彼の瞳に映らないように

奏 -sou-

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その後

身なりだけでも街娘になれた午前

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ドアの鍵を閉めてから昨日と同様、ドレスとハサミを出して適度なサイズの布切れになるように縫 い目を解いていく。


今日これから質屋に持っていく分の布切れを紙で包み机の上に置いて、ハサミと残りの布は元に戻して、そろそろ頃合いかと自室の鍵を閉めることを忘れず下に降りる。


「グッドタイミングだね!そろそろ呼びに行こうかと思ってたんだよ」

そういって、椅子に座るように促されるて、素直にその椅子に座り女将さんを見れば

「気持ちばかしだけどないよりはマシだろうからね」
大きな布を肩にかけてくれた。

『働くお母さんの手ってこんな感じなんだ』 

目に入った女将さんの手が少し荒れていてシワができていて血管も浮き出ているけど、とても温 かみを感じて触れてみたいと思った。


昨日まで母だった人は、綺麗な真っ白い肌に血管が軽く浮きでて細長い指でとても綺麗な手をしていた、だけど私が求めたい手ではなかった。

『ふと、嫌なことを思い出すなんて悪いクセね。』

ハサミのリズムが心地よく
うとうと気分になり出した頃

「はい、出来上がり!」

その声と共に布が取られて笑顔の女将さんと目があう。


「ねぇ、アンタ!ベルの髪を見ておくれ!!私の腕も落ちちゃいないね。」 

大声で後ろの厨房で仕込みをしているバーナさんに声を掛ける。

バーナさんがひょっこりと顔を出して目を凝らしてこちらを見たあと 

「似合ってるな!流石アルタだ!」

そう言って親指だけ立ててグーとジェスチャーをしたあとまた仕込み作業に戻っていった。


「ありがとう、女将さん」
「いいんだよ、また髪が切りたくなったらアタシにいいな」

「はいっ」

本当に優しい人に出会えて感謝しかない、
この恩は一生をかけて返さなきゃ。

また、部屋に戻って外出の準備を整えて洗面台に行き鏡を見る。 

床屋を始めてもいいんじゃなかってほどの腕前のように感じる女将さんのお直しでいかにも、きりましたっていうあのみすぼらしさは何処かへ、ちゃんと街娘になれてると思う。


この17年間一度もハサミを入れたことがないわけではなく、ちゃんとお母様が髪を梳いて毛先を整えてはいてくれた。ただ、バッサリ何センチも自分で切ったのが初めてというだけど、いい機会だったと思うわ。


ふと、

「イザベル、髪に願い事をかけて叶うまで切らないというまじないがあるの、私とどちらが早く叶うかやりましょ。勿論私が叶ったらイザベルは私とずっと一緒に暮らすのよ?」

 貼り付けたような笑みでそんなことを幼き日に母が遊びの一環で突然言い出したことが蘇った。

『あの時私はなんといったのかしら、、5歳ぐらいの歳だったと思うのだけど思い出せなわ』


今までずっとロングだったけどショートもいい感じだと、女将さんの手直しを気に入って新しい自分を見てニコニコしながら階段を降りる。


『あとは、バレないように一工夫しなきゃね。』



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