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第二章 ヒノデの国(下)
決別と新たな予感
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「あの二人なんであんな距離開いてるんすか?」
「知らねえよ当事者に聞いてこいや」
「ムッキィいいいい!気づかないなんてアンタ達だからモテないのよぉ!」
白いハンカチを噛み締めているマヅラにオヅラとタリヤは同じ角度で首を傾げ、マヅラは悔しそうに地団駄を踏んだ。なぜそうなっているのかといえば、理由は単純明快である。
「そ、それ以上近づかないで貰える…⁉︎」
「無理な相談だなぁ。どうせ船の部屋も一緒だ、諦めろ」
顔どころか髪まで隠したいつものスタイルのラファエルが隣にいるアルフレッドから一歩離れ、そしてアルフレッドがその様子を楽しげに笑いながら見つめてラファエルの威嚇をどこ吹く風と受け流している。
顔が隠れているせいで周囲にはわからないがアルフレッドには布の下の顔が赤くなっていることが手にとるようにわかって余計に笑みが深まる。そんなアルフレッドにラファエルが怒りを露わにして声を上げるがやはりアルフレッドには効果は無く、そんな二人の様子にオヅラとタリヤは益々首を傾げた。
「なんだありゃ」
「喧嘩っすかねえ?」
「嘘でしょアンタ達。本気でわかんないの?アタシが星の数ほどの恋愛占いするのをサポートしといてあんなお手本みたいな状況が本当にわかんないの?」
真顔のマヅラの言葉にもやはり二人は理解が出来ず、お互いに顔を見合わせてまた同じタイミングで違う方向に首を傾げた。
「皆さーん!そろそろ船が出ますよーッ!」
少し離れた場所から聞こえた声に五人の視線が集まり、その先にいたマルルゥが船の上から手を振った。
穏やかな青空の下、爽やかな潮風に吹かれる気候の中復旧が進んだとはいえまだ荒れている港に五人の姿はあった。
今日はラファエルとアルフレッドが大陸に帰る日だった。
「うわ、もうそんな時間だったんだ」
ラファエルが黒眼鏡の奥の目を大きく開いてマルルゥに手を振り返す。それに「お早くー!」と返事が来てラファエルはオヅラ達三人に向き直った。
「それじゃあ一足先に僕らは戻るよ。修理とかの手伝いあんまり出来なくてごめんね。あ、そうだ!必要なものとかあったらギルド経由で連絡してよ?頑丈な石材とか」
「あーあーあーあーそんな一気に喋るんじゃあねえよ。とりあえず無事に帰れりゃそれでいい。資材もとりあえずは問題ねえんだからてめえがそこまで気に揉むこたぁねえよ」
「…ほんと?」
「本当だ!だー!てめえがどんな顔してるかわからねえけどアルフレッドがすげえ目で見てるからやめろ!さっさと帰れ!俺らもそんな長居はしねえから!すぐ大陸に戻っから!」
「本当⁉︎じゃあ戻って来たら一緒に依頼受けようよ!」
「わかった!わかったから早く船に乗れ!さっさと乗れ!握手なんか求めんじゃねえよこの馬鹿が!嘘だ馬鹿は言いすぎた!…めんどくせえなお前ら!」
差し出された手を雑に握ってさっさと離し、射殺さんばかりの目で睨んでくるアルフレッドから逃げるようにラファエルから数歩距離を取る。それにあからさまに気落ちした様子をラファエルが見せようものなら再びアルフレッドが睨んでくる。どうしたらいいのだろうか。
「おっめえら本当に面倒くせえな⁉︎そんなだったか⁉︎お前らもっとなんか、なんか違ったろ!」
「うるせえぞオヅラ。まあ戻ったら連絡しろ、俺達もギルドを覗くようにはしておく」
「おかしいだろなんで俺が責められてんだよ。完全にお前らのせいだったろ」
「些細なことでぐちぐち言ってんじゃないわよケツの穴の小さい男ね」
「んだとゴラマヅラ!」
「マロンだっつってんだろハゲがよお!」
「テメエもハゲだろうがああん⁉︎」
「二人とも喧嘩はやめてくださいよおお!」
三人のいつも通りのやりとりに二人は声を上げて笑い、賑やかなまま船へと乗り込む。滞在したのは一ヶ月程だろうか、もう随分と長い時間いた気がするが日数にしてみればそんなことはなかった。
甲板から港を見るとまだ三人は残ってくれていて、こちらを見上げる様子に手を振った。
