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第二章 ヒノデの国(上)

恋するオトメ、再び

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 渋る二人を「知り合いだ」と説き伏せてオヅラとマヅラの両親が営んでいるらしい宿屋への行き方を聞き出して二人は町の中を歩いていた。当然だが団子屋の二人は自分達がハンターであることは知らないし、見た目だけでいえば確かに劣っていそうと思われるのも仕方がない。だが、ハンターとして名を上げた二人にしてみればそれは久しぶりに感じる心配というものだった。

「絶対に逆らわないでくださいねって念押しされちゃったね」
「それはその宿屋に着いてからだな」
「せめて穏便にしないとね」

 多少不穏な会話ではあるが二人の声は柔らかく、それと同じように表情にも笑みが浮かんでいた。相変わらずラファエルはどんな表情をしてもわからないが、ずっと一緒に旅を続けているアルフレドにはその変化が手に取るようにわかる。

「なんかこういうの実家思い出すよ。お父様ってば「無理するな」「いつでも帰ってこい」って絶対に言うし」
「旦那様はお前を溺愛してるからな。本当なら手元に置いておきたかったんだろ」
「それマリアとセバスも言ってたよ。娘ならわかるけど、どうして息子を置きたがるかな」
「…さあな。お前がまだオヒメサマみたいな顔してるからだろ」
「顔は一生変わりませんー。次言ったら殴る」
「はいはい」

 そんな軽口の応酬をしながら二人は教えてもらった通りの道を歩く。その宿の方角に進むにつれて町の雰囲気は気さくだった入り口側に比べて落ち着きのあるものに変わっていく。その分人の往来も減って建物や店だと思われる入り口も格式高いものへと変わり、その道を歩く住人の身なりも一目で良い品だとわかるものへと変化する。
 なるほど、ここは自分たちでいうところの貴族街かとラファエルは納得した。

「…もうそろそろだよね」
「ああ、多分あれがそうだな」

 落ち着いた町並みの中でも一際大きく、そして立派な店構えのそこは確かに宿屋のようだ。看板と思われる箇所に何か書いてあるが読むことは出来ず、話す言葉は同じなのに文字だけ違うということが少し不便だ。

「とりあえず入ってみるか」
「だね。もしかしたら普通に営業してるかもしれないし」

 藍色の暖簾を潜って中に入ると、そこにはアニメ映画で見たことがあるような景色が広がっていた。広い玄関に一目で手入れが行き届いているとわかる調度品の数々、はめ殺しの窓から差し込む柔らかな日の光が埃ひとつ舞うことのない帳場を照らし、磨き上げられた朱檀のテーブルを艶めかせた。

 立派なテーブルに座るのはこの宿屋の番頭だろうか。きっちりと和服を着こなしてその上からはこの店の羽織をまとっている。いかにも私が受付ですと言わんばかりの雰囲気があった。
 だがその表情はどこか暗く、暖簾を潜ってやって来た二人を見て一瞬驚いたように目を丸くしたがすぐさま申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「いらっしゃいませ。宿泊のご予定ですか?」
「はい、そうです。二人なんですけど大丈夫ですか?あ、お金はちゃんとあります」

 二人は、というかラファエルは特殊な見た目をしているせいで大抵どの宿屋に行っても訝しがられる。その為ほとんど最初に金の話をするのだが、番頭の男性は薄く微笑んで首を横に振る。

「ああいえ、そのような。ただ本日は…いえ、しばらくは…」
「双子か?」
「えっ、いや…その…」

 ぎくりと肩を跳ねさせてうっすらと額に汗を滲ませたその人はきっと嘘がつけないのだろう。それにアルフレッドの見た目から来る圧も手伝ってか着物の襟元から手拭いを取り出して額に当てる。

「……外の方の耳にも入るほど既に噂が流れているのですね。ああ、なんということだ…。…お客様の言う通り、本日からこの宿は新しいお客様をお迎えすることは叶いません。次の船が来るまで、いやあのお二人が満足するまでは…」
「オヅラさんとマヅラさんでしょ?」
「名前までご存知で!?」

 目を丸くした番頭が二人を見るとアルフレッドは息を吐いた。

「知り合いだ。不本意だがな」
「ねー。一方的に絡まれてる感じだけど」
「で、でしたら、も、もしかしたら!説得、出来ますでしょうか…っ!?」

 止まらない汗を拭いながら番頭が口を開く。

「掻き入れ時なんです!こんな大きな船が来て外からお客様がとんでもなく来てらっしゃる!今日もお二人が来るまで何名の方をお断りしたでしょう!ああ、嘆かわしい…っ!こんな好機はそう来るものでも無いのに…!」

 堰を切ったように話だす様子にラファエルは目を瞬かせた。

「お願いします…!どうかあの二人を説得してください!もしそれが叶った場合はお代はいただきません!」
「あ、いいですよ。元々あの人達が本当に制限かけてるなら話し合うつもりだったし」
「あと金は払う。貰えるもんは貰っとけ」

 ですがと食い下がる番頭を「まあまあまあ」とラファエルが両手で宥める。表情が見えない分抑揚をつけて話すようにしているからか少し大袈裟に宥めるような声が帳場に響いた。

「じゃあこうしましょう。もし説得が成功して僕達が泊まれるようになったら温泉貸切にさせて下さい。あ、丸一日じゃなくて僕達が使う間だけで構いません」
「…そ、そんなことでいいんでしょうか…?」
「はいっ」

 ラファエルは聞いていた。この宿屋に来る前に団子屋のおみつに聞いていたのだ。「その宿屋の風呂はどうだ」と。答えはラファエルの想像を上をいくもので、なんとこの宿には温泉があるらしい。それも源泉掛け流しのとても立派な温泉が。

 その話を聞いた時からラファエルの目の色は変わった。最悪の場合一日くらいの野宿ならばと本気で考えていたのだが、目の前に温泉がぶら下げられたのであれば話は別だ。
 平時よりも幾らか気合の入った返事をするラファエルに隣でアルフレッドが微かに肩を竦めた。

「じゃあ、成功したその時はお願いします。早速なんですけど二人はどちらに」
「い、今オヅラ様は入浴中かと…!マヅラ様は…」
「あはああん!?!?!」

 後ろから聞き覚えのある声がして二人は振り返る。番頭は目頭を抑えていた。

「…今帰っていらっしゃいました」
「ど、どうしてアルフレッド様がいるのおおおおおん!?」
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