上 下
19 / 90
第一章 二人の旅路

一線

しおりを挟む
「おかえり、アルフ」
「ただいま。…体は?」

 荷物を水差しの乗っているテーブルに置いてアルフレッドがベッドに腰掛ける。多少言いづらそうに目線を彷徨わせてから紡がれる言葉は小さくて口角が緩んだ。

「起き上がれる程度には。でも出歩いたりは無理かな」

 昨夜のことを思い出しているのかそうだろうな、と言わんばかりに気怠げな雰囲気でベッドに座るラファエルを無言で見つめていた。その視線に見過ぎだと目線を隠すようにアルフレッドの顔へと片手を翳すも、その手はアルフレッドに取られて少しだけ指を絡めるようにして握られ、ベッドに下ろされた。
 どうしたのだろうかと視線を向けると気遣わしげな目がこちらを見ていてラファエルは瞬いた。どうしたの?そう問いかけるよりも早くアルフレッドの口が開く。

「何かあったか?」
「え、なんで?何にもないよ」

 心当たりがないというように首を傾げて見せると手を繋いでいない方のアルフレッドの大きな手がラファエルの頬を撫でた。

「…そうか」

 ラファエルは成り代わりのことを誰にも教えてはいなかった。どう伝えれば良いのかもわからなかった。何度も「生まれ変わっただけだよ」と濁して来たけれど、それ以上を伝える気なんてありはしないのだ。
 けれどそれを悩まない訳ではない。今でも自分はこの世界で異質で、あってはならない存在ではないのかという漠然とした不安が襲って来る。その不安が時折こうして顔にまで現れる。そうなってしまうとこの目敏い男を騙すなんてことは不可能で、でも本当を伝えることも出来なくて、ラファエルは今日もはぐらかす。

 今だって何か言いたげな顔をしているアルフレッドにそれ以上言葉を紡がせないように顔を寄せて唇を合わせ、発せられようとした言葉を吐息ごと飲み込んだ。アルフレッドもラファエルがこれ以上は踏み込ませないとわかっているからか頬に添えていた手を腰に回し、そのまま抱き寄せられる。
 戯れのように何度も唇の表面だけを触れ合わせて、それ以上のキスはしない。
 微かなリップ音と一緒に唇が離れて、どちらともなく鼻先を擦り合わせそのまま額を合わせた。近過ぎて互いの表情はわからないが、先に動いたのはアルフレッドだった。
 柔らかな息を吐き出すように笑い「飯にするか」と距離が少し離れた。

「サンドイッチと肉と、あとは人気らしい甘いもんも買ってきた。どれなら食えそうだ?」
「風邪とかじゃないからなんでも食べられるよ。とりあえずサンドイッチからで良いかな」

 わかった、と身体に回っていた腕が離されてテーブルに置いた紙袋からサンドイッチを取り出したアルフレッドがそのままそれをラファエルの口元に運んで来てもなんの違和感も感じずに口を開いて一口齧り付いた。
 アルフレッドはよくラファエルを甘やかす。本人にそんな自覚は無いらしいが、これが甘やかしといわずなんというのだろうか。一口食べ終わるとサンドイッチが口元に差し出されまた一口食べる。喉が乾けば口移しで水を飲まされるし、いつの間にか体勢はベッドで胡座をかくアルフレッドの上に横抱きにされていたし、デザートだって食べさせて貰った。
 この調子で行くと風呂はまた二人で入るようになるし。今日はもうこの部屋から一歩も出ないことになるだろうが、ラファエルはそれで良かった。

 ダメだダメだとわかっていても、やはりどうしたってこのぬるま湯が心地良い。
 アルフレッドはラファエルの心に踏み込むようなことはしない。ラファエルもアルフレッドの心の内を聴こうとは思わなかった。互いに言葉にはしなくとも、それでも互いが特別だと思い合えているこの状態が心地よかった。

 日の傾きから後数時間もすれば空はオレンジ色に染まるような時間。開いた窓から爽やかな風が入り込んでレースを揺らす。繊細な刺繍の影が部屋に伸びる中、二人はベッドで絡み合っていた。
 宿を取ったのはこんなにも爛れた時間を過ごす為ではないと胸を張っていえるが一度火が付いてしまえばあとはその熱に誘われるままに肌を合わせるだけだった。窓が開いていること、入り口に繋がる廊下に時折人の気配がすること、この二つの要因が二人の熱をより蜜にしていく。アルフレッドの大きな手がラファエルの口を強く押さえて、二人の間にあるのは乱れた呼吸だけ。

 ラファエルは自分を見下ろす赤い目が好きだった。獰猛な肉食獣を思わせる鋭い目が自分だけを捉えている、そのことに仄暗い愉悦を覚えるくらいにアルフレッドの自分を見る目が好きだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【1章完結】経験値貸与はじめました!〜但し利息はトイチです。追放された元PTメンバーにも貸しており取り立てはもちろん容赦しません〜

