上 下
2 / 6
Diary1.旅立ち

2・さよならも言えないまま

しおりを挟む
 2人の後をついて行くうちに、あんまり来たことのない辺りまでやってきてしまった。
 周りを見ると、まだ閉まってる酒場とか、どういうことをしているのかよくわからないお店の建物とか、とにかくよくわからない感じの建物が並んだ、全然日の当たらない通り。そういえば、近所のジョアンがこの辺りのことをって呼んでたっけ。

『おいメルル、この先にあるのってなんだぜ?』
『へぇー、何それ?』
『はっ!? んなこと、えっと、ん……。おこちゃまなお前にはわかんねぇよ!』

 うん、何故か顔を赤くしてしどろもどろになって、そのうちに親方さんに呼ばれて行っちゃったけど、何かこの裏通りってそういうところみたい。周りを見ると、かなり汚れたボロボロの服を着ている人が多い。道路に寝てる人もたくさんいて、その中にはまだお昼なのにお酒臭い人もいた。
 あと、服をちゃんと着ていないお姉さんの姿も見えて、寒くないのかな……と心配になる。

「ねぇ、パパ。あの人たちはどうしてこんな格好をしてるの?」
 思わず尋ねたけれど、パパもママも返事をしてくれない。
 こんな場所、早く通り抜けてしまいたい。2人の顔がそう言っていた。どうしたんだろう、2人ともいつもはもっと優しいのに。
 あ、でも今日はいつもよりいいお洋服を着せてもらってる。
 街で一番の仕立て屋さんにお願いしてくれたみたいで、誕生日でもないのにどうしたんだろう? それに、そんなプレゼントをくれるのに、どうして2人の顔は険しいんだろう?

 そう思いながら歩いていたら、港に着いた。
 街の中心にある港みたいに賑やかな感じなんて全然なくて、代わりに薄暗くて、そしてたった1艘。まるで小さい頃絵本で見たような海賊船みたいな大きな船があるだけだった。
「すごい」
 小さい声で、わたしは言う。
 怖いものだから、って絵本の中でしか見てこなかった海賊船。きっとこんな街中に海賊船が泊まるわけがないからよく似た普通の船なんだろうけど、ついいろんなところを見つめてしまう。
「…………、あいよ」
 船の前にいた男の人がパパとママ、それからわたしを見て、ゆっくりとこっちを向く。
 すごく体が大きい。身長も高いけど、横にも大きい。太ってる、というよりは体そのものがとても大きい――筋肉とか骨から太そうな感じの、黒髭のおじさんだった。
 少しだけ厳しい目をしてから、今度はわたしを見る。
 よいしょ、と声を上げてしゃがみこんで、わたしと同じ目線になってくれて。

「お嬢ちゃん、よかったらこの船の中を見学してみるかい?」
「うん!」

 あっ、また考えずに言っちゃった。
 よくそれで注意されるのに……そう思いながらパパとママを振り返ると、「見せてもらっておいで」と優しく言ってくれた。
 タラップを踏み越えて、船の中に入っていく。
 でも、そこでふと思った。

 何で、パパとママはあんなに苦しそうな笑顔だったんだろう、って。
 そのときすぐに振り返ってたら、違ったのかな? ううん、考えたって仕方ないけど。でも、わたしはもう見たことのない船の中に夢中だった。舵取り役のお兄さんとか、料理番をしているわたしと同じくらいの男の子とか、いろんな人に挨拶しながら船の中を見る。
 考えてみたら、そのときに向けられた珍しいものを見る目でも気付けたかもしれないけど。
 わたしが気付いたのは、もう引き返せなくなってから。

 ちょっと船が揺れたような気がして、船室から出たわたしの前に広がっていたのは。

 どこまでも青い空、その太陽を受けて輝く果てしない海原と。
 徐々に遠ざかっていくアンファンハーフェンの街だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

さようなら、私の初恋。あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...