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中学一年生、夏の頃5

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「い、いるっ」

 あーんとわたしが大きく口を開けたのは食べたいアピールで、べつに、食べさせてもらおうとしたわけではない。けれどハルくんの瞳には「食べたい」よりも、「食べさせて」に映ったようで、ひとくちぶんちぎったメロンパンを、わたしの口元まで持ってくる。

「はい、ナツ。あーん」

 好きな人が口をつけたものに口をつける。それにプラスされた、好きな人に食べさせてもらう。
 贅沢すぎるこのシチュエーションに、バクバクと騒ぎ出した心臓が、耳のすぐそこで聞こえてきた。

「い、いただきますっ」

 口先でそっとパンをくわえれば、唇に触れた彼の指。

「おいし?」
「う、うんっ」
「ははっ。よかった」

 よかったのはわたしの方だよハルくん、と今すぐにでも伝えたくなった。大好きな人とこんな風に近くにいられて、本当に幸せ者だよって。

 試合中、ルールのわからない場面がいくつかあったけれど、それはハルくんが丁寧に教えてくれた。彼へ恋心を抱いてからは頻繁に出向いている校舎のベランダ。そこから見下ろす野球部の練習も、ルールを学べばもっと楽しめるかもと思った。
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