オヅラとマヅラの頭部が光を反射して眩しいのかアルフレッドは目を眇めていたがラファエルは黒眼鏡のおかげで問題はなく「またねー!」と手を大きく振ってしばしの別れの挨拶を。
「戻ったらすぐ会いにいくんでー!」
両手を口に当てて叫ぶタリヤにラファエルは目を細める。龍を倒して全員の体調が戻った後本当に顔を殴られたのはいい思い出だったなと笑みが漏れる。
ヒノデの国に来た当初の目的は果たせなかったがラファエルは落ち込んでなんていなかった。寧ろその目的のことを忘れてしまうくらいには清々しい気持ちだった。
「…色々あったけど、来て良かった」
「…そうだな」
具体的にどんな変化があったのかなんてラファエルにもわからない。それでもこの国で過ごした日々は間違いなくラファエルにとって掛け替えのないものになった。目に見える景色は今までと変わらない筈なのに、空はずっと青く広く感じるし、海だって何倍も輝いて見えた。
船員の大きな声がして、船から碇が上げられる。ゆっくりと動き出したのを感じながらふと目線を町の方へと向けた時、ラファエルの目が大きく見開かれた。
「ラファエルさーーーん!アルフレッドさーーん!」
初夏の風のような声だと思った。そして声と同じくらい爽やかな笑顔で手を振るおみつの姿に、ラファエルの胸は締め付けられた。
「また遊びに来てくださいねーー!待ってますからー!」
大きく手を振って叫ぶおみつの後ろから血相を変えた団吉が走ってくる。きっとまた無茶をしたのだろうと眉が下がるが、それでも来てくれたことが嬉しくてラファエルは口を覆っている布を下げた。
「また来ます!絶対!」
それに満面の笑みを浮かべて両手を振る姿に鼻の奥が痛くなった。
あの人は姉と母によく似ている。だから会う度に懐かしくて、苦しくなった。けれど今は、そんな感情とも決別できる気がする。
彼女はかつての自分の母でも姉でもない。彼女はこの世界で生きている人で、全くの他人。とても優しくて、行動が大胆で、そして笑顔が似合う、もうすぐ母親になる人。
龍と戦ったあの日、ラファエルはこの人の為に死のうと思った。
理由は罪滅ぼしといった所だろうか。恩返しも出来ずに呆気なく死んでしまった以前の自分の罪滅ぼし、そう思うとしっくり来た。きっと自分のせいでかつての家族はまともな思い出も作れず、ずっと看病に追われて疲れ切っていただろう。どれだけ尽くして貰っても治ることは無く、寧ろどんどん弱っていく姿を見てどれほど心を磨耗したことだろう。
どれだけ気丈に振る舞っていたとしてもその笑顔の裏で泣いていることを自分はわかっていた。それでもそれを悟らせないように必死に明るく振る舞ってくれていたあの人達に何か返したかったのだと、そう思う。
そんなかつての自分の無念を彼女で晴らそうとした。
死ぬ覚悟もなく、惰性で生きている今の自分に終止符を打つには持って来いの理由だと浅はかにもそう思ってしまった。
ラファエルの中には、ずっと拭えない罪悪感がある。
他人の身体で生きてしまっていること、その身体の持ち主を大事に思ってくれている人達を騙していること、この二つがじわじわと心を蝕み、いつしかそれがラファエルを自傷にも似た行為に走らせた。
けれど神の加護が簡単には死なせてくれなくて、そうしてどんどんエスカレートしていった。非現実的な魔物という存在も拍車を掛けていたのだろう。ラファエルにとって、ここはゲームの世界のようなものだった。
だがそうではないと気づかせてくれたのが、おみつだった。
「…怒られてるな、おみつさん」
「そりゃそうだよ、妊婦さんだもん」
彼女から子供ができたと伝えられた時、世界が崩壊したような危機感が全身を襲ったのをはっきりと覚えている。思えばそれが彼女とかつての家族を乖離させるきっかけになったのだろう。それから落ち着く暇もなく龍が現れタリヤに真正面から言葉で殴られて、オヅラにまで尻を叩かれた。
けれどそのおかげで、今世界がまた少し変わって見える。
まだ多少の違和感はあるけれど。
「…あ、そうだ。ねえアルフ」
皆の姿が遠くなった時、ふと思い出したように隣を見た。
短い黒髪が風に揺れ、鮮やかな赤い目と視線が絡まると自然と表情が緩む。
「この前さ、もし好きなように生きていいとしたらって話したの覚えてる?」
「…ああ、覚えてる」
