道理恋慕

華子

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再犯と秘密

再犯と秘密2

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 心はずませ家へ着いたが、玄関に桜子の靴はなし。

「あいつ、また道草食ってんな」
「あはは」

 自身の靴と、脱ぎ散らかした俺の靴まで揃えてくれた芽衣は、居間へ進むと壁沿いに自身のタオルを敷いてから、その上に雨粒がかかった鞄を置いていた。

「なにしてんの」
「うっちゃん家の床が濡れちゃうからさ」
「え。そんなん気にしなくていいよ」

 小学生の時に嫌がった寄り道もそうだけれど、何気ない君の行動ひとつひとつは、俺の観念にないものだ。同じ街の同じ学校で、同じ教育を受けてきたはずなのに。

「そういえば琴音と勇吾、あれからどうよ?」

 人を家に上げたら茶を注ぐ。これくらいなら俺にもできる。手元でコポコポと音を立てながら聞く俺に、君は微笑んだ。

「メールは毎日してるみたいだよ」
「え、まじでっ。いい感じじゃん」
「琴ちゃん、頑張ってるみたい」
「もしあそこふたりが上手くいったら、またダブルデートしような」
「うんっ。海とか行きたいねー」

 芽衣の水着姿。スクール水着ではない水着姿。想像しただけで、ニヤけてしまう。

「芽衣」
「ん?」

 茶を入れたコップを台所から運び出そうとしてくれた君の肩を引き寄せて、俺は不意打ちのキスをする。やっぱり家族に会わせるのなんて延期でいいから、ずっとふたりでこうしていたいなと思ったところで、玄関から聞こえてくる解錠音。その瞬間、俺から離れる愛しき人。

「芽衣、もう1回だけ」
「だめ、桜子ちゃん来ちゃうっ」

「お願い」と擦り寄ってみたけれど、君がきっぱり「だめっ」と拒否したから、ここでおしまい。

 ちぇっ。


「おかえり、桜子」

 玄関にある見知らぬ靴で来客を察知したのか、数センチだけ開けた扉の隙間から、居間の様子を窺ってくる桜子に言う。

「なんだよ入れよ」
「え、いいの入って!?」
「お前ん家だろ」

 俺が扉を全開にすると、桜子は忽ちよそ行き顔に。

「こ、こんにちはっ」

 借りてきた猫のように大人しめの桜子を親指でさし、「普段はこんなんじゃないから」と芽衣を見ると、そこには借りてきた猫がもう1匹出現していた。

「こ、こんにちはっ」

 こっちの猫は、飼いたいと思う。
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