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第29話 ダメってことは……

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 前菜が終わると、『本日のパスタ』と称するパスタ料理が運ばれてきた。
 それを見て、大卒内定者四人が目を丸くする。

 巨大なボウル型の皿が三つ。
 それぞれ、
「サーモンとほうれん草のクリームソーススパゲティ」
「バジルのジェノベーゼスパゲティ」
「挽き肉と赤ワインのトマトソースペンネ」
 であり、どれも、これでもかというほど盛られている。

 まるで巨大な三つの山だ。
 横に置かれた取り皿が醤油皿のような小ささに見えてしまうほどだった。

「え? なんか量が異様に多いんだけど。ウケる」
「僕もいっぱい食べるほうだけど、これはちょっと」

 コイケさんとカミナリくんがそんな突っ込みをしている。
 これはもちろんダイチ対策のため、あらかじめ私が店にお願いしていたものだ。

「うん。ダイチくんがいっぱい食べるからね。これでも足りないかも」

 私のその言葉に、全員が彼に注目した。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 途中、ダイチくんの希望で取り皿を大きいものに変更してもらった。
 そして結局、彼が八割ほどを食べ、見事にパスタは完食となった。

 彼はもちろん平気な顔。
 そして続いて出された魚料理や肉料理もペロッと平らげてしまう。

「すごい! すごいよ!」

 大絶賛したのは、おデブさん体系のカミナリくん。

 年齢的にお酒が飲めないダイチくん以外は、もうみんなアルコールも回ってきている。
 そのせいか、私に会社のことや仕事のことを聞いてくることもなくなり。
 ほぼ学生の飲み会のようなノリになっていった。

 そして唯一素面のダイチくんは。
 ちょうど正面に座っている婚約破棄のコイケさんに絡まれていた。

「ねえねえ、ダイチくんは彼女いるのぉー?」

 な、なんちゅー質問を。
 ホラ。戸惑っているじゃないの。

 いや、でもよくぞ聞いてくれたという感じもあるかな?
 私からは気になったとしても聞けないし。

「いえ、いませんが」
「好みのタイプとかあるの?」

 すごい突っ込むなあ。
 そう思いながらも、私は聴き逃すまいと耳をダンボにした。

「好み、ですか」
「年上年下とかっ」
「年上、ですね」
「胸は大きい方がいいの?」
「ま、まあ……」

 いや、それは律儀に答えなくてもいいんじゃないの?
 ちょっと逆セクハラ気味よ?
 ダイチくん赤くなっちゃってるし。

 ここは私が盾になって、青少年をしっかり守らなきゃ。

「コイケさん。そういうのはあまりしつこく突っ込んでいくのはダメだよー?」
「えー、でもダイチくんがフリーだったら私が貰っちゃおうかなってっ」

 ――!?
 ぬわにぃー?
 婚約破棄は同情するけれども……それは許さん。

「あら。彼女はいないけど、好きな人はいるかもしれないじゃないの?」
「あははっ、それもそうですよね。
 あ! もしかして。年上で胸大きい人が好みって……ダイチくんはアオイさんが好きなの?」

 私はグラスワイン飲んでいたが、盛大に吹いた。
 隣でダイチくんもハーブティーを吹いて咳き込んでいる。

「ちょ、いきなり何を言うの――」
「だって今日ずっと仲良さそうだったじゃないですか~」

 笑いながらからかってくるコイケさん。
 他の大卒組三人も、私とダイチくんを見て笑っている。

 思わずダイチくんのほうを向く私。
 彼もこっちを見てきたので、目が合ってしまった。
 そして両者ともプイっと逸らしてしまう。

「い、いやそれはちょっと色々あって――」
「あれ、やっぱりもう付き合ってたりですぅ~?」
「いや本当に違うよ!?」
「本当ですかぁ?」
「本当!」

「じゃあ貰おうかな?」
「ダメ!」
「違うのにダメなんです?」
「ふぇ? え? あっ?」

 私が慌てていると、ニヤッと笑うコイケさん。

「ふーん。なんか煮え切らない感じですねぇ~。
 よーし。じゃあ、こうしましょう! 飲み負けたら私おとなしく引き下がります!」

 こんにゃろー、無礼講をいいことに楽しそうに挑発しおって。
 飲みまくってくれるわ。

「店員さん~もっとワインお願いします~」
「え、アオイさんって、いっぱい飲めるんでしたっけ?」
「飲めないけどいっぱい飲むよ~!」

 不安そうに聞いてきたダイチくんを一蹴して!
 ひたすら!
 飲む!



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「うう……。の、飲み過ぎた」

 飲み比べに勝って……というかコイケさん全然平気そうだったので、多分勝たせてもらって。
 挨拶をして〆て懇親会を終わらせ。
 無事に会計を済ませ。
 内定者たちと別れて……。

 帰る方向が同じダイチくんと、一緒に駅に行き、一緒に電車に乗り。
 最寄り駅で、降り。

 いちおう、記憶はある。
 そう。いちおう。

 でも電車に乗っているときから、徐々に全身の血が下がっていくような感じがあった。
 貧血を起こしたときの感覚に似ているかもしれない。
 降りてからはさらに酷くなり、手足もしびれてきている。

「大丈夫ですか? アオイさん」
「だ、だいじょう……ぶ……」

 大丈夫だ、と思いたい。
 が、視界も白っぽくなってきた。
 もう辺りはすっかり暗いはずなのに、徐々に白っぽくフェードアウト……。

 あと数分歩けば、アパートに着くのに。
 その前に体が墜落……しそう……。

「アオイさん。肩貸します」
「――!?」

 私の左腕が、がしっと掴まれた。
 そしてそのまま上に回され……あ、これはダイチくんの首。
 私の腕を首に巻いたんだ……。

「ぇえ……でも吐いたら……ヤバいよ? 少し離れたほうが――」
「別にかまいません」

 さらにそのまま、今度は私の背中と右わき腹に……
 しっかり支えられてホールドされる感じが……。
 これは……ダイチくんの右腕と……右手?

 不思議な安心感の中、私の意識は途絶えた。
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