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Diary1.旅立ち
6.聲
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通された部屋の中には、優しそうに笑っているおじさんがひとりいた。
「おや、お嬢ちゃんかな? この先の港で奴隷として売られちまうのは」
たぶん、何事もなく出てしまった言葉なんだと思う。きっと、このおじさんたちにとってはいつも聞いている、わたしたちで言う「おはよう」とか「いただきます」とかいう挨拶の言葉と同じくらいにありふれたもの。
だから、きっと悪意なんてない。
でも、そんな言葉だからこそ、どこか心に刺さる物言いで。
「まぁ心配すんなって、いい買い主さんなら綺麗なおべべ着せてもらっていい暮らしできんぜ?」
「おぉ、そだねー! そう思えば、まぁ奴隷も悪かぁねぇなぁ! はっはっは!」
「いやいや、確か今回注文出してきたのはシュヴァイツ侯爵のボンだかだった気がするぜ」
楽しく陽気に、まるで私の気持ちが沈みこんでいるのを楽しんでいるみたいだった声も、おじさんたちの気持ちに嫌になるくらい正直に萎んでいってしまう。代わりに、わたしの不安ばかり膨らませていく。
それってつまり、シュヴァイツ侯爵の子ども……さん?がとんでもなくひどい人ってこと?
わたし、そんなところにこれから売られるの?
ねぇ、パパ。ママ。
わたし、これからすっごく酷い人の家に買われるみたい。
こんな海賊のおじさんたちが黙っちゃうんだよ? あんなに、お酒飲んだりお肉食べたりして楽しそうに騒いでいたおじさんたちが、わたしがそのお家に売られるのかも、って話しただけで止まっちゃうんだよ?
そんな人のところに、わたしを売ったの?
わたしが、どうなってもいいの?
もう、わたしのこと嫌いになっちゃったの?
もっといい子にしてたらよかったの?
パパとママとわたし、ずっと一緒だと思ってたのに。
目の前がぼやけてきて、喉の奥が痛くなってきて、息ができなくなってきて。
「っく、う、うぅ~」
わたしが何かしたなら、謝るから。
だから、どうか朝まで時間を戻してほしい。
「ぱぱ、まま……!」
涙が溢れて、止まらない。声が出なくなっても、止まらない。近くでバタバタと音がして、ガヤガヤと声がして、おい、だとか、やめとけ、だとか、うるせぇ、だとか、そんな乱暴な言葉が聞こえてくるとそういう言葉遣いをしたパパを注意してたママの姿を思い出してまた涙が溢れてきて。
「いいじゃねぇか。泣いてる子どもを泣き止ますのはコレって相場が決まってんだ」
だから、近くで聞こえたそんな声に振り向くのも、肩に手を置かれてからになってしまった。
目の前には、ムワッとするような熱い空気に包まれた大きなおじさんがいて。優しそうだけどどこか怖い感じのする目でわたしのことを見ていた。
「なぁ、お嬢ちゃん。助けを求めるのもいいけどな、お嬢ちゃんを売ったのはそのパパとママなんだぜ?」
そう言っているおじさんの言葉よりも、おじさんの後ろに倒れているみんなのことが、気になった。
「ね、ねぇおじさん。何でみんな倒れてるの?」
でも、おじさんはわたしの言葉には答えてくれない。
「それにな、奴隷にならなくてもいい方法があるぜ」
言いながら、その笑顔がどんどん怖い雰囲気になってくる。
「あそこのボンは、処女しか相手にしないって話だからな」
まるで、昔パパに連れて行ってもらった泉の傍で見た、狩りをする獣みたいな目つきになっているおじさんから逃げたくても、肩を強く掴まれて動けない。
怖くても、助けを求める相手は思いつかない。
「ひっ、ぱぱ、まま……!」
だから、もう助けてくれないってわかってるのに、その名前しか呼べない。
「そんなにママが好きならよぉ、お嬢ちゃんがママになればいいよなぁ!!!!」
大きく口を開けて叫ぶ声と一緒に、着ていた服が肩からビリッと音を立てて破けて。
怖い。
何かしなきゃいけないのに。
怖くて、何もできない。
逃げないと。
怖い。
押しのけないと。
怖い。
動かないと。
怖い。
やっと出そうだった声も、「楽しもうぜ、なぁ!!」という大声ですっかり出なくなって。
「おい、お前何してやがる!」
そのとき、別の大きな声が聞こえた。
「おや、お嬢ちゃんかな? この先の港で奴隷として売られちまうのは」
たぶん、何事もなく出てしまった言葉なんだと思う。きっと、このおじさんたちにとってはいつも聞いている、わたしたちで言う「おはよう」とか「いただきます」とかいう挨拶の言葉と同じくらいにありふれたもの。
だから、きっと悪意なんてない。
でも、そんな言葉だからこそ、どこか心に刺さる物言いで。
「まぁ心配すんなって、いい買い主さんなら綺麗なおべべ着せてもらっていい暮らしできんぜ?」
「おぉ、そだねー! そう思えば、まぁ奴隷も悪かぁねぇなぁ! はっはっは!」
「いやいや、確か今回注文出してきたのはシュヴァイツ侯爵のボンだかだった気がするぜ」
楽しく陽気に、まるで私の気持ちが沈みこんでいるのを楽しんでいるみたいだった声も、おじさんたちの気持ちに嫌になるくらい正直に萎んでいってしまう。代わりに、わたしの不安ばかり膨らませていく。
それってつまり、シュヴァイツ侯爵の子ども……さん?がとんでもなくひどい人ってこと?
