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第二章 ヒノデの国(上)

恋するオトメ

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 予想外のアクシデントに見舞われつつも無事にヒノデの国へと到着した船から次々に人と荷物が降ろされていく。巨大な船ではあるのだがそれでも驚くほどの荷物が降ろされていくのを見てラファエルは甲板の上から感嘆の声を上げた。

「うわ、まだ出てくるんだ。あんな荷物どこに乗せてたんだろう」
「これだけデカい船だしな、乗るところなんていくらでもあるだろうが…。にしてもすげえ荷物だな」

 隣で同じようにその様子を見ていたアルフレッドもラファエルと似た声のトーンで荷物が出てくる様子を眺めていた。二人で並んでその様子を眺めるくらいには荷物が多かったのだ。あの荷物はきっとこれが入ってる、いいやあれに違いない、そんな他愛もない話をしながら人の波が落ち着いたら出よう、そう思っていた時だった。

「よぉ、アルフレッドじゃねえか」

 どこかで聞いたことがあるような声がして振り返るとそこにいたのはつい先日港街のギルドで二人に絡んできた柄の悪い男で、思わずラファエルは「あ」と声に出す。一応アルフレッドも振り返ってはいたが呼び掛けに答える気はないらしくいつも以上の仏頂面で男を眺めている。

「えーっと…、なんだっけ…あ、カツラさん!」
「オヅラだ!」

 ピコン、そんなふざけた効果音が鳴りそうなくらいの勢いでラファエルが発言するとオヅラは顔を真っ赤にして即座に訂正してきた。やはり瞬間湯沸かし器のようだと、ラファエルは思った。

「…てめえギルドでもここでも俺を舐め腐りやがって…!いいか俺はな、てめえみたいなアルフレッドの金魚の糞がAクラスだなんて絶対に認めねえからな」
「別にいいよ、それで」
「大体てめえは、…なんだと?」
「だから、別にいいよって言ってんの。どう思おうがそっちの勝手だし、僕には関係ない。ただ僕はきちんと正規の方法でAクラスになったし、それはギルド職員の人全員が証明してくれる。だからハンターライセンスのことで僕に突っかかるのはギルドの外だけにしといた方が良いよ。そうじゃなきゃまたマルルゥみたいな人に怒られることになるんじゃない?」

 このオヅラという男はこの前もアルフレッドに挨拶をしたくせに絡んでくるのはラファエルばかりだ。しかも前回の口ぶりから言って今まで複数回されているようだが、正直大抵の血の気の多いハンターから同じようなことを言われるからラファエルは一々覚えてられない。
 耳にタコが出来そうだと思いながら柵に背中を預けて今にも食って掛かって来そうなオヅラに正面から言葉をぶつけると毛の無い頭に太陽光を集めたその男が意外そうに目を瞬かせた。

「…お前、そんな喋れたのかよ…」
「え?普通に喋るけど」
「今までどんだけ絡んでも見向きもしなかっただろうが!」
「タイミング悪かったんじゃない?ていうか、あなたを認識したのもこの前が初めてだよ。どこの街のギルドに行っても同じような絡まれ方するからさ」
「エル」
「あ、そろそろ人引いた?じゃあ行こっか」

 まるで洋画の俳優のように肩を竦めて見せたところで短く名前を呼ばれると手すりから背を離して足元に置いた荷物を持ち直す。今回の旅はほとんど観光がメインといっても間違いないため荷物は少なく済んでいて「旅行みたいだね」アルフレッドを見上げていうと微かに口角を上げた柔らかい声が「そうだな」と答えた。
 さあ出口に向かおうかとしたところで二人の足は止まる。

