異形の郷に降る雨は

志々羽納目

文字の大きさ
上 下
63 / 84
八.メノドク GOGO!

1

しおりを挟む
 夏の暑さも盛りが過ぎた。稲穂はずいぶん頭を垂れている。
 米の収穫が済めばいよいよメノドクマラソンの準備が本格化する。私にはイベント前に白黒つけるべき難題がある。
 ザッシーキ活動は多忙であったが、私は時間をやりくりし、並行して体を作りこんだ。筋トレ、走りこみ、経立や河童とのスパーリングなどだ。だいぶ体もできあがってきた。ピークを持ってくる時期から逆算すると、いまはすこし負荷を減らして疲れをとるべきだろう。
「ちょっとでかけるから運転手してくれ」
「わかりました」
 町長の指示に従い公用車のハンドルを握る。珍しいなと思いながら車を走らせ、コンビニを越えてしばらく行くと、
「そこの道の脇に止めてくれ」そう言って助手席でずれた眼鏡をくいと直す。
 なぜここなのか。森の奥に進めば経立たちの不可思議教室があるし、下流に行けば地底湖もある。むろん人家などまったくもってない。
「こんなところにふたりっきりとは。いまさらなにかに目覚めたのですか」
「ばかだろ、おまえ」
「冗談ですって」
 ずれた眼鏡をまた直し、町長は遠い眼をした。
「ザッシーキのおかげで秋のイベントは予想以上の参加申し込みがあった。廃校になった高校と中学に簡易的に宿泊してもらうがそれも満杯だ。よくここまできたな、と思ってな」
「すべて私のおかげですね」
「まあ、そうだな。そう思うよ」
 町長に褒められるシチュエーションは予想外だ。普段の凶暴さから考えればほぼヤンデレではないか。なにか言わねばと思うが言葉がでない。
「照れるな、瑞海。おまえはよく頑張ってくれたよ。もちろん久慈さんも南部さんもみんなだ。いまでは町中に活気が溢れている。お前が帰ってきてくれてよかったよ」
「町長はなぜ私を雇ってくれたんですか」
 ふむ、と町長が首を傾げ、目を細めて私の顔をまじまじみた。
「山の神から『多雨野の未来のために我が子を雇ってくれ』と言われれば雇うしかないわ」
「やはり町長だけは私の父を覚えているのですね」
 役場に出勤した初日に町長から「オヤジに似てきた」と言われたことはずっと記憶の端に残っていた。
「町の誰もが葦原家に父親がいないと認識しながら、どこに行ったかななどと口にしないのは、存在が記憶からきれいに抜け落ちているからだな。まさに神通力というやつだ」
 村長がくすくす笑う。
 私の父は山の神だ。父が母を連れ去った経緯などまるで神隠しのようだが、事実神が隠したのだからそのまんまだ。私が生まれたとき父は裏山の野生馬に跨り、我が家のまわりを回ったという。私が健やかに生まれるよう願いながら、父はなんども家の周りを回ったと母に聞いた。山の神とはそうするものなのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

処理中です...