上 下
58 / 90
第三章 

急転直下

しおりを挟む
「で、どういうことなんだガランド」
「どういうことも何もそのまんまの意味だが」

 冷静さを取り戻したミゲルが深く息を吐いてからガランドに視線を向ける。当人はさして気にしていない様子で料理に手をつけようとしたがさすがにセバスに睨まれたため渋々手を止める。

「新聞を見たんだと」
「それで?」
「それでって」
「新聞だけならラファエルではなくアルフレッドの筈だ。それなのになぜラファエルが」

 難しい顔をして顎に手を添えたミゲルが低く呟く。

「ああ、アルフレッドは今ラファエルと旅に出てるから会えねえぞって言ったんだよ」
「ん?」
「そしたら姫様が「ラファエル、とはローデン家の御子息のことですか?」って聞いてきたからはいそうですって言ったらじゃあまずはラファエルに会いたいってなってな」

 ガタンと立ち上がったミゲルがガランドの側に息ラファエルが止める間もなく肩を掴んでガクガクと強めに揺さぶる。

「貴様、貴様ガランド!ラファエルのことは口外するなと、あれほど、あれほど…!」
「いやあ悪い悪い、つい口が滑って」
「これでアンジェリカ様がラファエルに惚れでもしたらどうしてくれる!王宮だぞ!会えなくなるだろう!」
「いやほんと旦那様のそういうとこ良いわー」
「貴様ああああ!」
「アンジェリカ様って」

 その不毛な争いを止めたのは他の誰でもないラファエル自身で、さして気にした様子もなく食事を続けながらセバスの方に顔を向けた。

「王女様だよね。確か一ヶ月前だっけ?倒れたみたいなのを風の噂で聞いたけど」
「はい、その通りでございます坊っちゃま」

 アンジェリカはラファエル達の暮らす国の王族だ。
 現国王の末の娘であり傾国と謳われる美貌からそれはそれは大事に育てられており、社交会にも滅多に顔を出すことはなく幻の姫君だなんて呼ばれていたりもする。

 その姫様が原因不明の病に倒れたのは一ヶ月程前のこと。ラファエル達はヒノデの国にいたため全くわからなかったがその間は王宮が騒がしかったらしい。だがアンジェリカは無事意識を回復させ、現在は療養中ではあるが健康状態には問題がない、らしい。この少ない情報しかラファエルは持ち合わせておらず眉を寄せた。

「…まだ公務にも出られてない王女様に僕が会っていいの?」
「むしろほぼ軟禁状態で暇だっていってたぞ姫様」

 セバスに宥められたミゲルが席につき、昼食を口に運んだガランドがあっさりと言葉を紡ぐものだから流石のミゲルも大きく息を吐いてこめかみを揉んだ。

「じゃあ僕とアルフで行けばいいのかな。そうすれば手間も掛からないだろうし」
「いや、ラファエルだけ良い」
「え?」
「は?」

 今まで黙っていたアルフレッドも眉間に皺を刻んだ。

「んな顔で睨むな。ローデン家の末っ子殿は一回も社交会に出てないのに噂だけが独り歩きしてる幽霊みたいなもんだからな。会ってみたいっていう好奇心じゃねえか?姫様っていってもまだ十六だしな、好奇心旺盛なお年頃だろ」

 ミゲルの手を緩く掴んで攻撃をいなしたガランドがからりと軽く笑う。そういわれて見れば確かにそうかもしれないとラファエルは頷いて「わかった」と続けた。
 それにミゲルとアルフレッドは渋い顔をしたが相手は王族、正式な申し出ではないにしろ無視するわけにもいかず最終的には是と答えるしかなかった。自分の席に戻ったミゲルが深く息を吐きながらにこやかに食事を進める末の息子を見て眉尻を下げた。

「……やっぱりやめ」
「されない方がよろしいかと、旦那様」

 すかさず入った信頼している家令からの一言にミゲルはがくっと肩を下げるのであった。



 △▼△



「…うわ、でっか…」

 ラファエルが王女アンジェリカと会うと決めてから話がトントン拍子で進んだ。あまりにも事態が早く動き過ぎていてラファエルはいまいち自覚も出来ていないまま馬車に乗り込んで初めて王宮へと赴いていた。
 この身体として生きて約二年、その間登城なんてしなかったし社交界のパーティにだって一度も参加していない。それは前のラファエルも同じだが、記憶にある限りでは幼い頃父に連れられて参加しているような様子がある。けれどそれもその一度きりだ。

 それ以外の記憶はほとんど屋敷の中で完結している。以前のラファエルは外に出るのを嫌がっていたのだろうかと想像するが所詮は想像。本当の気持ちなんてものは本物のラファエルしか理解し得ない。考えても無駄だろうと早々に思考を切り替えてラファエルは馬車から降りた。
 本来なら小難しい手続きがあるらしいのだが今回は王女が特別に許可しているらしくスムーズに入城することが叶い、あれよあれよという間にアンジェリカの待つ部屋の近くにまで通された。