「…もし本当にそれが出来るってなった時、アルフは僕の隣にいてくれるのかな?」
その言葉にアルフレッドは瞠目し、一拍置いて片手で顔を覆って深く息を吐いた。
「まず答えとしては隣にいる。これは絶対だ。…だけどな、エル」
顔から手を離したアルフレッドが珍しく困ったように眉を下げてラファエルを見る。その表情に首を傾げると再びアルフレッドが溜息を吐いた。
「…まあいい。お前の人生設計に俺が組み込まれてるってわかっただけで僥倖だ」
「え、どういうこと?」
「俺は何があってもずっとお前の隣にいるってことだよ。それだけ覚えとけ」
アルフレッドの大きな手がラファエルの頭を撫でて離れていく。これから五日間の船旅が始まるが逃げ場の少ない船内でアルフレッドの猛攻があったり、ラファエルが逃げ惑ってマルルゥに助けを求めたりと始終賑やかに旅は進み、そして船は問題なく大陸へと到着する。
こうしてヒノデの国での度は終わり、二人は新たな始まりを迎えることになる。
△▼△
「行っちゃったわね…アルフレッド様…」
「ようやく静かになって俺は満足だけどな」
「あはは、まあでもオレら三人でもだいぶ騒がしいっすよ」
遠くなった船を見送って三人は笑う。さて戻ろうかと踵を返そうとした時、ふとタリヤが思い出したようにマヅラを見る。
「そういえばマロンさん。祭りの時アルフレッドさんの占いした結果どうだったんすか?」
「ああ、あれ?」
祭りがあった日、マヅラはアルフレッドを占った。
結果を聞く前にアルフレッドは宿屋に戻ってしまったけれど、マヅラだけはその結果をきちんと見ている。
「いい運勢とは言えなかったわね。これから結構な障害が訪れるって感じだったわ」
「マジっすか。マロンさんの占い当たるけど、でもアルフレッドさんならどんな障害もひょいひょいって飛び越えそうっすよね」
右手の甲を左手の中指と人差し指で跳ねるようなジェスチャーをしたタリヤにそれもそうねとマヅラが肩を竦めて今度こそ歩き出す。先に進んだオヅラに追いつくや否や再び双子の喧嘩が始まり、それをタリヤが止めに入るが結局おみつと団吉によって宥められ五人は町に戻っていった。
宿屋に入る前、マヅラはそういえばと再び占いの結果を思い出した。
「……恋愛運、大波乱だったわね」
「知らねえよ当事者に聞いてこいや」
「ムッキィいいいい!気づかないなんてアンタ達だからモテないのよぉ!」
白いハンカチを噛み締めているマヅラにオヅラとタリヤは同じ角度で首を傾げ、マヅラは悔しそうに地団駄を踏んだ。なぜそうなっているのかといえば、理由は単純明快である。
「そ、それ以上近づかないで貰える…⁉︎」
「無理な相談だなぁ。どうせ船の部屋も一緒だ、諦めろ」
顔どころか髪まで隠したいつものスタイルのラファエルが隣にいるアルフレッドから一歩離れ、そしてアルフレッドがその様子を楽しげに笑いながら見つめてラファエルの威嚇をどこ吹く風と受け流している。
顔が隠れているせいで周囲にはわからないがアルフレッドには布の下の顔が赤くなっていることが手にとるようにわかって余計に笑みが深まる。そんなアルフレッドにラファエルが怒りを露わにして声を上げるがやはりアルフレッドには効果は無く、そんな二人の様子にオヅラとタリヤは益々首を傾げた。
「なんだありゃ」
「喧嘩っすかねえ?」
「嘘でしょアンタ達。本気でわかんないの?アタシが星の数ほどの恋愛占いするのをサポートしといてあんなお手本みたいな状況が本当にわかんないの?」
真顔のマヅラの言葉にもやはり二人は理解が出来ず、お互いに顔を見合わせてまた同じタイミングで違う方向に首を傾げた。
「皆さーん!そろそろ船が出ますよーッ!」
少し離れた場所から聞こえた声に五人の視線が集まり、その先にいたマルルゥが船の上から手を振った。
穏やかな青空の下、爽やかな潮風に吹かれる気候の中復旧が進んだとはいえまだ荒れている港に五人の姿はあった。
今日はラファエルとアルフレッドが大陸に帰る日だった。
「うわ、もうそんな時間だったんだ」
ラファエルが黒眼鏡の奥の目を大きく開いてマルルゥに手を振り返す。それに「お早くー!」と返事が来てラファエルはオヅラ達三人に向き直った。
