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第4話

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 あまりに想定外な展開に、意識がどこかに行きかけた。

 しかし、僕の左肩を包むように置かれた、大きな手。
 そこから伝わってくる温かさが、異世界に行きかけた僕を引き戻す。

 今、目の前には、背が高く厚みのある彼の体がある。
 ボリュームのある胸がある。
 いかに想定外であろうが、現実がすべてだ。

 僕が行く前に、彼が先に来た。
 僕が声をかける前に、彼が先に声をかけてきた。図体に似合わない穏やかな声とのんびりした話し方で――。
 そういうことのようである。

 僕はこの現実を受け入れ、彼に言葉を返そうとした…………
 …………
 ……ら、僕の体に急激な変化が起きた。

 触られた肩が。
 ロングTシャツ越しに触られている肩が、温かいを通り越して激しい熱を持った。
 そしてなぜか、触られていない顔や、首や胸、右側の肩も、腹も、下半身も、どんどん発火していく。
 体中が、明暦の大火に匹敵する大火災に包まれた。

 しっかりしろ、と体に檄を入れる。
 今のこの状況は、まぎれもなく僥倖。
 こんなにありがたいことはないはずだ。僕は彼の言葉に自然に答えるだけでいいのだから。
 願ったり叶ったりの展開。
 消火作業をしている場合ではない。

 言おう、自然な笑顔とともに。

「久しぶり。森光君」

 よし。笑顔が自然かどうかはともかくとして、そして一度も話したことがないのに『久しぶり』がどうなのかはともかくとして、言えた。

 一つの達成感があった。
 全焼した体はおいといて、頭の中は少し落ち着いた。

 電車が、動き出した。



 続いて、近況を言い合いたいなと思ったら、森光君のほうから、

「よかったらさ、お互い今どうしてるのか教え合おうよ」

 と言ってきた。
 僕がいいよと返すと、彼が先に話し始めた。

 彼は、僕よりも少しだけ遠い大学に通っていた。
 僕も知っている学校だった。スポーツが盛んな学校として有名なところだ。
 スポーツ推薦で入学し、体育会で柔道を続けているとのことだ。
 彼は、中学三年生の最後の大会で全国大会まで行っていた。自分では言わないが、きっと有望な選手なのだろうと思う。

 続いて「そっちはどう?」と聞かれたので、僕も今大学に通っていること、テニスはサークルで続けていることなどを話した。

 そして、そこで沈黙となった。

 電車のガタンゴトンという音が、容赦なく焦りを生み出してくる。
 まずい。何か話さねば。

 しかしその焦りは、僕に、ある大事なことを気付かせてくれた。
 
 その大事なこととは、連絡先交換の必要性である。
 方角が同じ大学に通う者同士ということはわかったが、それは毎日会えることを保証するものではない。
 履修している授業の時間帯も同じではないだろうから、乗る電車が同じとは限らないだろうし、乗る電車が同じでも車両まで同じとは限らない。
 今ここで会えた偶然を生かし、連絡先を交換するべきだ。

 さァ自分よ、言え。

『僕と電話番号とLINEを交換してくれないか?』

 と。

 ……む?
 いや、ちょっと待て。

 中学校が一緒とはいえ、今日知り合ったばかりの相手に対し、いきなり電話番号をくれ? LINEの連絡先をくれ?
 これは大丈夫なのか?

 ……。

 いや、結論は一つだろう。

 今まで何度チャンスを逃し続けてきたのか。
 事実上の初対面であろうが何だろうが、強引に行くべきだ。
 好機は何度も訪れない。できるときにできることをやらなければ。

 さっきの彼のように、どこか体の部位を自然に触りながら言おう。
 そうすれば、心の距離も詰めながら言えそうな気がする。

 身長差があるので、肩の上に手をポンというのは少し不自然かもしれない。
 ちょうど良い高さにある胸……は極めて触りたいが、それはちょっと、いやかなりまずい。高さ以外の意味で自然ではない。

 ……彼の上腕がベストか。

 触るのも、言うのも、少し恥ずかしいし照れくさい。
 だがもう足踏みは許されない。ここは勇気をもって、

 突撃――。

 と思ったところで、僕の首に温かいものが巻かれた。
 彼の、たくましい腕だった。

「これも、よかったらでいいんだけどさ。俺と電話番号とLINEを交換してくれない?」

 ――へ?
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