口づけは１度だけ…

３． Reverse

燃え広がる破滅の足音

「アメリア……？」

　いつもの彼女も、冷酷かつ残酷な言動を繰り返すところがあった。薬を作り、商あきなう一方で、戯れに災いを引き起こして娯楽にしてしまうときもあった。
　森で深傷を負っている仔猫を助けたかと思えば、同じ場所に捨てられていた別の仔猫のことは躊躇なく森の結界を維持するための糧・にしてしまっていたりもした。森に迷い混んできた暗殺者とその標的の魂を入れ替え、その様を、まるで喜劇でも観ているかのように楽しむこともあった。

　およそ、人間としての価値観とは相容れない感性を持った存在。やはりアメリアは人間などではなく魔女なのだと、幾度となく肌を重ねたところで完全にはわかりあえない存在なのだと、何度も痛感したものだった。
　そうした冷酷さと超越者ゆえの嗜虐性を併せ持つ存在だった。

　だが、今のアメリアはただ冷たい。
　いっそ何かに怯える幼子のように頑なな態度で、ティルが森への侵入者を迎え撃とうとしたすることを拒んでいるのだ。
　

「いくらあなたでも、敵うものと敵わないものがある。そんなことも弁わきまえられなくなったの？　あなたはそこまで愚かなの、ティル？」

　冷たさ――それと同時に感じられた恐れを、傍らに立つ周縁の魔女は嗤う。それこそ、何かしらの意味を持った喜劇を観るように。その従者も、どこか訳知り顔で痛ましげにティルを見つめている。
　その様子が、琴線に触れた。
　自分の仕える魔女について１番知っているのは、それなりに長い間仕えている自分のはずだ。彼女の残忍さも、純粋さも、無垢さも、猥雑さも、可憐さも、気高さも、孤独も、そのすべてを。

　何度もその小さな身体を抱いた。
　何度もその細い首筋に口付けた。
　何度もその目論見を手助けした。
　何度もその激情を鎮めてきた。
　何度もその淡い涙を拭ってきた。

　そんな自分が、彼女の恐怖を払えないと思われているのか。しかも、それについて自分以外の者は理解しているようで。
　それが、どうしてか堪らなく悔しかった。

「安心してくれ、アメリア。僕は君を守るためにここにいるんだ。仮に僕が斃たおれたとしても、それで君を守れるなら、いいだろう？」
「……っ!?　ティル！」

　アメリアの制止の声を振り切るように、ティルは駆け出した。硝煙と炎の臭いが鼻を刺す森へと。