「それじゃあ一足先に僕らは戻るよ。修理とかの手伝いあんまり出来なくてごめんね。あ、そうだ!必要なものとかあったらギルド経由で連絡してよ?頑丈な石材とか」
「あーあーあーあーそんな一気に喋るんじゃあねえよ。とりあえず無事に帰れりゃそれでいい。資材もとりあえずは問題ねえんだからてめえがそこまで気に揉むこたぁねえよ」
「…ほんと?」
「本当だ!だー!てめえがどんな顔してるかわからねえけどアルフレッドがすげえ目で見てるからやめろ!さっさと帰れ!俺らもそんな長居はしねえから!すぐ大陸に戻っから!」
「本当⁉︎じゃあ戻って来たら一緒に依頼受けようよ!」
「わかった!わかったから早く船に乗れ!さっさと乗れ!握手なんか求めんじゃねえよこの馬鹿が!嘘だ馬鹿は言いすぎた!…めんどくせえなお前ら!」
差し出された手を雑に握ってさっさと離し、射殺さんばかりの目で睨んでくるアルフレッドから逃げるようにラファエルから数歩距離を取る。それにあからさまに気落ちした様子をラファエルが見せようものなら再びアルフレッドが睨んでくる。どうしたらいいのだろうか。
「おっめえら本当に面倒くせえな⁉︎そんなだったか⁉︎お前らもっとなんか、なんか違ったろ!」
「うるせえぞオヅラ。まあ戻ったら連絡しろ、俺達もギルドを覗くようにはしておく」
「おかしいだろなんで俺が責められてんだよ。完全にお前らのせいだったろ」
「些細なことでぐちぐち言ってんじゃないわよケツの穴の小さい男ね」
「んだとゴラマヅラ!」
「マロンだっつってんだろハゲがよお!」
「テメエもハゲだろうがああん⁉︎」
「二人とも喧嘩はやめてくださいよおお!」
三人のいつも通りのやりとりに二人は声を上げて笑い、賑やかなまま船へと乗り込む。滞在したのは一ヶ月程だろうか、もう随分と長い時間いた気がするが日数にしてみればそんなことはなかった。
甲板から港を見るとまだ三人は残ってくれていて、こちらを見上げる様子に手を振った。
オヅラとマヅラの頭部が光を反射して眩しいのかアルフレッドは目を眇めていたがラファエルは黒眼鏡のおかげで問題はなく「またねー!」と手を大きく振ってしばしの別れの挨拶を。
「戻ったらすぐ会いにいくんでー!」
両手を口に当てて叫ぶタリヤにラファエルは目を細める。龍を倒して全員の体調が戻った後本当に顔を殴られたのはいい思い出だったなと笑みが漏れる。
ヒノデの国に来た当初の目的は果たせなかったがラファエルは落ち込んでなんていなかった。寧ろその目的のことを忘れてしまうくらいには清々しい気持ちだった。
「…色々あったけど、来て良かった」
「…そうだな」
具体的にどんな変化があったのかなんてラファエルにもわからない。それでもこの国で過ごした日々は間違いなくラファエルにとって掛け替えのないものになった。目に見える景色は今までと変わらない筈なのに、空はずっと青く広く感じるし、海だって何倍も輝いて見えた。
船員の大きな声がして、船から碇が上げられる。ゆっくりと動き出したのを感じながらふと目線を町の方へと向けた時、ラファエルの目が大きく見開かれた。
「ラファエルさーーーん!アルフレッドさーーん!」
初夏の風のような声だと思った。そして声と同じくらい爽やかな笑顔で手を振るおみつの姿に、ラファエルの胸は締め付けられた。
「また遊びに来てくださいねーー!待ってますからー!」
大きく手を振って叫ぶおみつの後ろから血相を変えた団吉が走ってくる。きっとまた無茶をしたのだろうと眉が下がるが、それでも来てくれたことが嬉しくてラファエルは口を覆っている布を下げた。
「また来ます!絶対!」
それに満面の笑みを浮かべて両手を振る姿に鼻の奥が痛くなった。
あの人は姉と母によく似ている。だから会う度に懐かしくて、苦しくなった。けれど今は、そんな感情とも決別できる気がする。
彼女はかつての自分の母でも姉でもない。彼女はこの世界で生きている人で、全くの他人。とても優しくて、行動が大胆で、そして笑顔が似合う、もうすぐ母親になる人。
龍と戦ったあの日、ラファエルはこの人の為に死のうと思った。
理由は罪滅ぼしといった所だろうか。恩返しも出来ずに呆気なく死んでしまった以前の自分の罪滅ぼし、そう思うとしっくり来た。きっと自分のせいでかつての家族はまともな思い出も作れず、ずっと看病に追われて疲れ切っていただろう。どれだけ尽くして貰っても治ることは無く、寧ろどんどん弱っていく姿を見てどれほど心を磨耗したことだろう。
