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第三章
再会の師匠
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「おお、帰って来たか馬鹿弟子ぃ!」
「誰が馬鹿弟子だクソ師匠」
ミゲルから夜には戻ると聞いていたラファエルとアルフレッドの剣の師匠であるがランドはその翌日に屋敷に戻ってきた。時間は昼前、太陽は随分と上にまで昇っているというのに陽気な様子で帰ってきたガランドからは風に乗って酒の匂いがした。
「…ガランド、またどれだけ飲んで来たの」
「おお、ラファエル!オメエは相変わらず綺麗な顔してんなあ!どうだ、強くなったか」
「うんうん、Aクラスハンターになるくらいには強いよ」
「そうかそうか、あんなひょろひょろガリガリだったオメエがなあ。最初は剣も持てなかったオメエが…」
「あーあー泣かないんだよガランド。とりあえず顔洗うか湯浴みしてきなよ」
この男、ガランドは酒豪だ。並大抵の量で酔うなんてことはないが酔ったときは泣き上戸になる。今も剣の稽古をつけてくれと願い出た頃のラファエルを思い出して涙ぐんでいる。鼻先を赤く染め、ぐし、と鼻を鳴らしながら目元を豪快に拭う姿にラファエルは苦笑してアルフレッドは呆れたように息を吐いた。
「…セバス呼ぼうか?」
その名前を出した途端カッと目を見開いたガランドは辺りを見渡した。
「いるのか⁉︎」
「いないよ。でも僕が呼んだらすぐ来るんじゃないかな」
「やめろ。朝からあいつのお小言を食らうのは勘弁だ」
「もう昼前だけどな」
どうやら酔いが覚めたらしいガランドは深く息を吐いた。それにも鼻を塞ぎたくなるほどの酒の匂いが含まれていて二人は眉を顰めあからさまに距離を取る。それに「おいおい酷いじゃねえか」なんて呟いたガランドが一歩近づき、二人はまた離れる。最終的には追いかけっこに発展するのだがこの日は深酒が祟ったのか早々に膝に両手をついて息を乱していた。
「おいおい情けねえなクソ師匠」
「あ?んだと馬鹿弟子があ…!」
普段クールだ寡黙だと言われるアルフレッドもガランドの前では饒舌で態度も悪い。よくクソガキと言われているがその通りだとラファエルは苦笑した。今だって二人が庭に落ちている手頃な枝を持って今にも一戦交えようかという空気を醸し出すものだから今度はラファエルが溜息を吐くことになった。
そして二人の枝が交差する前に屋敷の方を向いて片手を口の横に添える。
「セバスーーーー!」
「あーー!ラファエル!てめえ‼︎」
その声に血相を変えたガランドが後ろからラファエルの口を塞ごうとするのと、そんなガランドからラファエルを守るべく腕を伸ばしたアルフレッドと、そして屋敷の窓から絶対零度の眼差しでセバスが朝帰りをした男に一瞥をくれるのはほとんど同じようなタイミングだった。
「ガランド」
普段は穏やかなセバスから想像もできない程の冷たい声が発せられ、その意識が向けられているわけでもないのにラファエルの背筋がぴんと伸びた。
「──ガランド」
もう一度呼ばれた男は心から面倒臭そうな顔をした。
「……わかった、わかったからそんな目で見てくれるな。あーあ、ちょっくら風呂入ってくるわ。また後でな、お前ら」
ひらりと手を振ったガランドはバツが悪そうに頭をかきながら屋敷の中へと消えていった。
「だーー!いてえ!いてえってセバス!耳が、耳が千切れる…!」
その後すぐに聞こえてきた師匠の喚きに二人は肩を竦め、そして何事もなかったかのように向き合って構えた。日々の日課である鍛錬をすべく、木から小鳥が飛び立ったのを合図に同時に足を踏み込んだ。
△▼△
「あー、すっきりした。ようやく目が覚めたぜ」
