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八.メノドク GOGO!
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夏の暑さも盛りが過ぎた。稲穂はずいぶん頭を垂れている。
米の収穫が済めばいよいよメノドクマラソンの準備が本格化する。私にはイベント前に白黒つけるべき難題がある。
ザッシーキ活動は多忙であったが、私は時間をやりくりし、並行して体を作りこんだ。筋トレ、走りこみ、経立や河童とのスパーリングなどだ。だいぶ体もできあがってきた。ピークを持ってくる時期から逆算すると、いまはすこし負荷を減らして疲れをとるべきだろう。
「ちょっとでかけるから運転手してくれ」
「わかりました」
町長の指示に従い公用車のハンドルを握る。珍しいなと思いながら車を走らせ、コンビニを越えてしばらく行くと、
「そこの道の脇に止めてくれ」そう言って助手席でずれた眼鏡をくいと直す。
なぜここなのか。森の奥に進めば経立たちの不可思議教室があるし、下流に行けば地底湖もある。むろん人家などまったくもってない。
「こんなところにふたりっきりとは。いまさらなにかに目覚めたのですか」
「ばかだろ、おまえ」
「冗談ですって」
ずれた眼鏡をまた直し、町長は遠い眼をした。
「ザッシーキのおかげで秋のイベントは予想以上の参加申し込みがあった。廃校になった高校と中学に簡易的に宿泊してもらうがそれも満杯だ。よくここまできたな、と思ってな」
「すべて私のおかげですね」
「まあ、そうだな。そう思うよ」
町長に褒められるシチュエーションは予想外だ。普段の凶暴さから考えればほぼヤンデレではないか。なにか言わねばと思うが言葉がでない。
「照れるな、瑞海。おまえはよく頑張ってくれたよ。もちろん久慈さんも南部さんもみんなだ。いまでは町中に活気が溢れている。お前が帰ってきてくれてよかったよ」
「町長はなぜ私を雇ってくれたんですか」
ふむ、と町長が首を傾げ、目を細めて私の顔をまじまじみた。
「山の神から『多雨野の未来のために我が子を雇ってくれ』と言われれば雇うしかないわ」
「やはり町長だけは私の父を覚えているのですね」
役場に出勤した初日に町長から「オヤジに似てきた」と言われたことはずっと記憶の端に残っていた。
「町の誰もが葦原家に父親がいないと認識しながら、どこに行ったかななどと口にしないのは、存在が記憶からきれいに抜け落ちているからだな。まさに神通力というやつだ」
村長がくすくす笑う。
私の父は山の神だ。父が母を連れ去った経緯などまるで神隠しのようだが、事実神が隠したのだからそのまんまだ。私が生まれたとき父は裏山の野生馬に跨り、我が家のまわりを回ったという。私が健やかに生まれるよう願いながら、父はなんども家の周りを回ったと母に聞いた。山の神とはそうするものなのだ。
米の収穫が済めばいよいよメノドクマラソンの準備が本格化する。私にはイベント前に白黒つけるべき難題がある。
ザッシーキ活動は多忙であったが、私は時間をやりくりし、並行して体を作りこんだ。筋トレ、走りこみ、経立や河童とのスパーリングなどだ。だいぶ体もできあがってきた。ピークを持ってくる時期から逆算すると、いまはすこし負荷を減らして疲れをとるべきだろう。
「ちょっとでかけるから運転手してくれ」
「わかりました」
町長の指示に従い公用車のハンドルを握る。珍しいなと思いながら車を走らせ、コンビニを越えてしばらく行くと、
「そこの道の脇に止めてくれ」そう言って助手席でずれた眼鏡をくいと直す。
なぜここなのか。森の奥に進めば経立たちの不可思議教室があるし、下流に行けば地底湖もある。むろん人家などまったくもってない。
「こんなところにふたりっきりとは。いまさらなにかに目覚めたのですか」
「ばかだろ、おまえ」
「冗談ですって」
ずれた眼鏡をまた直し、町長は遠い眼をした。
「ザッシーキのおかげで秋のイベントは予想以上の参加申し込みがあった。廃校になった高校と中学に簡易的に宿泊してもらうがそれも満杯だ。よくここまできたな、と思ってな」
「すべて私のおかげですね」
「まあ、そうだな。そう思うよ」
町長に褒められるシチュエーションは予想外だ。普段の凶暴さから考えればほぼヤンデレではないか。なにか言わねばと思うが言葉がでない。
「照れるな、瑞海。おまえはよく頑張ってくれたよ。もちろん久慈さんも南部さんもみんなだ。いまでは町中に活気が溢れている。お前が帰ってきてくれてよかったよ」
「町長はなぜ私を雇ってくれたんですか」
ふむ、と町長が首を傾げ、目を細めて私の顔をまじまじみた。
「山の神から『多雨野の未来のために我が子を雇ってくれ』と言われれば雇うしかないわ」
「やはり町長だけは私の父を覚えているのですね」
役場に出勤した初日に町長から「オヤジに似てきた」と言われたことはずっと記憶の端に残っていた。
「町の誰もが葦原家に父親がいないと認識しながら、どこに行ったかななどと口にしないのは、存在が記憶からきれいに抜け落ちているからだな。まさに神通力というやつだ」
村長がくすくす笑う。
私の父は山の神だ。父が母を連れ去った経緯などまるで神隠しのようだが、事実神が隠したのだからそのまんまだ。私が生まれたとき父は裏山の野生馬に跨り、我が家のまわりを回ったという。私が健やかに生まれるよう願いながら、父はなんども家の周りを回ったと母に聞いた。山の神とはそうするものなのだ。
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