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第15話 温かかった
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チャーハンの日の翌日の昼休み。
食事を済ませて席に戻ってきた私に、珍しく私より早く戻ってきていた部長から声がかかる。
「ああ、そうだアオイくん。工場長から連絡が来たぞ」
「むぅあってましたアッ!」
席に両手をバン! と付いて勢いよく飛び上がる私。
ヘッドフォンを付け首を垂れて寝ていた向かいのイシザキくんが、ガタンと瞬間的に痙攣して覚醒した。
彼は目をこすりながら「何が起きたの?」というように数秒キョロキョロしたが、また就寝体勢に戻った。
「なんだアオイくん、ずいぶん食いつきがいいな」
「そりゃあもう。あの食べっぷりは実家の柴犬です」
「は? 何のことだ?」
「いえこっちのことです」
「……? 例の高校生の件だが、書類や試験に問題はないんで面接を組んでくれとのことだ。
工場長の予定が空いている日も聞いているから、学校への連絡や日程調整その他段取り、頼むぞ」
「がってん承知ィッ!」
まあ書類でダメだと言われることはないと思っていたが、吉報には違いない。
あとは面接でポカがなければめでたく内定だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ということで。
その日の夜。
「こんばんは。来ました」
「ふふふ。ようこそわが家へ」
「?」
ダイチくんにメールして、また私のアパートの玄関に来てもらっていた。
『面接のときに予定している恰好で来て』という注文付きである。
「んー! 靴がまずいなあ。汚れてるじゃないの」
玄関を上がってすぐのところから全身を眺め、一目まずそうに思ったところを指摘する。
「買った本に書いてありましたが、やっぱり面接で靴まで見られるんですか?」
「そりゃもう。見る人は見るよー?」
うちの会社の工場長や総務部長がそういうタイプかは置いておいて。
面接時の靴やバックというのは、意外に見る人が多い。
汚れていると、気配りができない人だとか、だらしがない人だとか、マイナス印象を与えてしまう。
注意が必要だ。
「じゃあ靴、脱いで」
「えっ?」
「どうせダイチくん靴クリームとか持ってないでしょ? わたしやるから。上がってリビングで待ってて」
「……すみません」
少しだけ上を向いて頭を掻きながら、靴を脱ぎ、上がろうとするダイチくん。
ところが――。
あっ。
私の住んでいるアパートの玄関は、廊下と土間の間に小さな段差――上がり框がある。
ダイチくんのところにはおそらくないのだろう。
無意識に前に進めたであろう彼の足が、そこに引っかかった。
スローモーションで倒れ込んで来る彼。
位置的に私はそれを手で止めて、「おっ、危ない」と笑うことができる……
……と考えたのは思い上がりだった。
人の体は意外と重い。
普通に押し倒された。
私の後頭部に床とぶつかる強い衝撃。痛みが前頭部に抜けていく。
そして直後に……体全体を覆う、重み。
どうなったかを理解するまでは、さほどの時間を要しなかった。
体はぴったり重なり合っている。
彼は両手を腕立て伏せのように床についたらしく、お互い顔までは衝突しなかった。
が、ほぼゼロ距離。
お互い、そのまま動けなかった。
ほんの数秒だったのかもしれないが、目が合ったままフリーズした。
彼の目は見開かれていた。
「ちょ、ちょっと?」
「あっ。すみません」
私の声をきっかけに、思い出したように慌てて離れる彼。
「アオイさん、大丈夫でしたか? ごめんなさい」
「へ、平気だけど……」
「……」
「……」
玄関を上がったところ、廊下のフローリングの上で、正座で向き合い。
気まずい。
ここは……。
「ていっ」
「?」
正座したまま、彼の頭を目がけてチョップ。
私の小指球に、彼のサラッとした短髪の感触が伝わった。
「これでよし!」
「……」
靴の手入れは無事に終わり、見違えるようにピカピカに。
そして……。
リビングは明るい。
彼を立たせ、身に着けているものもチェックをしていく。
「へー。学ランは結構キレイにはしてるんだね」
「あ、はい。いちおうクリーニングに出しておきましたので」
「ちょっとここが擦れてピカピカになってるのが気にはなるけど、これは仕方ないのかな――」
「っ!」
学ランの背中とお尻の部分は、どうしても摩擦でツルツル感が出てしまう。
サッと上から触ると、ダイチくんの体がビクンとなった。
「あ、ごめん。くすぐったがりなんだったっけ?」
「いえ。そうじゃないですが……」
あとは……。
「学ランの首のところはカラーをちゃんと付けてね。苦しいだろうけど」
「はい」
「ベルトは……うげっ」
学ランの上をめくると、見えたのはカジュアルな黄土色の布製ベルト。
そしてバックル部分が金属板と金属棒――いわゆるガチャベルトである。
「おんどりゃー! 面接にガチャベルトとかふざけとんのかコラ」
「え?」
初歩的過ぎて買った本にも書いていなかったというオチだろうか?
学ランと同じ色の革ベルトでないとアウトだ。
念のために呼び出しておいてよかった。
「こんなのは没収!」
「あっ」
ベルトをサッと引き抜く。
すると、ズボンがなぜか腰骨で止まらず、自由落下。
姿を見せたのは、赤基調、かつピチピチの薄い生地で出来たボクサーパンツだった。
「きゃああああ!」
もう遅い時間なのに、私は確実に外に聞こえるレベルの声量で叫んでしまった。
「す、すみません。このズボン結構ゆるいんで」
「は、早く言ってほしかった……って私が悪いんだけど。でもその前に何でボクサーパンツやねん」
「今はトランクスのほうが少数派って聞きましたが」
知らねえええ!