(……こんなガバガバに通していいのかな。これで僕が危険人物だったらどうするつもりなんだろう)

 そんな物騒なことを思いながらラファエルは視線を微かに巡らせた。
 全体的に白を基調とした中で床に敷かれた赤いカーペットが一際よく目立ち、随所に置かれた装飾品も定例が行き届いているのか光を反射してキラキラとしている。壁の一枚、柱の一本にまで職人の技が光っている景色は圧巻で正直見ているだけでも面白い。

 けれどそんな訳にもいかずラファエルは無表情のまま先を歩く騎士の後ろをただ歩く。先導する騎士のうち一人が何度かラファエルの顔を振り返り、その度笑顔で返していたのだがついに我慢できなくなったのか小さな声で「あのぅ…」と身なりに似合わず情けない雰囲気で話しかけてきた。

「はい」
「…あなた本当にラファ」
「無駄口を叩くな」

 先輩であろうもう一人の騎士に厳しい声に話しかけてきた騎士は肩を竦め、そこから会話は生まれなかった。

「…姫様、お連れいたしました」

 程なくして豪奢な扉の前で騎士が止まり、ラファエルもそれに習う。固い声で告げられた言葉に部屋の中から細く繊細な声で「入りなさい」そう聞こえて今更ながらラファエルの身体に緊張が走った。

(……うわ、なんか手汗すごい。僕本当に王女様と会うのか)

 あまりにも急すぎて半信半疑だった事態がここにきて真実だったのだと実感が湧き、緊張で心拍が上がる。脳内で何度か挨拶のシミュレーションを繰り返しながら扉が開くのを待って、そして現れた人物にラファエルは目を丸くした。

「…ありがとう、もういいわ。二人にして貰えるかしら」
「それはなりません」
「命令よ。人払いを。私が良いというまで部屋への立ち入りを禁じます」

 繊細な声で発せられる鋭利な言葉はつららのようだった。

「お入りになって。突然こんなことになって驚かれているでしょう?」

 けれどラファエルを見る表情は柔らかく。蜂蜜色の髪が日の光に反射して宝石のように輝いている。ラファエルはただ驚いていた。
 困惑する騎士達をよそラファエルだけ中に入るように促され、それに逆らうわけにもいかず足を進める。

「閉めなさい」

 それを合図に扉が閉まり二人きりになると椅子に優雅に腰掛けたままだった王女が音もなく立ち上がり、少しだけ近づく。整った相貌にしとやかな笑みを湛えたままラファエルを見つめて、そして赤く彩られた唇を開いた。

「……嗚呼、本当に私ですね」
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

俺は好きな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい

綾里 ハスミ
BL
騎士のジオ = マイズナー(主人公)は、前世の記憶を思い出す。自分は、どうやら大好きな乙女ゲーム『白百合の騎士』の世界に転生してしまったらしい。そして思い出したと同時に、衝動的に最推しのルーク団長に告白してしまい……!?  ルーク団長の事が大好きな主人公と、戦争から帰って来て心に傷を抱えた年上の男の恋愛です。

悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」 と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。 「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。 ※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

ゲームの世界はどこいった?

水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。 そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。 あれ?ゲームの世界、どこいった? ムーン様でも公開しています

王子と俺は国民公認のカップルらしい。

べす
BL
レダ大好きでちょっと?執着の強めの王子ロギルダと、それに抗う騎士レダが結ばれるまでのお話。

【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林
BL
「やっと見つけたましたよ。私の姫」  暗闇でよく見えない中、ふに、と柔らかい何かが太陽の口を塞いだ。    この至近距離。  え?俺、今こいつにキスされてるの? 「うわぁぁぁ!何すんだ、この野郎!」  太陽(男)はドンと思いきり相手(男)を突き飛ばした。 「うわぁぁぁー!落ちるー!」 「姫!私の手を掴んで!」 「誰が掴むかよ!この変態!」  このままだと死んじゃう!誰か助けて! ***  男とはぐれて辿り着いた場所は瘴気が蔓延し滅びに向かっている異世界だった。しかも女神の怒りを買って女性が激減した世界。  俺、男なのに…。姫なんて…。  人違いが過ぎるよ!  元の世界に帰る為、謎の男を探す太陽。その中で少年は自分の運命に巡り合うー。 《全七章構成》最終話まで執筆済。投稿ペースはまったりです。 ※注意※固定CPですが、それ以外のキャラとの絡みも出て来ます。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。第四章からこちらが先行公開になります。

処理中です...