141 / 144
君の音色と、無限大の可能性と
3
しおりを挟む
.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*
海が見たくなったら、時々銚子に足を運んだ。
真っ直ぐと伸びた水平線。その向こう側にいる和子を想う。
「父さん、和子のことを見守ってあげていてね」
空に向けて呟く俺の頭上を、容易に飛び越えていく大きな旅客機。それに俺は親指を立てて見せ、よろしくなの意を込める。
「え!テメさんじゃん!」
そんな海で、テメさんと偶然会った時は驚いた。しかも彼は、娘である玲ちゃんと手を繋いでいたのだから、仰天なんてものじゃない。
「あ、裕一くんじゃないか」
波打ち際ではしゃぐ玲ちゃんに注意を向けつつ、俺に笑顔を見せるテメさん。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔しか作れぬ俺に、彼はこんなことを言ってくる。
「実は今、元奥さんと元サヤに戻って、俺も彼女の実家にお世話になってるんだ」
だから俺の口には、また大量の豆が詰め込まれた。
「も、元サヤ!?テメエのテメって言われるほど、仲悪かったのに!?」
「こら、裕一くん。すぐそこに娘いるから」
「あ、すんませんっ。でもびっくりしちゃって……」
「彼女、元ヤンだから口は悪いほうなんだよ。ああ、俺の金を盗るくらいだから手癖も悪いか。まあ、でも今はそんなところも直してもらえるように話し合ったし、俺のことも樹って、きちんと名前で呼んでくれてる」
元ヤンの元奥さんと元サヤ。なんだそれ。
職も家も失い、橋の下に住むホームレスにまで追いやられたというのにもかかわらず、一体なにをどうやったらこんな円満に物事が解決できるのかと、俺の頭はぐるぐるまわるけれど、それでもテメさんのこの幸せそうな表情を見れば、そんなことはどうでもいいかと思えてしまった。
幸せな未来が訪れたならば、それでいいじゃないかと。
ウクレレを持っていないテメさん……もとい、樹さんを少し残念に感じた俺は、「和子が帰ってきたらまた、歌声を聞かせてください」と告げて、彼と固い握手を交わす。
「それまでは、俺のスマホの中にある動画で我慢しますんで」
「あははっ。まだその動画、持ってるんだ」
「あたり前じゃないっすか。あんな美声、消せないっすよ」
そう言うと、「びせー?」と俺等ふたりを見上げた玲ちゃんが、首を傾げていた。
「びせーってなに?おにいちゃん」
「パパの歌が、じょうずだねってことだよ」
「あ!それ、れいもそうおもうー!」
キャッキャと喜ぶ玲ちゃんに、はにかむ樹さん。
和子が帰国した際には、真っ先にテメさんの本名と、今日のことを知らせようと思った俺だった。
海が見たくなったら、時々銚子に足を運んだ。
真っ直ぐと伸びた水平線。その向こう側にいる和子を想う。
「父さん、和子のことを見守ってあげていてね」
空に向けて呟く俺の頭上を、容易に飛び越えていく大きな旅客機。それに俺は親指を立てて見せ、よろしくなの意を込める。
「え!テメさんじゃん!」
そんな海で、テメさんと偶然会った時は驚いた。しかも彼は、娘である玲ちゃんと手を繋いでいたのだから、仰天なんてものじゃない。
「あ、裕一くんじゃないか」
波打ち際ではしゃぐ玲ちゃんに注意を向けつつ、俺に笑顔を見せるテメさん。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔しか作れぬ俺に、彼はこんなことを言ってくる。
「実は今、元奥さんと元サヤに戻って、俺も彼女の実家にお世話になってるんだ」
だから俺の口には、また大量の豆が詰め込まれた。
「も、元サヤ!?テメエのテメって言われるほど、仲悪かったのに!?」
「こら、裕一くん。すぐそこに娘いるから」
「あ、すんませんっ。でもびっくりしちゃって……」
「彼女、元ヤンだから口は悪いほうなんだよ。ああ、俺の金を盗るくらいだから手癖も悪いか。まあ、でも今はそんなところも直してもらえるように話し合ったし、俺のことも樹って、きちんと名前で呼んでくれてる」
元ヤンの元奥さんと元サヤ。なんだそれ。
職も家も失い、橋の下に住むホームレスにまで追いやられたというのにもかかわらず、一体なにをどうやったらこんな円満に物事が解決できるのかと、俺の頭はぐるぐるまわるけれど、それでもテメさんのこの幸せそうな表情を見れば、そんなことはどうでもいいかと思えてしまった。
幸せな未来が訪れたならば、それでいいじゃないかと。
ウクレレを持っていないテメさん……もとい、樹さんを少し残念に感じた俺は、「和子が帰ってきたらまた、歌声を聞かせてください」と告げて、彼と固い握手を交わす。
「それまでは、俺のスマホの中にある動画で我慢しますんで」
「あははっ。まだその動画、持ってるんだ」
「あたり前じゃないっすか。あんな美声、消せないっすよ」
そう言うと、「びせー?」と俺等ふたりを見上げた玲ちゃんが、首を傾げていた。
「びせーってなに?おにいちゃん」
「パパの歌が、じょうずだねってことだよ」
「あ!それ、れいもそうおもうー!」
キャッキャと喜ぶ玲ちゃんに、はにかむ樹さん。
和子が帰国した際には、真っ先にテメさんの本名と、今日のことを知らせようと思った俺だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
彼女は終着駅の向こう側から
シュウ
青春
ぼっちの中学生トヨジ。
彼の唯一の趣味は、ひそかに演劇の台本を書くことだった。
そんなトヨジの前に突如現れた美少女ライト。
ライトをみたトヨジは絶句する。
「ライトはぼくの演劇のキャラクターのはず!」
本来で会うことのないはずの二人の出会いから、物語ははじまる。
一度きりの青春を駆け抜ける二人の話です。
巡る季節に育つ葦 ー夏の高鳴りー
瀬戸口 大河
青春
季節に彩られたそれぞれの恋。同じ女性に恋した者たちの成長と純真の話。
五部作の第一弾
高校最後の夏、夏木海斗の青春が向かう先は…
季節を巡りながら変わりゆく主人公
桜庭春斗、夏木海斗、月島秋平、雪井冬華
四人が恋心を抱く由依
過ぎゆく季節の中で由依を中心に4人は自分の殻を破り大人へと変わってゆく
連載物に挑戦しようと考えています。更新頻度は最低でも一週間に一回です。四人の主人公が同一の女性に恋をして、成長していく話しようと考えています。主人公の四人はそれぞれ季節ごとに一人。今回は夏ということで夏木海斗です。章立ては二十四節気にしようと思っていますが、なかなか多く文章を書かないためpart で分けようと思っています。
暇つぶしに読んでいただけると幸いです。
昨日屋 本当の過去
なべのすけ
青春
あの時に戻ってやり直したい、そんな過去はありませんか?
そんなあなたは昨日屋に行って、過去に戻りましょう。お代はいただきません。ただし対価として今日を払っていただきます。さぁやり直したい過去に帰りましょう。
昨日を売って、今日を支払う。その先に待っているのはバラ色の過去か?それとも……。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる