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第1部 終わるかもしれない新生代

第11話

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「そこで何をしている」

 その声は、扉の中からだった。
 ほぼ同時に、扉が開く。
 先ほどの人間とは別の、眼鏡をかけたスーツ姿の男が、扉の前のホールへと出てきた。

「ここは関係者以外が来るところではないが?」
「そ、そうなんですけど……」

 敵意は感じないが、冷たい声のトーン。
 ワタルは気圧されながらも、気持ちを入れ直した。
 サインを求めてきた小学生などと一緒にされてはまずい。

「えっと。僕は昨日の、大学への獣機来襲のとき、ちょうど獣機と鉢合わせまして。そこでおかしなことを言われて……。それをハヤテ……ヒーローに伝え忘れて。対獣機保安庁にはそれっぽい相談窓口もないようだったので」

 スーツ姿の男の表情は特に変化がない。

「なるほど。それで『おかしなこと』とは?」
「あ、はい。『お前は“死の鍵”を持つ可能性がある』と」

 そこでようやく男に変化が出た。
 わずかに首を傾け、そして眼鏡に手をやって直す仕草を見せた。

「ふむ……。中に入ってもらおうか」






 扉の中は、やはりコンクリート打ちっぱなしの無機質な廊下。
 ところどころには扉があった。外と異なる点は、ドアが開き戸ではなく引き戸であろう点だ。

 案内されたのは、一見すると大学の研究室を大きくしたような部屋だった。
 小さな打ち合わせテーブルや机があり、壁際には本棚が置いてある。廊下と違って明るい。
 そのおかげで、男の顔もよく見えた。色白で髪をしっかり固めている。年齢は三十代程度か。

 椅子もあるが、座るようには言われず。立ったまま会話が始まった。

「三条ワタル、だったか。君は前にも上杉ハヤテと一緒にあの扉のところまで来ていたな」
「え。知ってたんですか」
「名前は上杉から直接聞いたわけではない。防犯カメラの映像で身元を割り出しただけだ」
「そ、そうですか……」
「私は施設のトップではないが、代表して礼を言いたい。彼を助けてくれてありがとう」
「あ、いえいえ。助けられたのはこちらですので」

 男が股関節から曲げるきれいなお辞儀をしてきたので、ワタルも慌てて頭を下げた。

「上杉がフルネームを君に教えたようだが、なるべく口外しないでもらえると助かる」
「やっぱり教えるのはダメだったんですか」
「公開しているのはヒーローネーム、下の名前だけだ。好ましくはない。当たり前のことすぎて本人には言っていなかった」

 彼はあのあと怒られたのだろうな、とワタルは申し訳ない気持ちになった。
 気軽に聞くべきではなかったようだ。

「一つ、確認したい。『お前は“死の鍵”を持つ可能性がある』というのは、獣機から直接言われたのだな?」
「そうですよ。ハヤテが来なかったら、僕はそれを理由に連れ去られるところでした」

 また男は眼鏡を直す。

「これから支部長に相談してくる。申し訳ないが、いったん拘束させてもらう」
「えっ? なんでですか?」
「施設内を探索されると困るからだ。見張りも用意できない」
「そんなことしませんって……」
「君を信用しないわけではない。だが施設の性質上、念には念を入れている。悪く思わないでくれ」

 ワタルは手錠をかけられ、部屋の奥の隅にあった鉄柱に鎖で繋がれた。

 ――何だこの状況は。

 ハヤテのキャラクターからは想像もできないような、ヒーロー支部職員の雰囲気。そしてまさかの拘束である。
 あまりの意外さと、おそらくマニュアルどおりの対応なのだろうということで、怒りなどは感じない。
 ただただ困惑、というところだった。

 とりあえずこのまま待つしかない。
 ワタルは部屋を見回した。

 大きな本棚をザッと見渡すと、工学や脳科学などの本が並んでいる。工学部のワタルには、なじみのある分野の本も多い。

 デジタル化されていない本が大量にあること自体は驚きではない。研究室や図書室であれば、特に不思議ではないためだ。
 まだ人間の脳は、デジタルの文字よりもアナログの文字を読むほうが内容の理解がしやすい。技術の進歩の速度に生物的な適応・進化の速度が追いついていない好例だろう。

 よく見ると、本棚の端のほうに民法や刑法の本もある。

「……」

 ヒーローの支部で、しかも法律の本も並んでいる部屋。そこで監禁まがいのことをするってどうなんだ、とは思った。



(続く)
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