濡れた髪を豪快に拭きながらラファエル達がミゲルと食事を囲む部屋へとやってきたガランドに、またしてもセバスの周囲の気温が下がる。
それを片手で制したミゲルが気にした様子もなく笑みを深めて座るように促す。
「おかえりガランド。どうだった城の騎士達は」
「ありゃあダメだな、すっかり平和ボケしてやがる。上にいるやつらは問題ねえがその下がどうしようもねえ。ちょっと怒鳴っただけで萎縮しやがる。どんな育ち方したらあんな軟弱になるかねえ」
「はは、まあお前の眼鏡に叶う人材なんてそういないだろう」
「おうよ。手塩にかけて育てた馬鹿はハンターになっちまうしよぉ、とんだ親不孝者だぜ」
髪を拭う仕草や言葉は粗雑なのに椅子を引いて座る仕草は少し優雅さすら感じさせる。濡れた髪を後ろに撫で付けたガランドは自分の向かいに座るアルフレッドを楽しげに見やり、視線を向けられたアルフレッドはげんなりとした顔で一向に視線を合わせようとしない。
「だがアルフレッドも伝説と呼ばれるSランクハンターじゃないか。親としては鼻が高いだろう」
「ちーっとも!俺はこいつに騎士になって欲しかったんだよ。俺の言う通り騎士になってりゃあんな腑抜けどもを俺が鍛えにいく必要なんざなかったんだ」
「結局私利私欲じゃねえか」
「ったりめえだろうが。俺はもう自分の欲望のままに生きるって決めてんだよ」
仏頂面のアルフレッドと軽薄そうに笑うガランドが睨み合ったところでセバスの控え目な咳払いが聞こえてすぐさまガランドが身を引く。
変わらないやりとりにラファエルとミゲルが笑い、料理長が張り切って用意してくれた食事に舌鼓を打つ。そうして穏やかに流れていく昼食の最中「そういえば」と水を飲んだグラスをテーブルに置いてからガランドが呟いた。
「姫様がラファエルに会いたいって言ってたぞ」
にかっと歯を見せて笑いながら告げられた言葉にラファエルは目を丸くし、セバスは体を硬直させ、ミゲルは手からナイフを落とした。
「な、な、何ぃーーーー⁉︎」
「誰が馬鹿弟子だクソ師匠」
ミゲルから夜には戻ると聞いていたラファエルとアルフレッドの剣の師匠であるがランドはその翌日に屋敷に戻ってきた。時間は昼前、太陽は随分と上にまで昇っているというのに陽気な様子で帰ってきたガランドからは風に乗って酒の匂いがした。
「…ガランド、またどれだけ飲んで来たの」
「おお、ラファエル!オメエは相変わらず綺麗な顔してんなあ!どうだ、強くなったか」
「うんうん、Aクラスハンターになるくらいには強いよ」
「そうかそうか、あんなひょろひょろガリガリだったオメエがなあ。最初は剣も持てなかったオメエが…」
「あーあー泣かないんだよガランド。とりあえず顔洗うか湯浴みしてきなよ」
この男、ガランドは酒豪だ。並大抵の量で酔うなんてことはないが酔ったときは泣き上戸になる。今も剣の稽古をつけてくれと願い出た頃のラファエルを思い出して涙ぐんでいる。鼻先を赤く染め、ぐし、と鼻を鳴らしながら目元を豪快に拭う姿にラファエルは苦笑してアルフレッドは呆れたように息を吐いた。
「…セバス呼ぼうか?」
その名前を出した途端カッと目を見開いたガランドは辺りを見渡した。
「いるのか⁉︎」
「いないよ。でも僕が呼んだらすぐ来るんじゃないかな」
「やめろ。朝からあいつのお小言を食らうのは勘弁だ」
「もう昼前だけどな」
どうやら酔いが覚めたらしいガランドは深く息を吐いた。それにも鼻を塞ぎたくなるほどの酒の匂いが含まれていて二人は眉を顰めあからさまに距離を取る。それに「おいおい酷いじゃねえか」なんて呟いたガランドが一歩近づき、二人はまた離れる。最終的には追いかけっこに発展するのだがこの日は深酒が祟ったのか早々に膝に両手をついて息を乱していた。
「おいおい情けねえなクソ師匠」