「あ、アルフレッド様っ!」

 ああ、緊張しているのだと一言聞いただけでわかるほど震える声。

「あ、あの、あの、アタシ…!」

 もじもじと悩ましく肢体をくねらせ、チラチラとアルフレッドを伺う様子は小動物を思わせて可愛らしい。そう、それが該当する条件が満たせているのであれば。

「あっはああああん!やっぱりだめっ!話し掛けるなんて出来ないっ!」
「何言ってんすかマロンさん!!これがラストチャンスかもしれないんすよ!もうちょっと!もうちょっと勇気出して!」
「でもっ、でもタリヤちゃん!アタシ、アタシどうしたらっ!」
「いつもの色々デカい態度どこいったんすか!あれがあれば怖いものなしぶふぉ!」

 細身の青年、タリヤがマロンと呼ばれた人の見事なアッパーカットで宙を舞った。どしゃあっ、と甲板に不時着したタリヤを見たラファエルは「まずい」と思う暇もない程の怒涛の展開にゴーグルの下で目を何度も瞬かせていた。

「はっ!!!アタシったら、ついいつものクセで…ッ!」
「………おい、マヅラ」
「次その名前で呼んだら殺すぞクソ兄貴」

 今の今まで少女のように頬を両手で包んで照れていたのにオヅラに声を掛けられた途端修羅の顔になってそれまで出していた柔らかい音を一切排除した低音にまたラファエルは瞬きをした。隣のアルフレッドも内心驚いているのがわかる。

「いやああん!!こんな!こんな予定じゃなかったのにぃ!」

 ではどんな予定だったのだろう。気になって思わず声を掛けようとしたのがバレたのか「エル」と低い声で名前を呼ばれて無言で頷く他なかった。

「っは!また、またあんたなのね不審者!」
「え?」

 今度は声が出てしまった。

「あんたに決まってるでしょ黒づくめ不審者!ちょーっとアルフレッド様に可愛がられてるからって調子に乗らないことねッ!良いこと不審者!アルフレッド様にはあ、あた、アタシみたいな…っ」

 ビシィ!と効果音がつきそうな程の勢いで突きつけられた指の爪は綺麗な赤で彩られていて、それだけでその人の美意識の高さが見てとれた。けれどその指先も言葉が続くにつれて勢いが無くなりまた両手で頬を覆ってしまった。

「言えないわああああ!言えないっ!言っちゃったらアタシきっと溶けちゃうわ!真夏のバターのように!」
「…何なんだお前は」
「はあん!?」

 痺れを切らしたのかアルフレッドが困惑を色濃く乗せた声を発した途端、マヅラだかマロンだかの頬が薔薇色に染まった。それに今度こそアルフレッドの目が見開かれた。

「は、話し掛けられた…!?アタシ、今…っ」

 見る間に瞳に涙を溜めて声を震わせる様子に二人で何事かと混乱する。

「は…っ、しかも、今アタシを見てる…?あの宝石みたいな赤い目で、アタシの、アタシのこと…!」

 ぶるぶると震えて何かに悶えながら言葉を発する生き物が、二人には最早理解不能だった。否、理解は出来ている、出来ているのだか目の前にいる生物が次に何を仕掛けてくるのかが予測できず対応がわからないと言った方正しいか。
 未だに甲板に突っ伏したタリヤは打ち上げられた魚のようだし、オヅラに至っては頭を抱えていた。この三人はパーティらしいが、これで大丈夫なのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。

「そんなに見られたら、アタシ…!もうだめええええ!」

 ダッ、と乙女のように走り出した生き物がそのまま手摺りを飛び越えて落ちていく。

「え」
「恋する乙女はっ!恥ずかしがり屋なのおおおおおっ!」

 青空の下、蝶のように羽ばたいた生き物の言葉は鐘の音のように響いてその状況に置いて行かれた二人の思考を停止させる。
 ズドォン、と鈍い音をさせて着地した生き物はそのまま走っていく。日の光を反射する後頭部がやけに眩しかった。

「あ、あいつ…!!クソ、お、覚えてろよ!!!」

 オヅラが打ち上がっているタリヤを抱え、どこかで聞いたことのあるような捨て台詞を残して走り去っていく。残された二人はしばらく沈黙した後静かに「…行くか」と少し疲労を感じるアルフレッドの声に頷いて歩き出した。
 こうして二人はヒノデの国に到着した。
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