異形の郷に降る雨は

志々羽納目

文字の大きさ
上 下
81 / 84
九.異形の郷に降る雨は

2

しおりを挟む
 さらには不可思議教室も定期的に行われている。鷹の経立が宮内先生を迎えにきて、山奥へ連れていく。私が同行すると、いつも経立たちが歓迎してくれる。ジロウ同様、子どもの頃よく遊んだ面々だ、気心は知れている。ジロウは、「ランキングを争うのは楽ではない」とか、「結果で一喜一憂する毎日も大変だよ。リーマンってすごくね? 超ソンケー」とかなんとか愚痴りながらも嬉しそうだ。
 経立たちと学び、競い合う日々は人間社会における学校のようだとジロウが言う。競争だけではなく協力と共栄の必要性も教えられたし、人間が生み出した文化にふれることで人間を理解することを学んだそうだ。
 その先をどうすべきか、というところまで、宮内さんは言わない。ようは自分で考えろということだ。長い年月をかけて人間との共存を図るのか、それとも人間を理解することでより確実に人間との交わりを避けるのか。いまは人間と距離を置きつつ、時間をかけて自分たちの道を選べばいい。
 私はジロウにひとつの疑問を投げた。宮内さんはどうやって経立たちを手なづけたのか、そしてその上に君臨したのか、という疑問だ。経立は力も強く、とても一筋縄ではいかない者ばかりのはずだ。が、訊いてみれば答えは単純だった。初対面の日にリーダー格の熊と狼を踵落としで沈めたらしい。さらにスケベ心を出して尻を触ろうとした猿の経立にはパワーボムからの腕ひしぎ十字固めを決め、折れる寸前の状態でとめたまま延々といたぶりつづけたそうだ。ギブアップの叫びもことごとく無視したという。ドSだ。
最後は熊も狼も猿も、意識朦朧となったところへ宮内式デコピンを喰らわされ、あえなく気絶したそうである。経立とはもともと獣だ。群れを統治するにはまず強さが求められるということだろう。宮内さんならさもありなん。とにかくジロウたちは日々愉しいようでなによりだ。
「さて、握りまくるでぇ」
 大型炊飯器の蓋を開け、炊き立てのご飯をしゃもじで返しながら、宮内さんが若葉に声をかけた。
「今日も忙しくなりそうやけど、よろしゅう頼むで、看板娘」
「宮内さんと一緒だと、忙しくても楽しいよ。なんか、お姉ちゃんと一緒にお仕事してるみたいで」
「わかばー、サイド急いでねー」
 店先で呼ぶ母の声に、若葉は慌てて持ち場に戻っていった。
「ちょっと、聞いた? ウチのことお姉ちゃんやて。超カワエエわあ。やっぱ若葉ちゃん、尊い。妹にしたい、いますぐ妹にしたい」
 はいはい、わかりました。わかりましたから、ニヤニヤ笑ってバシバシ肩叩くのはやめていただけないでしょうか? すごく痛いので、お願いします。
「無駄口叩かず、バンバン握るで」
「はい」
「でも、若葉ちゃんが手伝うようになって、すごく繁盛しだしたやんか。まるで招き猫みたいやな」
 たしかに若葉が手伝いはじめてから繁盛に拍車がかかったのは事実だ。しかし、同時期から宮内さんも手伝ってくれている。どちらが招き猫かは断定できないようにも思う。
「もしくは、遠野物語にも出てくる、座敷わらしってとこやね」
 無駄口は駄目ではなかったのでしょうか、宮内さん。
「話変わるけど、座敷わらしってなあ」
 おにぎりを握りながら、こちらを向かずに語りかけてくる。こちらも顔をあげず、黙々と握る。ふたりともビニールの手袋をしているので、車内にはシャカシャカというリズムが溢れていた。
「小さい子どもの姿って思われがちやけど、中学生とか高校生ぐらいの背格好の子もおんねんで」
「へえ」
 ――シャカシャカシャカ。
「そんでな、座敷わらしは若葉の魂を対象とした信仰と結びついているんやないかって説もあんねん。座敷わらしが居るんはたいてい緑豊かな地やからね」
「若葉は私の妹で、我が家の一員です」
 まず一番人気のしそ味噌おにぎりを握っていくのが効率的だ。百円ちょうどと安く、おまけに食欲をそそる味が受けている。しかし、宮内さんもおにぎりを握る手付きが随分良くなった。そうそう、まずはそうやっておにぎりの型にご飯と具を入れる。ここでご飯を無理に詰め込んではならない。空気を含ませるように優しく入れるのだ。
「若葉ちゃんのことなんか言うてへんで。座敷わらしの話やんか」
 型から出して、最後に四度の手さばきで軽くキュッキュッと握って仕上げる。五度以上では固く仕上がってしまい美味くない。正しく人の手で握ったおにぎりは、口に入れた途端にパラリと解ける。その加減が大量生産の機械にはできないことであり、人気の秘密でもある。
「ああ、そうか。座敷わらしの話でしたね」
「でもな……例えば、の話やけどさ。あんたのお父はんが山の神で、神隠しでこの郷に連れてきたお母さんとの間にできたのがあんたで、山の神は多雨野のことをあんたに任せて、他所の郷を飛び回っているとしたらどう? で、山の神は葦原家に幸運が訪れるように座敷わらしの若葉ちゃんを残していったっていうのは。まあ、若葉ちゃん自身は自分のことを知らんのやろうけど」
「新作のおにぎり、なんかいいのないですかね」
「なあ、ミズくん」宮内さんはすこし顔を傾け、にこりと笑う。
 なんだ、その呼び方は。かわいらしい笑顔でそんな呼び方するなんて反則じゃないですか。なんだか耳とか頬とかがやたら熱いのだが。猛暑か? 猛暑なのか、今日は。
「言い当てられると、決まって話逸らすよなあ。それって、図星ですって白状しているようなもんやで。まあ、とにかくやね、お父はんの代わりに多雨野の郷を救おうっていう意気込みは買うけど、ひとりで全部背負い込まんでええよ。少なくともウチは味方や。半分背負うてあげるから」
 呆気にとられ、まじまじと宮内さんをみた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

処理中です...