「あ?んだと馬鹿弟子があ…!」
普段クールだ寡黙だと言われるアルフレッドもガランドの前では饒舌で態度も悪い。よくクソガキと言われているがその通りだとラファエルは苦笑した。今だって二人が庭に落ちている手頃な枝を持って今にも一戦交えようかという空気を醸し出すものだから今度はラファエルが溜息を吐くことになった。
そして二人の枝が交差する前に屋敷の方を向いて片手を口の横に添える。
「セバスーーーー!」
「あーー!ラファエル!てめえ‼︎」
その声に血相を変えたガランドが後ろからラファエルの口を塞ごうとするのと、そんなガランドからラファエルを守るべく腕を伸ばしたアルフレッドと、そして屋敷の窓から絶対零度の眼差しでセバスが朝帰りをした男に一瞥をくれるのはほとんど同じようなタイミングだった。
「ガランド」
普段は穏やかなセバスから想像もできない程の冷たい声が発せられ、その意識が向けられているわけでもないのにラファエルの背筋がぴんと伸びた。
「──ガランド」
もう一度呼ばれた男は心から面倒臭そうな顔をした。
「……わかった、わかったからそんな目で見てくれるな。あーあ、ちょっくら風呂入ってくるわ。また後でな、お前ら」
ひらりと手を振ったガランドはバツが悪そうに頭をかきながら屋敷の中へと消えていった。
「だーー!いてえ!いてえってセバス!耳が、耳が千切れる…!」
その後すぐに聞こえてきた師匠の喚きに二人は肩を竦め、そして何事もなかったかのように向き合って構えた。日々の日課である鍛錬をすべく、木から小鳥が飛び立ったのを合図に同時に足を踏み込んだ。
△▼△
「あー、すっきりした。ようやく目が覚めたぜ」
濡れた髪を豪快に拭きながらラファエル達がミゲルと食事を囲む部屋へとやってきたガランドに、またしてもセバスの周囲の気温が下がる。
それを片手で制したミゲルが気にした様子もなく笑みを深めて座るように促す。
「おかえりガランド。どうだった城の騎士達は」
「ありゃあダメだな、すっかり平和ボケしてやがる。上にいるやつらは問題ねえがその下がどうしようもねえ。ちょっと怒鳴っただけで萎縮しやがる。どんな育ち方したらあんな軟弱になるかねえ」
「はは、まあお前の眼鏡に叶う人材なんてそういないだろう」
「おうよ。手塩にかけて育てた馬鹿はハンターになっちまうしよぉ、とんだ親不孝者だぜ」
髪を拭う仕草や言葉は粗雑なのに椅子を引いて座る仕草は少し優雅さすら感じさせる。濡れた髪を後ろに撫で付けたガランドは自分の向かいに座るアルフレッドを楽しげに見やり、視線を向けられたアルフレッドはげんなりとした顔で一向に視線を合わせようとしない。
「だがアルフレッドも伝説と呼ばれるSランクハンターじゃないか。親としては鼻が高いだろう」
「ちーっとも!俺はこいつに騎士になって欲しかったんだよ。俺の言う通り騎士になってりゃあんな腑抜けどもを俺が鍛えにいく必要なんざなかったんだ」
「結局私利私欲じゃねえか」
「ったりめえだろうが。俺はもう自分の欲望のままに生きるって決めてんだよ」
仏頂面のアルフレッドと軽薄そうに笑うガランドが睨み合ったところでセバスの控え目な咳払いが聞こえてすぐさまガランドが身を引く。
変わらないやりとりにラファエルとミゲルが笑い、料理長が張り切って用意してくれた食事に舌鼓を打つ。そうして穏やかに流れていく昼食の最中「そういえば」と水を飲んだグラスをテーブルに置いてからガランドが呟いた。
「姫様がラファエルに会いたいって言ってたぞ」
にかっと歯を見せて笑いながら告げられた言葉にラファエルは目を丸くし、セバスは体を硬直させ、ミゲルは手からナイフを落とした。
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