アリスは眠らないで

鏡上 怜

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1、時計ウサギの囁き

退屈で、退廃的な

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「ちゅ、くちゅ、ん……あ、はぁ……む、」
『はぁぁ、はぁ、はぁ、可愛い、すごく可愛いよ、カナちゃん、はぁ、はぁぁぁっ、はぁっ、』
「んっ、すごいえっちな声……、もっといっぱい聞きたいの、聞きながら、もっとさせて? はっ――――」

 ……うるさい、きもい、早く終わらせてよ。

 そう言いそうになったのをこらえながら、わたしは電話向こうの彼に向かって声と音を聞かせ続けている。電話の向こうからはねちっこくて、まるで混ぜすぎた納豆みたいに糸を引きそうな喘ぎ声が聞こえてくる。
 くぐもった声は、なんだか聞いているのが苦痛になるほど必死な喘ぎ声を漏らしていて、そのBGMはシュッ、シュッ、シュッ、という、何をしているのかは見なくても察することのできる規則的な音。

 あぁ、いやになる。
 なんか彼の声を聞いているスマホまで臭くなってきているような気がする。早くイッて、もうこの通話切らせてよ。なんて、思ったって言えるわけがないから、わたしはますます彼の欲望を揺さぶるような言葉を続ける。
 そうやって、電話越しににおいが移りそうな通話はそれからもしばらく続いて。それから彼の『うぅっ……!』という気持ち悪いうめき声で、ようやくわたしも演技を終える。

 満足そうな声で浮かれた口調になっている通話相手が何か次の要求をし始めないうちに、「ちょっとトイレいくから」とか言って適当に通話を切る。あぁ、きもかった。
「はぁ~……」
 思わず開いた口から、溜息が漏れてしまう。
 で、そのたびに思うんだ、わたし何やってるんだろうって。自己嫌悪。でももっと深く感じる、暗い優越感。

「っていうか、カナじゃないし」

 何度も呼ばれ続けた名前が耳にこびりつく前に、自分で否定しておく。じゃないと、なんか調子が狂ってしまう。最初の「マヤ」のときに学んだ。
 これが、わたしの最近の日課。こないだ頻度とか調べてみたら、ほんとに毎日1回はしているみたいだった。
 通話している相手と、電話越しで相互オナニーをして、お互いどうなってるかとかそういうのを実況して更に高まり合う、いわゆるオナ電。
 毎回欲望まみれの声とか喘ぎ声とか聞かされて気持ち悪いのに、どうしてかやめられない。

 たぶん、そこではわたしが求められているから。
 どこかの高校の生徒とか、誰かの娘とか、どこの店員さんか、そういう肩書きじゃなくて、わたしを求められているのが、とても気持ちいいから。

 だから、わたしは今日も退屈で気持ちの悪い遊戯を繰り返す。
 ……次は誰だったかな、ともだちのリストをスクロールしながら、あくびを噛み殺した。
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