道理恋慕

華子

文字の大きさ
上 下
189 / 196
道理と恋慕

道理と恋慕4

しおりを挟む
 桜が散り、鮮やかな若葉の緑色に、中学校の校舎のフェンス越しに見えていた木々の新緑を追憶していた頃、芽衣はまたもや8256番の俺を面会室に呼び出した。

「うっちゃん、今までずっと無理矢理押しかけちゃってごめんね。迷惑だったよね。もうやめるから」

 その言葉は、君と逢えるのが今日で最後だという事を意味していた。思わず上げた顔で、君を見る。

「もう、ここには来ないね」

 もう、芽衣はここに来ない。

「もううっちゃんには、逢いに来ない」

 もう、芽衣とは逢えない。

 涙で揺蕩う君の瞳には、愕然とする自分が映っていた。

「だから」

 芽衣は力強い口調を保っていた。けれどその瞳からは、雫がひらりと落ちていた。

「だから今度は、うっちゃんが私に逢いに来て」

 ひらり はらり。立て続けに落ちる涙。

「本当のことを、弁護士の人にちゃんと話して、早くここから出てほしい。うっちゃんはうっちゃんのお父さんを殺してないって、そんなことをする人じゃないって私は知ってる。小学生の頃からひたすら真っ直ぐなうっちゃんだもん。あり得ないよ」

 俺の心臓は、どんどこと太鼓のように打ち付けられた。こんな酷い対応ばかりの俺を、犯罪者の俺を、芽衣はどうして未だに信じられるのか。
 真剣な眼差しに、必死に閉ざしていた口が自ずとひらく。

「芽衣、なんで……」

 会話が可能になった俺を見て、君の想いが溢れ出す。

「もうずっとずっと待ってるのっ。うっちゃんが迎えに来てくれるのっ。いつまでもこんな場所にいないで、早く表に出て来てよっ」
「でも、俺はっ」

 俺は君とは釣り合わない。端から道理に反している。そういう人間なんだ。

 そう伝えようとすれば、芽衣は声を荒げていた。

「うっちゃんがあの日神社で言ってくれたこと、私忘れない!」

 それは今まで1度も見た事のない、君の姿だった。

「芽衣は幸せになってねって、そうやって言ってくれたよねえ私に!」

 覚えている。君を2度もフったあの日の、別れ際だ。

「い、言ったけど……」
「じゃあ幸せにしてよ!うっちゃんと一緒じゃなきゃ私が幸せになれないことくらい、4年も彼氏やってたなら分かるでしょう!?うっちゃんなしでどうやって幸せになれるのよ、教えてよ!」

 席まで立った君には、隣の弁護士が落ち着くように諭していた。顔を覆って泣く君。俺の心は揺れ動く。

 芽衣の泣き声だけを耳に、沈黙が続く面会室。面会終了の時間が訪れ、最後に君はこう言った。

「私はまだ、うっちゃんが好き……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

処理中です...