの世の終わりみたいな顔で泣かないでくれる?」
今すぐにでもマヅラに剣を突き付けようとしたガランドをミゲルが片手で止める。
「…こんな女々しい男にアタシ負けたのかしら。アタシの知ってるラファエルってもっと気味が悪いしタチも悪いし根性悪いわよ。いっつも何考えてるかわかんなくていつもアルフレッド様の後ろで守られてて、でも前に出ると本当に手が付けられない」
マヅラは口角を上げた。
「ヒノデでアタシと勝負したの覚えてるでしょ。アタシあの時なんであんたに対するやっかみをアルフレッド様やギルドの職員側が抑えてるかわかったの。あんたが前に出ると取り返しがつかなくなるからよ。あんた本当に楽しそうに人のこと殴るんだもの。アタシ久々に人に対して恐怖を覚えたわ」
それでも何の反応も見せないラファエルに痺れを切らしたようにマヅラが舌打ちをしてグッと頭を振りかぶった。光が反射した。
「いつまで悲劇のヒロイン決め込んでんのよこの馬鹿がああああ‼︎」
「‼︎」
とても頭突きされたと思えない程の打撃音と同時に火花が散るような激痛が走りラファエルの表情が歪んだ。相当強い力だったようでお互いの額からは血が垂れてベッドシーツへと落ちる。
「このままでいいの、アンタ。まだ間に合うかもしれないわよ」
ラファエルの目が少しだけ動いてマヅラを見る。
「アタシの占い当たるのよ。アルフレッド様の運勢は確かに大波乱だった。けどその先は明るかったのよ」
ヒノデの国で占ったアルフレッドの運勢。派手に散らばった瓦が指し示した未来は確かに荒波続きだったが、その先はきちんと明るかった。マヅラは己の占いに絶対の自信を持っている。あの未来があるのなら、ここでラファエルがこんな状態になっているのはおかしいのだ。
「目ぇ覚ましなさいラファエル。アタシの占い当てに行くわよ」
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