どれだけ気丈に振る舞っていたとしてもその笑顔の裏で泣いていることを自分はわかっていた。それでもそれを悟らせないように必死に明るく振る舞ってくれていたあの人達に何か返したかったのだと、そう思う。
そんなかつての自分の無念を彼女で晴らそうとした。
死ぬ覚悟もなく、惰性で生きている今の自分に終止符を打つには持って来いの理由だと浅はかにもそう思ってしまった。
ラファエルの中には、ずっと拭えない罪悪感がある。
他人の身体で生きてしまっていること、その身体の持ち主を大事に思ってくれている人達を騙していること、この二つがじわじわと心を蝕み、いつしかそれがラファエルを自傷にも似た行為に走らせた。
けれど神の加護が簡単には死なせてくれなくて、そうしてどんどんエスカレートしていった。非現実的な魔物という存在も拍車を掛けていたのだろう。ラファエルにとって、ここはゲームの世界のようなものだった。
だがそうではないと気づかせてくれたのが、おみつだった。
「…怒られてるな、おみつさん」
「そりゃそうだよ、妊婦さんだもん」
彼女から子供ができたと伝えられた時、世界が崩壊したような危機感が全身を襲ったのをはっきりと覚えている。思えばそれが彼女とかつての家族を乖離させるきっかけになったのだろう。それから落ち着く暇もなく龍が現れタリヤに真正面から言葉で殴られて、オヅラにまで尻を叩かれた。
けれどそのおかげで、今世界がまた少し変わって見える。
まだ多少の違和感はあるけれど。
「…あ、そうだ。ねえアルフ」
皆の姿が遠くなった時、ふと思い出したように隣を見た。
短い黒髪が風に揺れ、鮮やかな赤い目と視線が絡まると自然と表情が緩む。
「この前さ、もし好きなように生きていいとしたらって話したの覚えてる?」
「…ああ、覚えてる」
「…もし本当にそれが出来るってなった時、アルフは僕の隣にいてくれるのかな?」
その言葉にアルフレッドは瞠目し、一拍置いて片手で顔を覆って深く息を吐いた。
「まず答えとしては隣にいる。これは絶対だ。…だけどな、エル」
顔から手を離したアルフレッドが珍しく困ったように眉を下げてラファエルを見る。その表情に首を傾げると再びアルフレッドが溜息を吐いた。
「…まあいい。お前の人生設計に俺が組み込まれてるってわかっただけで僥倖だ」
「え、どういうこと?」
「俺は何があってもずっとお前の隣にいるってことだよ。それだけ覚えとけ」
アルフレッドの大きな手がラファエルの頭を撫でて離れていく。これから五日間の船旅が始まるが逃げ場の少ない船内でアルフレッドの猛攻があったり、ラファエルが逃げ惑ってマルルゥに助けを求めたりと始終賑やかに旅は進み、そして船は問題なく大陸へと到着する。
こうしてヒノデの国での度は終わり、二人は新たな始まりを迎えることになる。
△▼△
「行っちゃったわね…アルフレッド様…」
「ようやく静かになって俺は満足だけどな」
「あはは、まあでもオレら三人でもだいぶ騒がしいっすよ」
遠くなった船を見送って三人は笑う。さて戻ろうかと踵を返そうとした時、ふとタリヤが思い出したようにマヅラを見る。
「そういえばマロンさん。祭りの時アルフレッドさんの占いした結果どうだったんすか?」
「ああ、あれ?」
祭りがあった日、マヅラはアルフレッドを占った。
結果を聞く前にアルフレッドは宿屋に戻ってしまったけれど、マヅラだけはその結果をきちんと見ている。
「いい運勢とは言えなかったわね。これから結構な障害が訪れるって感じだったわ」
「マジっすか。マロンさんの占い当たるけど、でもアルフレッドさんならどんな障害もひょいひょいって飛び越えそうっすよね」
右手の甲を左手の中指と人差し指で跳ねるようなジェスチャーをしたタリヤにそれもそうねとマヅラが肩を竦めて今度こそ歩き出す。先に進んだオヅラに追いつくや否や再び双子の喧嘩が始まり、それをタリヤが止めに入るが結局おみつと団吉によって宥められ五人は町に戻っていった。
宿屋に入る前、マヅラはそういえばと再び占いの結果を思い出した。
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