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傘不要の降水確率と、チャップリンの名言と

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 刹那、できなくなる息。
 刹那、止む風。
 その刹那、止まった世界。

 目を見開くことしかできなくなったわたしの前、彼は淡々と続けてくる。

「生まれながらにして俺、施設育ちだからさ、親とか兄弟とか、そういったもんはいないのよ。だから俺の言う家族ってのは、結婚相手と子どものこと。俺、高校卒業と共に施設を出て、小さな工場で住み込みで働いてたんだ。そんで二十三歳の時に出会った女性と結婚して、アパートに引っ越して、一昨年娘を儲けた。可愛い奥さんと娘と一緒に暮らす日々は、すごく幸せだった」

 そこでふふっと、一度微笑を挟むテメさん。けれどそれは一時いっときで、すぐに口角の位置は戻された。

「……だけど数ヶ月前、奥さんがもうすぐ三歳になる娘を連れて出て行っちゃってさ。ある日仕事から家に帰ったら離婚届だけが置いてあって、あとはもぬけの殻だった。現金も通帳も、全部奥さんに持って行かれちゃってて、俺に残されたのは、その日携帯してた財布や腕時計のみ。ああ、それと奥さんは必要なかったのか、昔付き合ってた頃に俺にプレゼントしてくれた、ウクレレが壁に立てかけてあったよ」

 しとしとと降り注ぐ雨のように、しとしとと耳の中へと送り込まれてくる悲しい情報。

 それをどう処理していいのかわからずに、わたしは戸惑った。

 これは、本当にあった話なの……?こんなひどい話が、現実に……

 と、疑ってしまうほど、わたしはテメさんが口にする内容全てが信じられなかった。
 いや、きっと信じたくなかったから、信じなかっただけだ。

 ポロンとテメさんの指先で、ウクレレが侘しげに鳴く。先ほど夏休みの歌を奏でていた弦楽器とは、全くの別物に見えた。
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