コレゼン
ファンタジー
冒険者のレオンはダンジョンで突然、所属パーティーからの追放を宣告される。 レオンは経験値貸与というユニークスキルを保持しており、パーティーのメンバーたちにレオンはそれぞれ1000万もの経験値を貸与している。 そういった状況での突然の踏み倒し追放宣言だった。 それにレオンはパーティーメンバーに経験値を多く貸与している為、自身は20レベルしかない。 適正レベル60台のダンジョンで追放されては生きては帰れないという状況だ。 パーティーメンバーたち全員がそれを承知の追放であった。 追放後にパーティーメンバーたちが去った後―― 「…………まさか、ここまでクズだとはな」 レオンは保留して溜めておいた経験値500万を自分に割り当てると、一気に71までレベルが上がる。 この経験値貸与というスキルを使えば、利息で経験値を自動で得られる。 それにこの経験値、貸与だけでなく譲渡することも可能だった。 利息で稼いだ経験値を譲渡することによって金銭を得ることも可能だろう。 また経験値を譲渡することによってゆくゆくは自分だけの選抜した最強の冒険者パーティーを結成することも可能だ。 そしてこの経験値貸与というスキル。 貸したものは経験値や利息も含めて、強制執行というサブスキルで強制的に返済させられる。 これは経験値貸与というスキルを授かった男が、借りた経験値やお金を踏み倒そうとするものたちに強制執行ざまぁをし、冒険者メンバーを選抜して育成しながら最強最富へと成り上がっていく英雄冒険譚。 ※こちら小説家になろうとカクヨムにも投稿しております

乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。

緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

縦ロール悪女は黒髪ボブ令嬢になって愛される

瀬名 翠
恋愛
そこにいるだけで『悪女』と怖がられる公爵令嬢・エルフリーデ。 とある夜会で、婚約者たちが自分の容姿をバカにしているのを聞く。悲しみのあまり逃げたバルコニーで、「君は肩上くらいの髪の長さが似合うと思っていたんだ」と言ってくる不思議な青年と出会った。しかし、風が吹いた拍子にバルコニーから落ちてしまう。 死を覚悟したが、次に目が覚めるとその夜会の朝に戻っていた。彼女は思いきって髪を切ると、とんでもない美女になってしまう。 そんなエルフリーデが、いろんな人から愛されるようになるお話。

狼王子は、異世界からの漂着青年と、愛の花を咲かせたい

夜乃すてら
BL
 沖野剛樹(オキノ・ゴウキ)はある日、車がはねた水をかぶった瞬間、異世界に飛ばされてしまう。  その国にある聖域――宙の泉には、異世界から物が流れ着くという。  異世界漂着物の研究者・狼獣人の王子ユーフェ・ラズリアに助けられ、剛樹はひとまず助手として働くが……。    ※狼獣人は、獣頭獣身のことです。獣耳のついた人間のような可愛らしいものではありません。 この世界では、魚、虫、爬虫類、両生類、鳥以外は、吉祥花というもので生まれます。  ※R18は後半あたりに入る予定。  ※主人公が受です。  ムーンでも重複更新してます。  2018年くらいからぼちぼち書いている作品です。  ちょうど体調不良や中華沼落ちなどが重なって、ムーンでも二年くらい更新してないんですが、するつもりはありますし、たぶんアルファさんのほうが受け良さそうだなあと思って、こちらにものせてみることにしました。    あちらで募集してたお題、以下10個をどこかに使う予定です。何がどう使われるかは、お楽しみに(^ ^)  電卓、メスシリンダー、しゃっくり、つめ、くじら、南の一つ星、ひも、スプレー、オムレツ、バランスボール  お題にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。 ショートショート集を予定してましたが、普通に長編になりそうです。  のんびり更新しますので、のんびりよろしくお願いします。

【完結】追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜

凛蓮月
恋愛
【8/14完全完結。ありがとうございます!】 【オマケの三章(本編追加予定話)を先行公開しておりましたが、長編版掲載に伴い11/5に非公開とさせて頂きました】 「記憶が戻ったら」の脇キャラたちの番外編です。 もちろん仲良し夫婦も出てきます(*•̀ᴗ•́*)و 【目次】 第一部〜ランゲ伯爵家〜【完】 護衛とエリン (「本編/王太子からの呼び出し」にてお伴した二人) 仲良し夫婦 (本編主人公、ディートリヒとカトリーナのいちゃいちゃ話) オスヴァルト (ディートリヒの弟) 第二部〜オールディス公爵家〜【完】 前半 公爵家へ行ったのは (ディートリヒとカトリーナの子) 後半 アドルフとマリアンヌ (カトリーナの両親)

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

処理中です...