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第4話

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 町の宿屋の裏庭。
 椅子代わりと思われる切り株の近くに、剣が三本ほど揃えて置いてあった。

 平服姿の勇者が、そのうちの一本を握り、振りかぶる。
 エルは勇者の素振りを、木の陰から眺めていた。

 剣の振りは、やけにゆっくりだった。
 空気を鋭く切るという感じはまったくない。剣の重さでスッと落とすだけにも見えた。
 エルが幼年学校で同じようにやっていたら、間違いなく怒られていたであろう。

 そして素振りの時間は、あっという間に終わった。
 剣を替えながら少し振っただけだ。

 勇者はゆっくりと切り株に腰をかけると。汗を拭う様子などもなく、そのまま曇天を見上げた。

 エルは彼の背中側からそっと近づき、飛びついた。

「おっと」

 やはり察知された。立ち上がりつつ、ひょいとかわされる。

「あー、くそ。また気付かれたか」

 かわされた流れでそのまま切り株に座り込んだエルは、悔しがった。
 それを見た勇者は呆れ顔というわけでもなく、穏やかに笑う。

「ははは。よく来るね。あ、でも朝に会うのは初めてかな。いつもこんなに早く起きているのかい」
「んなわけないじゃん。勇者さんがいつも朝早くここで素振りしてるって聞いたからだよ」
「僕にちょっかい出すためにわざわざ早起きしたのか。それはありがとう」
「勇者のくせに嫌味な言い方すんな」

 不満を顔と声でぶつけるエルだったが、勇者はそれもスッとかわした。

「嫌味じゃないよ。本当にそう思ったんだ。僕にはきみが早起きして会うほどの価値はないと思うからね」
「意味わかんねえこと言うなって。というか勇者さん、裸じゃないんだ? 素振りって汗かくから、パンツか腰巻き一枚でやってるのかと思ってたのに」
「あー……、今は脱がないでやっているな。でもなぜそんなことを聞くんだい?」
「今度は生でチンコ触ってギャフンと言わせてやろうと思ってたからな」
「そうなのか。子どもとはいえ考えることが怖い」

 余裕しゃくしゃくな表情を送られたうえに、また子どもと言われ、エルは肩をすくめた。

「もー、子ども子どもうるさいなあ。オレ、今回勇者さんが出かけていた間に幼年学校は卒業になったぞ」
「おめでとう。いよいよ騎士見習いになるんだね?」
「今は幼年学校出ても騎士を目指さなくていいんだ。オレは冒険者になる。もう登録もしたから大人の仲間入りだぜ」

 一転、エルが胸を張る。
 もともと幼年学校は騎士養成のための学校であったが、とあるタイミングから、卒業後に王国騎士見習いにならなくても学費を返還する必要はなくなっていた。
 そのとあるタイミングとは、実は勇者の魔王討伐による魔王軍崩壊なのだが、勇者の知るところではなかったようだ。

「そうだったんだ。でも大人の仲間入りしたのなら、僕の変なところを触っている場合じゃないよ」
「それは別」
「別なのか。前から思っていたけど、僕に構うのはどうしてなんだい?」
「んー、何だろ。勇者さん見てるとギャフンと言わせたいというか、怒らせてみたくなるんだよなー。学校のいい子ちゃんみたいっていうの? 演技してるっていうの? よくわかんないけど、何か勇者さん見てるとぶっこわしたくなるわけ」

 勇者が少し驚いたような顔を見せた。
 それは一瞬だけで、すぐにいつもエルに見せていた微笑に戻ったが。

「あと勇者さん、俺が見るときいつも一人だよな? 友達いないのか?」
「そうだね。でもきみもいつも一人じゃないか」
「オレはいちおう友達いるよ。勇者さんにちょっかい出すのは誰も乗ってこなかっただけ」
「なるほど。納得したよ、エルくん」

「いやオレのことはいいから。勇者さんの魔王討伐はパーティーでやったって聞いたけど。なのに今はいつ見ても一人って、なんか本人に問題あるんじゃないかって思うわけよ。余計つついてみたくなる」
「へえ、きみ鋭いね。魔王討伐のパーティーにいた魔法使いくんもそうだったけど。イタズラ好きには観察眼のある人間が多いのかもしれない」
「だー! こんなにコケにされても怒らないわけ? チンコついてんのか……って、けっこうデカそうなのがついてたか」

 勇者が小さく吹き出す。

「面白い子だなあ。まあ、子どもを怒るなんて勇者のすることじゃない。たぶんないと思う」
「まーた子ども言う」
「おっと」

 ふたたび飛びかかったエルだったが、やはり軽くかわされてしまう。

「触らせろ!」
「いやあ、すごい執念だなあ」
「何されても怒んないんだろ? ならいいだろ。やらせろ」

 勇者はまた小さく吹き出すように笑うと、少し顎を触った。
 そして置いてあった剣を一つ持ちあげ、エルに投げる。

「じゃあ、今日はせっかく朝早く起きて来てくれたから。そのお礼として……僕から一本取ったら、いいよ」
「言ったな。生で触るからな」
「はいはい。一本取れたらいくらでもどうぞ」

 受け取った剣を構えると、エルは勇者に向けて踏み込んでいった。



(続く)
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