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第8話
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塾は、建物の三階にある。
ハルトはゆっくりと外階段を昇った。
もう何度昇ったか数え切れないであろう大きな外階段。
もっとも、2月末にアルバイトの身分を一度退職し、4月から正社員として本社で二週間研修をしていたため、久しぶりの景色ではあった。
三階の踊り場に着く。
塾名の大きなステッカーで覆われ、中が見えないガラスドア。
その前で、一度止まった。
正社員としては、初めてこの入り口を開ける。
すぐにはドアノブに手が伸びなかった。
塾長は四月から新しい人になっていると聞いていた。
今日からお世話になります。よろしくお願いします――と、まずはあいさつすることになるだろう。
深呼吸をし、気持ちを整える。
そのときだった。
「先生!」
階段を駆け上がる足音とともに、聞こえた声。
この踊り場にはハルトしかいない。特に躊躇することなく振り向いた。
すると。
「久しぶり! 今日から現場復帰って塾長から聞いてたよ。あと、おまたせ」
誰なのかは、すぐにわかった。
ただ、スーツ姿ということもあるのかもしれないが……。
彼はあの頃――中学三年生の頃よりも、だいぶ大人びて見えた。
「トウヤくん、だね。久しぶり」
「ん? あまり驚いてない?」
「いや、ものすごく驚いているけど。スーツ着てるってことは、そういうことだよね?」
「だよ。春期講習からここで講師のバイトしてるってわけ。オレ、大学生になったからな」
「そうか。ちょうどこの春に大学一年生、か……」
「そうそう。せっかくすぐにバイト始めたのに、先生は正社員になったんで四月中旬まで研修するから来ないよとか言われたし。待ちくたびれたって。
でも、もう十八歳になってるから、めでたく先生と付き合えるし、家にも行き放題ってわけだ。楽しみだなー」
「……ということは、もしかして。まだ僕に興味あったり、とか?」
「うん。先生に言われたからさ、高校でどうなるかなって思って三年間過ごしてたたけど。結局先生以外に興味ある人はいなかった。さすがにもう変わらないんじゃないかな?」
「な、なるほど。十八歳だともう変わらないかもね」
「いやー、三年は長かった! けど賭けはオレの勝ちだね、先生」
「賭けなんてしてないでしょ」
抗議は無視され、スーツ姿のトウヤの腕が、ハルトの首に巻き付く。
「あっ、ちょっと。ここだと誰かに見られたらまずいって」
「抱き付かなければ大丈夫じゃないの?」
「同じようなもんでしょ」
ハルトは腕を引きはがし、彼と正対した。
そして聞かずにはいられなかった。
「でもさ。僕に彼女ができていたりしたら、どうするつもりだったの?」
「できたの?」
「できてない」
「だろ? 前に家に行ったとき、先生のパソコンの画面に作りかけのレポートが出たままになっててさ。大学も学部も学科もわかってたから、念のために高校三年のときに何度も忍び込んで聞き取りして、調べたんだよ」
「……」
やっぱり、彼はあの頃とあまり変わっていないかもしれない。
生意気な笑顔を見て、ハルトはそう思った。
(終わり)
ハルトはゆっくりと外階段を昇った。
もう何度昇ったか数え切れないであろう大きな外階段。
もっとも、2月末にアルバイトの身分を一度退職し、4月から正社員として本社で二週間研修をしていたため、久しぶりの景色ではあった。
三階の踊り場に着く。
塾名の大きなステッカーで覆われ、中が見えないガラスドア。
その前で、一度止まった。
正社員としては、初めてこの入り口を開ける。
すぐにはドアノブに手が伸びなかった。
塾長は四月から新しい人になっていると聞いていた。
今日からお世話になります。よろしくお願いします――と、まずはあいさつすることになるだろう。
深呼吸をし、気持ちを整える。
そのときだった。
「先生!」
階段を駆け上がる足音とともに、聞こえた声。
この踊り場にはハルトしかいない。特に躊躇することなく振り向いた。
すると。
「久しぶり! 今日から現場復帰って塾長から聞いてたよ。あと、おまたせ」
誰なのかは、すぐにわかった。
ただ、スーツ姿ということもあるのかもしれないが……。
彼はあの頃――中学三年生の頃よりも、だいぶ大人びて見えた。
「トウヤくん、だね。久しぶり」
「ん? あまり驚いてない?」
「いや、ものすごく驚いているけど。スーツ着てるってことは、そういうことだよね?」
「だよ。春期講習からここで講師のバイトしてるってわけ。オレ、大学生になったからな」
「そうか。ちょうどこの春に大学一年生、か……」
「そうそう。せっかくすぐにバイト始めたのに、先生は正社員になったんで四月中旬まで研修するから来ないよとか言われたし。待ちくたびれたって。
でも、もう十八歳になってるから、めでたく先生と付き合えるし、家にも行き放題ってわけだ。楽しみだなー」
「……ということは、もしかして。まだ僕に興味あったり、とか?」
「うん。先生に言われたからさ、高校でどうなるかなって思って三年間過ごしてたたけど。結局先生以外に興味ある人はいなかった。さすがにもう変わらないんじゃないかな?」
「な、なるほど。十八歳だともう変わらないかもね」
「いやー、三年は長かった! けど賭けはオレの勝ちだね、先生」
「賭けなんてしてないでしょ」
抗議は無視され、スーツ姿のトウヤの腕が、ハルトの首に巻き付く。
「あっ、ちょっと。ここだと誰かに見られたらまずいって」
「抱き付かなければ大丈夫じゃないの?」
「同じようなもんでしょ」
ハルトは腕を引きはがし、彼と正対した。
そして聞かずにはいられなかった。
「でもさ。僕に彼女ができていたりしたら、どうするつもりだったの?」
「できたの?」
「できてない」
「だろ? 前に家に行ったとき、先生のパソコンの画面に作りかけのレポートが出たままになっててさ。大学も学部も学科もわかってたから、念のために高校三年のときに何度も忍び込んで聞き取りして、調べたんだよ」
「……」
やっぱり、彼はあの頃とあまり変わっていないかもしれない。
生意気な笑顔を見て、ハルトはそう思った。
(終わり)
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