異形の郷に降る雨は

志々羽納目

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九.異形の郷に降る雨は

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「今日も世話になるぞ」
 コンビニに顔を出して声をかけた。
「おう、こっちこそよろしくな」
 バカヤス店長は忙しそうにジュース類を倉庫から引っ張りだしていた。
軽く手を振り、駐車場に停めた自分の店にもどる。曇っているものの雨は降っておらず、空はまずまず明るい。
店というのは中古の小型マイクロバスを購入して全面的に改造した移動店舗のことだ。メノドクマラソンで得た経験をもとに一念発起し、テイクアウトのおにぎり屋をオープンさせたのだ。役場を辞めたのは第二回メノドクマラソンが終わったあとであり、あれから一年が経つ。あか推の三人は休日によくおにぎりを買いにきてくれる上客だ。
 バスは明るい色に塗装し直してあり、左右の側面でザッシーキのイラストが不敵に笑っている。外にはテーブルとビニール製の屋根を設置し、そこに商品とレジを並べる。車内には大型バッテリーと炊飯器が設置してあり、おにぎりは販売開始直前に握ることにしている。味に自信があるからこそ作り置きはしない。お客様を少々待たすこともあるが、美味いものをもっとも美味い状態で提供するのがうちのモットーだ。
 平日は母とふたりで町へ出向き、昼休みのオフィス街で商売をする。それでだいたい半日程度の仕事になる。母は帰宅後に執筆し、私が晩御飯の支度を含めて家の面倒をみるという生活だ。
 ただし週末は営業形態が変わる。多雨野駅前のコンビニの、必要以上にデカい無駄無駄無駄な駐車場を有効利用し、そこに移動店舗を停めて営業するのだ。平日の地道な商売によって評判が評判を呼び、いまでは近隣から車を飛ばして買いにくる客で大いに賑わう。てんてこ舞ではあるが、それでも若葉と宮内さんが手伝ってくれるので切り盛りできている。
 メノドクマラソンの記念すべき第一回はグダグダのまま終わったが、ネットではそのグダグダ感が逆に受け爆発的な人気を博した。ツイッターのトレンドになったほどだ。
その後も運営側が工夫を凝らし努力を続けたこともあって、いまや抽選で当たらないと参加できないほどの人気イベントとなった。
マラソン当日は毎年快晴だ。二年目以降も竜神に勝負を挑んだのだが、「サービスしといてやる」と言って、戦わずして晴れにしてくれている。そういうのは理に反するとか言っていたのに、気が変わったようだ。
 マラソンも我がおにぎり屋も軌道に乗り順風満帆といったところだし、次回の開催時にはスポンサーとして少しばかり協力できるだろう。
 細かな雨が降りはじめた。
雲をみる限り、さほど強い雨にはならないだろう。多雨野らしい雨で、むしろ心が落ち着く。
店のまえにぱらぱらと色とりどりの傘の花が開くが、客足が鈍ることない。おにぎりのついでにコンビニでドリンクを買うお客さんも多いので、私の店が繁盛するほどバカヤス店長はご機嫌だ。
「大根ソテーと大学ポテト持っていきまーす」
 若葉がバスに乗り込み、用意しておいた透明なパックや紙包みを両手いっぱいに抱える。サイドメニューをレジ横に運んで並べるのだ。煮大根のステーキをアレンジしたものや大学ポテト、山芋のお焼きなどをサイドメニュー化したところ、想像以上のヒット商品となった。多くのお客さんがおにぎりとともに買っていってくれる。値ごろ感があるうえ野菜がメインなので、特に女性客から好評だ。
「あと、追加お願いします。鮭三十、おかか十五、しそ味噌四十」
「まっかせなさい」
 宮内さんがトン、と胸を叩いた。
 大学生になった若葉は、毎日Q市の国立大学に通っているが、実は宮内さんもおなじ大学に勤めており、ふたりは私が作った弁当をもって出かけ、夜には綺麗に平らげて戻ってくる。なにをどうやったのかは知らないが、宮内さんは今年の春に都心の有名大学から移籍してきた。若葉の情報によれば、宮内さんは民俗学の世界では有名人で、将来を宿望されているそうだ。若いがすごい宮内さんである。
 宮内さんの多雨野への貢献度は、サッカーでゴラッソを決めたフォワード以上に半端ない。見事な画才とセンスを生かしてのザッシーキLINEスタンプの作成や、源三郎の酒瓶に貼るラベル刷新など、どれも見事な仕事であった。酒のラベルは多雨野の景色やこの地に伝わる昔話をモチーフにしたデザインで、愛好者にすこぶる受けがいい。それらすべてを無償でやってくれるのだから、私もあか推の面々も頭があがらない。
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