食事を済ませて席に戻ってきた私に、珍しく私より早く戻ってきていた部長から声がかかる。
「ああ、そうだアオイくん。工場長から連絡が来たぞ」
「むぅあってましたアッ!」
席に両手をバン! と付いて勢いよく飛び上がる私。
ヘッドフォンを付け首を垂れて寝ていた向かいのイシザキくんが、ガタンと瞬間的に痙攣して覚醒した。
彼は目をこすりながら「何が起きたの?」というように数秒キョロキョロしたが、また就寝体勢に戻った。
「なんだアオイくん、ずいぶん食いつきがいいな」
「そりゃあもう。あの食べっぷりは実家の柴犬です」
「は? 何のことだ?」
「いえこっちのことです」
「……? 例の高校生の件だが、書類や試験に問題はないんで面接を組んでくれとのことだ。
工場長の予定が空いている日も聞いているから、学校への連絡や日程調整その他段取り、頼むぞ」
「がってん承知ィッ!」
まあ書類でダメだと言われることはないと思っていたが、吉報には違いない。
あとは面接でポカがなければめでたく内定だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ということで。
その日の夜。
「こんばんは。来ました」
「ふふふ。ようこそわが家へ」
「?」
ダイチくんにメールして、また私のアパートの玄関に来てもらっていた。
『面接のときに予定している恰好で来て』という注文付きである。
「んー! 靴がまずいなあ。汚れてるじゃないの」
玄関を上がってすぐのところから全身を眺め、一目まずそうに思ったところを指摘する。
「買った本に書いてありましたが、やっぱり面接で靴まで見られるんですか?」
「そりゃもう。見る人は見るよー?」
うちの会社の工場長や総務部長がそういうタイプかは置いておいて。
面接時の靴やバックというのは、意外に見る人が多い。
汚れていると、気配りができない人だとか、だらしがない人だとか、マイナス印象を与えてしまう。
注意が必要だ。
「じゃあ靴、脱いで」
「えっ?」
「どうせダイチくん靴クリームとか持ってないでしょ? わたしやるから。上がってリビングで待ってて」
「……すみません」
少しだけ上を向いて頭を掻きながら、靴を脱ぎ、上がろうとするダイチくん。
ところが――。
あっ。
私の住んでいるアパートの玄関は、廊下と土間の間に小さな段差――上がり框がある。
ダイチくんのところにはおそらくないのだろう。
無意識に前に進めたであろう彼の足が、そこに引っかかった。
スローモーションで倒れ込んで来る彼。
位置的に私はそれを手で止めて、「おっ、危ない」と笑うことができる……
……と考えたのは思い上がりだった。
人の体は意外と重い。
普通に押し倒された。
私の後頭部に床とぶつかる強い衝撃。痛みが前頭部に抜けていく。
そして直後に……体全体を覆う、重み。
どうなったかを理解するまでは、さほどの時間を要しなかった。
体はぴったり重なり合っている。
彼は両手を腕立て伏せのように床についたらしく、お互い顔までは衝突しなかった。
が、ほぼゼロ距離。
お互い、そのまま動けなかった。
ほんの数秒だったのかもしれないが、目が合ったままフリーズした。
彼の目は見開かれていた。
「ちょ、ちょっと?」
「あっ。すみません」
私の声をきっかけに、思い出したように慌てて離れる彼。
「アオイさん、大丈夫でしたか? ごめんなさい」
「へ、平気だけど……」
「……」
「……」
玄関を上がったところ、廊下のフローリングの上で、正座で向き合い。
気まずい。
ここは……。
「ていっ」
「?」
正座したまま、彼の頭を目がけてチョップ。
私の小指球に、彼のサラッとした短髪の感触が伝わった。
「これでよし!」
「……」
靴の手入れは無事に終わり、見違えるようにピカピカに。
そして……。
リビングは明るい。
彼を立たせ、身に着けているものもチェックをしていく。
「へー。学ランは結構キレイにはしてるんだね」
「あ、はい。いちおうクリーニングに出しておきましたので」
「ちょっとここが擦れてピカピカになってるのが気にはなるけど、これは仕方ないのかな――」
「っ!」
学ランの背中とお尻の部分は、どうしても摩擦でツルツル感が出てしまう。
サッと上から触ると、ダイチくんの体がビクンとなった。
「あ、ごめん。くすぐったがりなんだったっけ?」
「いえ。そうじゃないですが……」
あとは……。
「学ランの首のところはカラーをちゃんと付けてね。苦しいだろうけど」
「はい」
「ベルトは……うげっ」
学ランの上をめくると、見えたのはカジュアルな黄土色の布製ベルト。
そしてバックル部分が金属板と金属棒――いわゆるガチャベルトである。
「おんどりゃー! 面接にガチャベルトとかふざけとんのかコラ」
「え?」
初歩的過ぎて買った本にも書いていなかったというオチだろうか?
学ランと同じ色の革ベルトでないとアウトだ。
念のために呼び出しておいてよかった。
「こんなのは没収!」
「あっ」
ベルトをサッと引き抜く。
すると、ズボンがなぜか腰骨で止まらず、自由落下。
姿を見せたのは、赤基調、かつピチピチの薄い生地で出来たボクサーパンツだった。
「きゃああああ!」
もう遅い時間なのに、私は確実に外に聞こえるレベルの声量で叫んでしまった。
「す、すみません。このズボン結構ゆるいんで」
「は、早く言ってほしかった……って私が悪いんだけど。でもその前に何でボクサーパンツやねん」
「今はトランクスのほうが少数派って聞きましたが」
知らねえええ!
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