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第二章 起業偏

第55話 修学旅行みたい

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 初めてデルカニアで泊まる宿[ウォーターフロント・ロッジ]では、1階の食事処で大男とも一悶着あったが、仁と真那は5階にある借りた部屋で一息ついていた。
 今日はゆっくり眠れそうだと仁が思った矢先、急にゾルが何かを言いだした。

「トゥルトゥルトゥルゥ!・・・トゥルトゥルトゥルゥ!」

 聞いた事のないゾルの声に、仁と真那は顔を見合わせて驚き、またゾルへ視線を向けた。ゾルが電話機みたいなベルをずっと口ずさんでいる。

「トゥルトゥ・・早く!トゥ・・出ろ、・・トゥルトゥルトゥルゥ!口が止ま・・トゥルトゥ・らないんジャ・・・」

 もしかしてと仁はゾルを持つ。慈愛からの通信が入ったんだと気付いた仁は「モシモシ」ととりあえず言ってみる。するとゾルからスクリーンが空中に投影され、中央に慈愛と、その後ろに羽曽部食品の皆が映っていた。

 おお!と仁と真那は驚く。まだ数十時間しか経ってないが、羽曽部食品の皆が懐かしく思えた。
 今で言うオンライン会議やテレビ電話みたいなものか。ゾルとネフィリアを介して映像付きで話せると慈愛は言っていたのを思い出した。

 仁は手に持っていたゾルを椅子に立て掛けてちょうど良い角度に映像が見えるように調整した。一連の動作が終わると、慈愛が話し掛けて来た。

「無事にレイクサイドに着いたようじゃの。どうじゃ、何事も無かったか」

 先頭に立つ慈愛の質問に、二人は食事中に大男との騒ぎがあった事を話した。その際にブーボハムの試食会を開き評判が良かったことを伝えた。すると、羽曽部食品の皆が喜んでいる姿が映像越しに見えた。

「慈愛、ブーボハムの値段が1Kgで500ルーンと言われたがどうだろうか。さすがにまだこっちの価値観はわからない」

「ふむ、通常のデルカニアで流通しているハムと比べると少し高い値段設定じゃな。こちらで作る費用としては原材料費、人件費、光熱費などが主に上げられが、大量生産に持ち込めれば利益が出るかもしれん値段じゃと思う。実際に計算してみないとわからんがの。だが、まずは値段より【羽曽部食品㈱】というブランドを知ってもらうことが先決じゃ。最初は少しぐらいの赤字が出たとしても今後に繋がるためなら、現地の人間が決めた値段で良いかもしれん」

 何か慈愛が顧問っぽい発言をしているのに違和感がありすぎるが、第一優先はとりあえずブーボハムを流通させて羽曽部食品の名前をデルカニアに定着させることだと二人は理解した。

 こんな感じで定例の報告会が終わろうとしたところ、同じ課の部下たちが慈愛の後ろからキャッキャと発言してくる。

「そっちにベッドが二つ見えますけど、課長と真那ちゃんは同じ部屋ですか?」

 映像の向こう側から、冷やかすような調子で部下の女性が問いかけてきた。こちらの様子がどのように映っているかは把握できないが、かなり広角に映し出されているようだ。
 不要な質問をわざわざ投げかけてくる彼女に、小田が隣でその袖を引っ張っているのが見えた。小田的には「余計なことは言うな」という意味だろう。


「今日はたまたま部屋が空いていなくて、大部屋しかなかったんです。でもゾルもいるし、三人だから安心ですよ」
 真那が慌てずに答えた。これは仕事モードの真那だ。もし顔を赤くしてアタフタしていたら、余計にいじられていただろう。

 その後、羽曽部食品の従業員たちとの通信は和やかな雰囲気のまま冗談も交えながら会話を楽しんだ。こうして、初日の通信は終わった。


 一息つこうと仁がタバコに火を点けようとした。

「ちょっと、仁、部屋の中で吸うのはやめてくださいよ~」

 真那が慌てて声をかけた。その言葉にハッとして、仁は火を点けかけたタバコを手元に戻す。

「あ、ごめんごめん」

 素直に謝る仁だったが、真那の視線が鋭く突き刺さる。タバコを片手にしどろもどろになりながら、仁は少しバツの悪そうな顔をした。

「タバコ持ってきてたんですね・・・」

 真那の言葉には少しばかりの非難が混ざっていた。彼女がタバコ嫌いなのを知っていた仁は、頭の中では反省しつつも、なぜか今日は気が緩んでしまったのか、無意識に目の前で点けようとしてしまった。

「すまん、数も限られて貴重だし朝からずっと我慢してたんだけどな、つい・・・」
 仁はボソッと弁明する。実際、異世界に来てからというもの、タバコの入手は不明で、手持ちの数も限られていた。だからこそ、一日の疲れを癒すためにいつものクセでタバコを吸おうとしてしまった。。

「そうかもしれませんけど・・・」

 真那は少し柔らかい口調で言いながらも、その視線は変わらず厳しい。仁は仕方なく、タバコをポケットに戻して立ち上がった。

「わかった、外で吸ってくる。すぐ戻るよ」
 仁は部屋の扉を開け、慌てて廊下へと出て行った。

 喫煙者に対してのタバコ=害悪ってイメージはどうにかならんものかと階段を降りながらも気持ちを切り替え、飯も食ったし風呂の場所でも聞こうと宿のカウンターへ向かった。
 部屋には無かったから、建物のどこかに大浴場でもあるものだと仁は思っていた。

