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いま44

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「あれ……?」

 どうしてわたしが渡していないものを、ハルくんが持っているの。

 そう力強く聞いたくせに、わたしの方が戸惑った。

「あの日、わたし家に帰ったっけ……?」

 渋滞にはまった車中で寝たところまでは思い出せるのに、そこからプツンと途絶えてしまっているわたしの記憶。
 帰宅したことも、その次の日に登校したことも、どうしてハルくんへキーホルダーを渡せなかったのかも、何も思い出せなかった。

「どういうこと……?」

 うつろな目でハルくんを見ると、彼はハッと白目を広げた。小さくなった彼の黒目。その瞳にはガランとした踊り場が映るだけ。

 震えた唇で、ハルくんが言う。

「ナツ。いいよもう、思い出そうとしなくて」
「え?」
「もういいじゃんか、過去のことなんか」

 ついこの前の四月のことを「過去」と言うハルくんに、わたしは違和感を覚えた。

「なにか、知ってるの……?」

 掴みっぱなしだった彼の手もまた、小刻みに震え出す。

 おかしい。
 ハルくんは今、間違いなく、平常心ではないと思った。

「ねえハルくん。その手紙を持っているハルくんは知っているんでしょう?どうしてわたしがそれを渡せなかったのか、そしてどうしてわたしがそのことを覚えていないのか」

 途絶えたわたしの記憶が再開しているのは、カキーンとハルくんの打ったホームランボールが、三年五組のベランダへ落ちてきてびっくりしたあの日から。
 それ以前の記憶は全くない。千葉から帰ってきてからの丸々一ヶ月くらいが、すっぽりと抜けてしまっている。

「ねえハルくんお願い。ハルくんが知ってること、全部教えてほしいっ。ハルくんは誰から手紙をもらったの?わたしはハルくんにあげてないのに、どうしてそれを持ってるの」
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