わたし、そんなところにこれから売られるの?
ねぇ、パパ。ママ。
わたし、これからすっごく酷い人の家に買われるみたい。
こんな海賊のおじさんたちが黙っちゃうんだよ? あんなに、お酒飲んだりお肉食べたりして楽しそうに騒いでいたおじさんたちが、わたしがそのお家に売られるのかも、って話しただけで止まっちゃうんだよ?
そんな人のところに、わたしを売ったの?
わたしが、どうなってもいいの?
もう、わたしのこと嫌いになっちゃったの?
もっといい子にしてたらよかったの?
パパとママとわたし、ずっと一緒だと思ってたのに。
目の前がぼやけてきて、喉の奥が痛くなってきて、息ができなくなってきて。
「っく、う、うぅ~」
わたしが何かしたなら、謝るから。
だから、どうか朝まで時間を戻してほしい。
「ぱぱ、まま……!」
涙が溢れて、止まらない。声が出なくなっても、止まらない。近くでバタバタと音がして、ガヤガヤと声がして、おい、だとか、やめとけ、だとか、うるせぇ、だとか、そんな乱暴な言葉が聞こえてくるとそういう言葉遣いをしたパパを注意してたママの姿を思い出してまた涙が溢れてきて。
「いいじゃねぇか。泣いてる子どもを泣き止ますのはコレって相場が決まってんだ」
だから、近くで聞こえたそんな声に振り向くのも、肩に手を置かれてからになってしまった。
目の前には、ムワッとするような熱い空気に包まれた大きなおじさんがいて。優しそうだけどどこか怖い感じのする目でわたしのことを見ていた。
「なぁ、お嬢ちゃん。助けを求めるのもいいけどな、お嬢ちゃんを売ったのはそのパパとママなんだぜ?」
そう言っているおじさんの言葉よりも、おじさんの後ろに倒れているみんなのことが、気になった。
「ね、ねぇおじさん。何でみんな倒れてるの?」
でも、おじさんはわたしの言葉には答えてくれない。
「それにな、奴隷にならなくてもいい方法があるぜ」
言いながら、その笑顔がどんどん怖い雰囲気になってくる。
「あそこのボンは、処女しか相手にしないって話だからな」
まるで、昔パパに連れて行ってもらった泉の傍で見た、狩りをする獣みたいな目つきになっているおじさんから逃げたくても、肩を強く掴まれて動けない。
怖くても、助けを求める相手は思いつかない。
「ひっ、ぱぱ、まま……!」
だから、もう助けてくれないってわかってるのに、その名前しか呼べない。
「そんなにママが好きならよぉ、お嬢ちゃんがママになればいいよなぁ!!!!」
大きく口を開けて叫ぶ声と一緒に、着ていた服が肩からビリッと音を立てて破けて。
怖い。
何かしなきゃいけないのに。
怖くて、何もできない。
逃げないと。
怖い。
押しのけないと。
怖い。
動かないと。
怖い。
やっと出そうだった声も、「楽しもうぜ、なぁ!!」という大声ですっかり出なくなって。
「おい、お前何してやがる!」
そのとき、別の大きな声が聞こえた。
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