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八.メノドク GOGO!
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村に何十個と設置された簡易投光器の傍ではバルやマラソンの準備が行われている。あちらこちらから談笑が聞こえる。母や若葉もどこかで手伝っているはずだ。
「瑞海くん」
宮内さんの声に自転車を止めた。手を振る宮内さんの横には八重樫アナがいる。取材班が前日準備から明日の本番までを撮影してニュースで放送する予定なのだ。
「お久しぶりです」
「取材はもう終わったんですか」
「ええ、今日の分は。それでいまは宮内さんといろいろお話していたんですよ」
ふたりは初対面のはずだが、撮影の合間に知り合い親しくなったのだろうか。誰とでも仲良くなるな、宮内さんは。この陽キャ的コミュ力はもう才能と言ってよいだろう。
「宮内さんから妙なこと教わらないでくださいね」
「なんでやねん」
と八重樫アナが私の胸を叩いた。なぜ関西弁? なぜツッコミ?
「ちゃうで、八重ちゃん。アクセントは『や』をちょっと強めに。こうやで、口元ようみてや、ルック、ルック……なんでやねん」
「なんでやねん」
「うん、いまのはエエよ。天才かもしらんよ、八重ちゃん」
「うわー、嬉しいですー」
なんだこれ?
「やっぱり関西弁っていいですよね。わたし、お笑い好きなんで、憧れてたんですよ。あ、実はずっと気になってるんですけど、ほんとうに関西の人ってお好み焼きをおかずにご飯食べるんですか?」
「ああ、お好み定食のこと言ってる? 食べる食べる。お好み焼きソースの香ばしさが白ご飯と合うのよ、これが」
なんなんだこれは?
「ふたりとも、なんだか今日一日でずいぶん仲良くなったんですね」
「まあね。今度一緒にスイーツはしごして、居酒屋で女子会するんやで。なあー」
「ねー」
才能とは恐ろしい。
「あ、そやそや。今日多雨野のお家あちこち回ったんやけど、どこもオシラサマとオクナイサマの両方あるねんな。芦原家はどうなん?」
オシラサマとオクナイサマは家々で祀る神の名であり、遠野物語にも詳しく書かれている。オシラサマは蚕の神や農業の神であり、御神体は桑の木に馬の顔を彫り込んだものや石の人形など様々だ。我が家は石をオシラサマのご神体としているが、オクナイサマはいない。母に理由を尋ねると、「我が家にふさわしいオクナイサマがまだみつからないから、とお父さまが言っておられました」という答えがかえてきた。結局みつけられぬままで父が消えたということだ。
「うちはオシラサマだけですね」
「ふーん、オクナイサマはおらへんねや。おった方がええんと思うで」
「そうかもしれません。ちょっと用事があるので行きますね」
「どこ行くん?」
「内緒です」
「早く帰って来ぃや。それから……」
宮内さんは口を閉ざし、私の顔をじっと見つめた。自惚れでなければ、その眼差しには愛おしさが潜んでいるように思えた。いや、たぶん自惚れだ。
「それから……なんですか」
「気張りや、男子」
手を振るふたりに背を向けてペダルを踏んだ。ふと思い出した、これナタ・デ・ココ十号だった。まあいいいか。
「瑞海くん」
宮内さんの声に自転車を止めた。手を振る宮内さんの横には八重樫アナがいる。取材班が前日準備から明日の本番までを撮影してニュースで放送する予定なのだ。
「お久しぶりです」
「取材はもう終わったんですか」
「ええ、今日の分は。それでいまは宮内さんといろいろお話していたんですよ」
ふたりは初対面のはずだが、撮影の合間に知り合い親しくなったのだろうか。誰とでも仲良くなるな、宮内さんは。この陽キャ的コミュ力はもう才能と言ってよいだろう。
「宮内さんから妙なこと教わらないでくださいね」
「なんでやねん」
と八重樫アナが私の胸を叩いた。なぜ関西弁? なぜツッコミ?
「ちゃうで、八重ちゃん。アクセントは『や』をちょっと強めに。こうやで、口元ようみてや、ルック、ルック……なんでやねん」
「なんでやねん」
「うん、いまのはエエよ。天才かもしらんよ、八重ちゃん」
「うわー、嬉しいですー」
なんだこれ?
「やっぱり関西弁っていいですよね。わたし、お笑い好きなんで、憧れてたんですよ。あ、実はずっと気になってるんですけど、ほんとうに関西の人ってお好み焼きをおかずにご飯食べるんですか?」
「ああ、お好み定食のこと言ってる? 食べる食べる。お好み焼きソースの香ばしさが白ご飯と合うのよ、これが」
なんなんだこれは?
「ふたりとも、なんだか今日一日でずいぶん仲良くなったんですね」
「まあね。今度一緒にスイーツはしごして、居酒屋で女子会するんやで。なあー」
「ねー」
才能とは恐ろしい。
「あ、そやそや。今日多雨野のお家あちこち回ったんやけど、どこもオシラサマとオクナイサマの両方あるねんな。芦原家はどうなん?」
オシラサマとオクナイサマは家々で祀る神の名であり、遠野物語にも詳しく書かれている。オシラサマは蚕の神や農業の神であり、御神体は桑の木に馬の顔を彫り込んだものや石の人形など様々だ。我が家は石をオシラサマのご神体としているが、オクナイサマはいない。母に理由を尋ねると、「我が家にふさわしいオクナイサマがまだみつからないから、とお父さまが言っておられました」という答えがかえてきた。結局みつけられぬままで父が消えたということだ。
「うちはオシラサマだけですね」
「ふーん、オクナイサマはおらへんねや。おった方がええんと思うで」
「そうかもしれません。ちょっと用事があるので行きますね」
「どこ行くん?」
「内緒です」
「早く帰って来ぃや。それから……」
宮内さんは口を閉ざし、私の顔をじっと見つめた。自惚れでなければ、その眼差しには愛おしさが潜んでいるように思えた。いや、たぶん自惚れだ。
「それから……なんですか」
「気張りや、男子」
手を振るふたりに背を向けてペダルを踏んだ。ふと思い出した、これナタ・デ・ココ十号だった。まあいいいか。
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