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第2話 ビデオは眠い
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「あの、その『うす』もちょっとまずくて。会社は学校じゃないので、返事は『はい』でよろしくね」
学校でも「うす」がまずいということは言うまでもない。
しかしご時世を考えれば、進学校であっても崩れていておかしくはないし、部活動でそんな慣習があれば癖になってしまっているという可能性もある。
「あ、はい。すみません」
あらずいぶん素直。話せばわかるタイプ?
そう思いながら見ていたら、ダイチくんは私の名刺を……ワイシャツの胸ポケットにポイっと放り込むように仕舞った。
あかんやん!
「あのー。受け取った名刺は机の上に出しておくか、名刺入れに仕舞うようにね? 名刺入れがまだなければ今日は財布でもいいけど」
「はい」
彼は胸ポケットから名刺を取り出すと、財布の中に仕舞った。
もう、本当に大丈夫なのかな……。
ますます心配になった。
「じゃあ、今からこの会社を紹介するビデオを流します」
私は楕円のテーブルの中央に小型プロジェクターを置いた。
そして部屋の隅に置いてあるDVDプレイヤーと、ケーブルで接続する。
ダイチくんの真正面の壁は、スクリーンとしても使える白い壁だ。
そこに、明るい長方形の四角い光がくっきりと映し出された。
流すビデオは、大卒の就活の会社説明会で使うものと同じ。
「私はビデオが見終わるころにまたくるね。もし疑問点があればそのときに言ってもらえれば答えるから」
「はい」
おお、返事が連続で「はい」だ。まあ当たり前だけど。
そんなことを思いながら、私はビデオがきちんと流れ始めたことを確認して一度退室。
総務部の席に戻った。
決して大きな会社では無いこともあり、私の仕事は採用だけではない。
人事全般に関する業務……勤怠や給与、労務なども一人でやっている。
よってビデオを流している間は、他の仕事を進めて時間を有効利用しなければならない……
わけであるが。
「集中できないっ!」
だいたい待ち時間というのは、何をやってもはかどらないものだ。
「アオイさん、そのパターン多いよね」
また向かいのイシザキくんに拾われた。
なんだかんだでスルーしない優しい同僚だ。
「だって頭が切り替わらないんだもん!」
「じゃあ気分転換にこれでもどうぞ」
イシザキくんが渡してくれたチョコレート菓子『シットカット オトナの怖さ』をかじる。
が、やはりダメ。何度経験してもダメ。集中できないものは集中できない。
薄い時間が流れていく。
「あ、そろそろ終わる」
あまり手元の仕事は進んでいないが、無情にも時間は流れてしまった。
私は会議室に向かう。
ノックして私が入ったとき、ちょうどビデオが終わったところだった。ドンピシャだ。
が、ダイチくんが目をこすっていた。
眠くなるのはわからないでもない。けれども、もう少しうまく隠したほうが良いのでは?
モヤっとしながらも、私からはビデオで説明できていない部分を、会社案内や会社説明会資料を使い補足で説明していく。
それが終わると、質疑応答タイムだ。
「よーし。何か質問はある? わかりづらかったところとか。何でもどうぞ!」
「いえ、大丈夫です」
え、ないの? あっさりしすぎ!
こういうときには無理にでも何か質問を考えておくものなんだけど!
うーん……。
言うか言うまいか迷った末に、結局言わなかった。
午前中はこれで終わり。
午後は工場見学に出かけることになるが、その前に昼食タイム。
中途採用のケースや、今回のように高校生を新卒で採用するとき――
応募者に対しほぼマンツーマンでの対応となることは共通している。
だが、昼食をはさむときの対応は異なる。
前者であれば、応募者には昼食を勝手に外で食べてきてもらい、時間までに戻ってきてもらう。
しかしながら後者……高校生の場合、それでは少し気の毒ということで。
いつも高校生を会社に呼んだときは、近くの店に連れて行って食べさせている。
もちろん領収書をもらって費用は会社持ちだ。
「じゃあダイチくん、一緒にお昼食べに行こうー!」
「はい」
反応薄っ。しかも無表情。
表情が硬い、というわけではない。緊張しているという感じはない。
どちらかと言うと顔がかっこいい側よりもかわいい側に振れているせいもあるが、クールという感じがあるわけでもない。
ヌボーっとした感じ?
うーん、わからん!
本社管理本部があるビルの隣に、飲食店がたくさん入っているビルがある。
その中に鳥料理がウリの居酒屋があり、そこはランチ営業もしている。
親子丼がリーズナブルでしかも美味しい、ということで人気店になっていて、私も結構よく使う店だ。
このあたりは都心でオフィス街ということもあり、サラリーマンが多い。
いつもは人混みの中を泳ぐことになるが、今日はスタート時刻が少しフライング気味ということもあって、快適に店まで到達できた。
並んでいる人もおらず、店に入るとすぐに席に案内される。
奥のほうのテーブル席に座り、ダイチくんと向かい合った。
「お金は会社で精算するので、好きなもの食べて大丈夫だよ」
「はい」
おおお。ダイチくんの返事が「はい」で定着したようだ。
って、これは当たり前なので、もう感心するのはやめよう。
学校でも「うす」がまずいということは言うまでもない。
しかしご時世を考えれば、進学校であっても崩れていておかしくはないし、部活動でそんな慣習があれば癖になってしまっているという可能性もある。
「あ、はい。すみません」
あらずいぶん素直。話せばわかるタイプ?
