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守護と殺人
守護と殺人12
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時刻は19時44分。
食器を洗う母親の横で、俺と蓮は煙草を吸う。
「組長まだっすかねえ」
「そんなにうちの父さんに会いたいか?」
「そりゃあ会いたいっすよ、うちの長っすもん」
「会ってもべつに、いいことないと思うけど」
俺にとっては、時々殴ってしまいたくなるほど憎悪も生まれる父親だけれど、内田組の輩からしてみれば会社のトップなわけで、この機会に気に入られたいとか胡麻をすりたいとか、そう思うのだろうか。
母親の手元で泡立つ石鹸。「もうすぐじゃない?」と彼女は言った。
フィルターぎりぎりまでを吸って、間髪入れずに2本目の煙草に火をつけた蓮は、ふーっと長い煙を吐いていた。
「あーあ、楽しみだなあっ」
蓮の横顔が、まるでご主人様を待ち焦がれる忠犬に見えて、俺はふふっと笑みが溢れた。
「そんなに楽しみにされちゃあ、父さんも喜ぶよ」
そう言って、俺も心のどこかでその瞬間を待ち侘びた時だった。
「待ちに待った初対面、ドキドキするっす!」
その発言に、ガチャン!とシンクに皿を落とした母親と目が合った。彼女の青ざめた表情に、全身毛羽立つ。
初対面とはなんだ。内田組に入る奴は、全員父さんと乾杯しているはずなのに。
「蓮くーん、もう1回ゲームしよー」
ひとり平和な桜子は、テレビの前で腰を下ろした。
「お父さんが帰ってくる前に、もう1回だけ闘おーよ」
そう言って、蓮のリュックに触れる桜子。俺は煙草の火を消した。
「桜子よせ。もう鞄に閉まっちまったんだから諦めろ。それに、蓮はもう帰る」
「え、お父さんが帰って来るまでいるんじゃないの?」
「そのつもりだったけど、父さん待ってたらキリがないし、やっぱり今日はもう帰ってもらおうと思って」
そんな俺の言葉を無視し、まだ長い煙草の先端を灰皿へ押し付けた蓮は、桜子の元へと向かっていく。
「じゃあ、あと1回だけね」
蓮が彼女の隣に到着すれば、先ほど片付けたゲーム機がふたりによって床へ広げられた。
その間も、水を出しっぱなしに動けずにいる母親の顔を覗く。
「母さん?」
小さく囁くと、動揺を隠せない顔がカクカクとこちらに向けられた。
「や、大和。誰なのあの子っ」
「蓮じゃ、ないの……?」
「蓮なんて子、うちの組にいないっ」
「え?」
「いないわよっ」
今しがた抱いた疑惑が、濃くなっていくさまを感じた。彼は部外者、なのか?
「そんな、でもっ」
でも蓮は、ずっと一緒に仕事をしてきたし、詐欺だって建設現場の見張り役だってこなしてきた。内田組の連中は皆、蓮の事を仲間として扱っていたし、彼も彼で少しおちゃらけた部分はあるけれど、真面目に業務へあたっていた。
そんな蓮が、内田組の人間ではない?
「蓮くん、こっちのバッグにはなにが入ってるのー?」
ぐるぐると働かせていた脳に、ふと桜子の声が届いてきて、俺は一旦思考を止めた。
「これ?」
実は俺も気になっていたんだ。やたらと荷物が多い蓮の所持品。特に、家に入ってから今まで1度も開けられていない小さな鞄の中身が。
「これはねえ……」
つんつんと指さす桜子の手を退けて、蓮はゆっくりとジッパーを開く。その様子を見守っていると、彼は愛も情も一切ない無機質なあいつを取り出した。
「チャカだよ、ピストル。桜子ちゃん、見たことある?」
たちどころに空気は戦慄。凍りついた部屋にガチャンと聞こえたのは、玄関扉の音。
食器を洗う母親の横で、俺と蓮は煙草を吸う。
「組長まだっすかねえ」
「そんなにうちの父さんに会いたいか?」
「そりゃあ会いたいっすよ、うちの長っすもん」
「会ってもべつに、いいことないと思うけど」
俺にとっては、時々殴ってしまいたくなるほど憎悪も生まれる父親だけれど、内田組の輩からしてみれば会社のトップなわけで、この機会に気に入られたいとか胡麻をすりたいとか、そう思うのだろうか。
母親の手元で泡立つ石鹸。「もうすぐじゃない?」と彼女は言った。
フィルターぎりぎりまでを吸って、間髪入れずに2本目の煙草に火をつけた蓮は、ふーっと長い煙を吐いていた。
「あーあ、楽しみだなあっ」
蓮の横顔が、まるでご主人様を待ち焦がれる忠犬に見えて、俺はふふっと笑みが溢れた。
「そんなに楽しみにされちゃあ、父さんも喜ぶよ」
そう言って、俺も心のどこかでその瞬間を待ち侘びた時だった。
「待ちに待った初対面、ドキドキするっす!」
その発言に、ガチャン!とシンクに皿を落とした母親と目が合った。彼女の青ざめた表情に、全身毛羽立つ。
初対面とはなんだ。内田組に入る奴は、全員父さんと乾杯しているはずなのに。
「蓮くーん、もう1回ゲームしよー」
ひとり平和な桜子は、テレビの前で腰を下ろした。
「お父さんが帰ってくる前に、もう1回だけ闘おーよ」
そう言って、蓮のリュックに触れる桜子。俺は煙草の火を消した。
「桜子よせ。もう鞄に閉まっちまったんだから諦めろ。それに、蓮はもう帰る」
「え、お父さんが帰って来るまでいるんじゃないの?」
「そのつもりだったけど、父さん待ってたらキリがないし、やっぱり今日はもう帰ってもらおうと思って」
そんな俺の言葉を無視し、まだ長い煙草の先端を灰皿へ押し付けた蓮は、桜子の元へと向かっていく。
「じゃあ、あと1回だけね」
蓮が彼女の隣に到着すれば、先ほど片付けたゲーム機がふたりによって床へ広げられた。
その間も、水を出しっぱなしに動けずにいる母親の顔を覗く。
「母さん?」
小さく囁くと、動揺を隠せない顔がカクカクとこちらに向けられた。
「や、大和。誰なのあの子っ」
「蓮じゃ、ないの……?」
「蓮なんて子、うちの組にいないっ」
「え?」
「いないわよっ」
今しがた抱いた疑惑が、濃くなっていくさまを感じた。彼は部外者、なのか?
「そんな、でもっ」
でも蓮は、ずっと一緒に仕事をしてきたし、詐欺だって建設現場の見張り役だってこなしてきた。内田組の連中は皆、蓮の事を仲間として扱っていたし、彼も彼で少しおちゃらけた部分はあるけれど、真面目に業務へあたっていた。
そんな蓮が、内田組の人間ではない?
「蓮くん、こっちのバッグにはなにが入ってるのー?」
ぐるぐると働かせていた脳に、ふと桜子の声が届いてきて、俺は一旦思考を止めた。
「これ?」
実は俺も気になっていたんだ。やたらと荷物が多い蓮の所持品。特に、家に入ってから今まで1度も開けられていない小さな鞄の中身が。
「これはねえ……」
つんつんと指さす桜子の手を退けて、蓮はゆっくりとジッパーを開く。その様子を見守っていると、彼は愛も情も一切ない無機質なあいつを取り出した。
「チャカだよ、ピストル。桜子ちゃん、見たことある?」
たちどころに空気は戦慄。凍りついた部屋にガチャンと聞こえたのは、玄関扉の音。
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