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中学二年生、春と夏の頃3

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「あれ、先生いないじゃん」

 保健室へ着くが、そこに保健の先生は不在。そう広くもない部屋をきょろきょろ見渡して、ハルくんはわたしをベッドまで導いた。

「ナツはとりあえずここで横になってて。俺今、先生のこと呼んでくるから」
「あ、うん」
「すぐ戻るね」

 行ってくる、とハルくんはベッド傍のカーテンを閉める。淡いピンク色の向こう、彼が走り去って行く影が見えた。

 病人でも怪我人でもないのに、ここにいていいのかな……

 そんな不安を抱えながらも、枕へ頭をつけ仰向けになると、目に映ったのは白い天井。静けさの中、校庭で行われている体育の授業の音が聞こえてきた。

 カキン。

 これはバッドでボールを打つ音。

「いっけー!」

 これは一塁へとダッシュしている選手を応援している声かな。

「アーウト!」

 ああ残念。アウトになっちゃった。

 野球に関する音を聞いていれば、目にはいつだってハルくんが浮かぶ。

 校庭との境目にある保健室の窓。それが薄らと開いていたから、そこをすり抜けてきた風が、淡いピンク色のカーテンをひらひらと揺らせていた。
 冷たくもなく、暑くもない、心地よい春の風。

「ハルくん……」

 この風は、なんだかハルくんに思えた。

 そんな安らぐ風にうとうとしていると、保健室の扉が静かに開く気配がした。

 先生が来たのかな。なんだか起き上がるのもめんどくさいし、もう今日はこのまま仮病でも使っちゃおうかな。

 なんて考え、まぶたを下ろしたままでいると、シャッとすぐそこのカーテンが開く音。
 とっさにしたのは眠ったふり。
 先生お願い、このままここにいさせてと、そんな願いを込めて。
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