そう思いながら見ていたら、ダイチくんは私の名刺を……ワイシャツの胸ポケットにポイっと放り込むように仕舞った。
あかんやん!
「あのー。受け取った名刺は机の上に出しておくか、名刺入れに仕舞うようにね? 名刺入れがまだなければ今日は財布でもいいけど」
「はい」
彼は胸ポケットから名刺を取り出すと、財布の中に仕舞った。
もう、本当に大丈夫なのかな……。
ますます心配になった。
「じゃあ、今からこの会社を紹介するビデオを流します」
私は楕円のテーブルの中央に小型プロジェクターを置いた。
そして部屋の隅に置いてあるDVDプレイヤーと、ケーブルで接続する。
ダイチくんの真正面の壁は、スクリーンとしても使える白い壁だ。
そこに、明るい長方形の四角い光がくっきりと映し出された。
流すビデオは、大卒の就活の会社説明会で使うものと同じ。
「私はビデオが見終わるころにまたくるね。もし疑問点があればそのときに言ってもらえれば答えるから」
「はい」
おお、返事が連続で「はい」だ。まあ当たり前だけど。
そんなことを思いながら、私はビデオがきちんと流れ始めたことを確認して一度退室。
総務部の席に戻った。
決して大きな会社では無いこともあり、私の仕事は採用だけではない。
人事全般に関する業務……勤怠や給与、労務なども一人でやっている。
よってビデオを流している間は、他の仕事を進めて時間を有効利用しなければならない……
わけであるが。
「集中できないっ!」
だいたい待ち時間というのは、何をやってもはかどらないものだ。
「アオイさん、そのパターン多いよね」
また向かいのイシザキくんに拾われた。
なんだかんだでスルーしない優しい同僚だ。
「だって頭が切り替わらないんだもん!」
「じゃあ気分転換にこれでもどうぞ」
イシザキくんが渡してくれたチョコレート菓子『シットカット オトナの怖さ』をかじる。
が、やはりダメ。何度経験してもダメ。集中できないものは集中できない。
薄い時間が流れていく。
「あ、そろそろ終わる」
あまり手元の仕事は進んでいないが、無情にも時間は流れてしまった。
私は会議室に向かう。
ノックして私が入ったとき、ちょうどビデオが終わったところだった。ドンピシャだ。
が、ダイチくんが目をこすっていた。
眠くなるのはわからないでもない。けれども、もう少しうまく隠したほうが良いのでは?
モヤっとしながらも、私からはビデオで説明できていない部分を、会社案内や会社説明会資料を使い補足で説明していく。
それが終わると、質疑応答タイムだ。
「よーし。何か質問はある? わかりづらかったところとか。何でもどうぞ!」
「いえ、大丈夫です」
え、ないの? あっさりしすぎ!
こういうときには無理にでも何か質問を考えておくものなんだけど!
うーん……。
言うか言うまいか迷った末に、結局言わなかった。
午前中はこれで終わり。
午後は工場見学に出かけることになるが、その前に昼食タイム。
中途採用のケースや、今回のように高校生を新卒で採用するとき――
応募者に対しほぼマンツーマンでの対応となることは共通している。
だが、昼食をはさむときの対応は異なる。
前者であれば、応募者には昼食を勝手に外で食べてきてもらい、時間までに戻ってきてもらう。
しかしながら後者……高校生の場合、それでは少し気の毒ということで。
いつも高校生を会社に呼んだときは、近くの店に連れて行って食べさせている。
もちろん領収書をもらって費用は会社持ちだ。
「じゃあダイチくん、一緒にお昼食べに行こうー!」
「はい」
反応薄っ。しかも無表情。
表情が硬い、というわけではない。緊張しているという感じはない。
どちらかと言うと顔がかっこいい側よりもかわいい側に振れているせいもあるが、クールという感じがあるわけでもない。
ヌボーっとした感じ?
うーん、わからん!
本社管理本部があるビルの隣に、飲食店がたくさん入っているビルがある。
その中に鳥料理がウリの居酒屋があり、そこはランチ営業もしている。
親子丼がリーズナブルでしかも美味しい、ということで人気店になっていて、私も結構よく使う店だ。
このあたりは都心でオフィス街ということもあり、サラリーマンが多い。
いつもは人混みの中を泳ぐことになるが、今日はスタート時刻が少しフライング気味ということもあって、快適に店まで到達できた。
並んでいる人もおらず、店に入るとすぐに席に案内される。
奥のほうのテーブル席に座り、ダイチくんと向かい合った。
「お金は会社で精算するので、好きなもの食べて大丈夫だよ」
「はい」
おおお。ダイチくんの返事が「はい」で定着したようだ。
って、これは当たり前なので、もう感心するのはやめよう。
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