 しかし、いざ聞いてみると風呂なんてものはないとの回答であった。思わず仁は驚いて問いかけた。
「え?風呂ってないんですか?」

「ここよりも大きい街や貴族のお屋敷なら設備があったりしますが、ほとんどがお湯と石鹸で体を拭くか、または魔法や、同じ効果のあるマジックアイテムを用いたりしますよ」
 カウンターの女性は、デルカニアでは当たり前の様な事を嫌な顔もせずに丁寧に教えてくれた。

 仁はその言葉にショックを受けた。今日は久々にハードな一日だったので、湯船に浸かって疲れを癒したかったのだ。しかし、無いものは仕方がないと、仁は肩を落とした。

 真那にでも相談しようと、タバコを吸い終えてから部屋に戻り真那に相談してみた。

「知ってましたよ。来た時に聞いたので」

 真那はワザと鼻をつまみながら冷静に答えた。鼻をつまんだのは仁のタバコの臭いを威嚇しての行為だが、それよりも真那はまだ体の洗浄に関わる魔法は覚えてないらしい。
 カウンターで聞いた様に桶を借りて体を拭くぐらいしか出来ない。それでもこの部屋には今いるベッドのフロア以外の部屋があるわけではない。トイレはあるが、さすがに水洗ではなかった。そこで体を拭くには抵抗がありすぎる。

「私が魔法でお湯を出しますので、交代で部屋を出て体を拭きましょう。ゾルも一緒に連れてってくださいね」
「ワシは人間の女に興味ないゾ。仁じゃあるまいし」
「ゾルは仁の見張りですよ。ウフフ」
 真那が冗談交じりに言い返す。椅子に立て掛けられていたゾルは急に張り切り出したようにブルブルと震えた。
「おいおいゾル。任せた的なセリフを吐くなよ」
 仁は苦笑いしながらゾルに言った。

「ではお先にどうぞ」
 そう仁は真那に伝えると今度はゾルを携え、再び外に出てタバコを一服しに行くことにした。夜風が心地よく、異世界での不便さも少し忘れられそうだった。


 20分ほど経った頃、真那が5階の窓から手を振って仁を呼んだ。どうやら終わったらしい。仁は部屋に戻り、ノックして鍵を開けてもらうと、真那は薄いピンク色のジャージを着ていた。
 そういやスポーツクラブに通っているって言っていたから、会社に持ってきていたんだなと仁は思い出した。

「残念じゃノ~セクハラ課長」
 部屋に戻るなりゾルがまた余計なことを言い出した。

 仁はため息をつきながら言葉を返す。
「そんな話はしていないだろ、勘違いさせるようなことを口走るんじゃない!」

「あら、ジャージは似合いませんか?」
 真那が腕を組み、軽蔑するような目で仁を見る。

「あ~、なんかゾルのせいで俺に対する真那の印象がだいぶ変わった気がするよ」
 仁は困った顔をしながらも笑い、真那も同調してクスクスと笑い始めた。

「(冗談だって分かっているみたいだし、まあいいか)」
 仁はそう思いながら、今度は自分も体を拭く準備を始めた。異世界での不便さも、こうして笑い飛ばせる仲間がいれば乗り越えられそうだ。


 仁が体を拭いている間、真那は部屋の扉の外でゾルと待つ。ゾルを持たせたのは何かあった時に仁に知らせる為だ。

「(だいぶ修行で体が締まってきた気がするな。何かお腹も減っ込んだ気がする)」

 今までは運動不足で年のせいもある為か、仁は少しお腹が出始めていたが、それも異世界に来てからはすっかりなくなっていた。無駄なぜい肉が少なくなり、筋肉質的な体に変化していた。

 バタンッと部屋の扉が急に開いた。何事かと思い仁は振り返る。そこには真那の横顔がひょっこり出ていた。

「そうそう、魔法で熱風は使えるので体や髪は私が渇かせますよ」

「岡宮主任のエッチ」

「目を瞑っているので大丈夫です」

 確かに顔の方向は仁を向いていなかった。真那が冷静に話しているということは、しっかり目を瞑って見ないようにしているんだろうという事は把握できた。

「真那の新しい魔法!透視能力ジャな」
 後ろからゾルの声が聞こえた。

「そんな魔法は覚えてません!」
 ゾルに言い返して再びバタンっと真那は扉を閉めた。

 透視能力か、男の永遠の夢だなと仁は思い、再び体を拭き始めた。


 体も吹き終わり二人は各々のベッドに入る。ベッドの間にあるサイドテーブルにゾルを立てかけ、真那はスマートフォンで目覚ましをセットする。

 ベッドの脇にあるナイトスタンドは魔石で機能しているマジックアイテムらしく、手をかざすことで明るさの調整ができた。慈愛が持っていたランプと同じ仕組みなのであろう。

 二人はおやすみと言い眠りに入る準備をする。

 仁はゾルのイビキだけを心配していた。初めて慈愛からゾルを貰い受けた日、ゾルのイビキがうるさくて眠れず、傘立てにゾルを放置したのだ。

「・・・何か修学旅行を思い出す」

 真那がポツリと言った。男女の冒険で思い出すのが修学旅行か。なんて純粋な子なんだと仁は思ったが、真那の話では仁は先生役だと笑いながら話した。確かに年齢もそれぐらい離れているから先生でもおかしくない。
 もうちょっと男女関係のランクを上げてもらいたいもんだなと仁はふと思ったが、すぐに頭を振り「(いやいや、上司と部下だろ。俺も疲れてるのかな)」と想いを改めた。


「(そう言えばランクと言えば[冒険者ランク]とか酒場で聞いたな。その辺も明日聞き込むとするか)」


 こうして長かった旅立ち1日目は終わった。真那が昼間に話していた虎峰戦の反省会をやらなくて良かったと思い、仁は眠りについた。
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