シンジンルイ

Bistro炒飯

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新たなる旅立ち

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 ☆

 ミドリが目を覚ましてから数日、肩の怪我は完全には回復していないもののだいぶ調子が良くなっていた。

 とはいえ、その間ターニャの言いつける仕事をするには体があまりにも不自由なのでミドリはアンリやルナの仕事のする様子を隣で見て過ごした。ミドリは右腕くらい使わなくても生活は問題なく送れると甘く見ていたが、実際は右腕を使っていなくとも肩に響いたり、体のバランスが崩れたりと想像以上に何もできないことを自覚して落ち込んだ。

 ミドリは安静にしている間ルナやアンリが日課の仕事をするのを見る傍らで今後のことを考えていてた。

 (怪我が治ってもずっと教会の世話になるのは申し訳ないし、ルナやアンリ、ターニャは俺のせいじゃないっていうけど、やはり俺がいることで周りの人間に迷惑がかかるのはごめんだな。今や自分でさえ何者か分からないような得体のしれない人間なんだ、俺は。……観測者、何故だか物凄い聞き覚えのある言葉だけどそれが本当に自分のことなのか、それが何を意味しているのかさっぱり分からない。あてはないけれど、もうじきこの教会や村も観測者や化け物について、そして自分のことについて探すために出る必要がありそうだな…………)

 ミドリは花に水をやり、使い終わった土を天日干しして乾かす作業をしているアンリとルナを眺めながらそう考えた。

 これ以上自分のことについて他の人を巻き込むことは出来ないとミドリは覚悟をきめようとしていた。

 そしてさらに数日が経った。

 肩に塗られたこの世界に存在する不思議な薬草や、ターニャ曰く祈りの力でミドリの肩は予想以上に早く回復していった。完全には回復していないものの、日常の動きに支障はなく、仕事も少しずつ手伝えるようになってきていた。

 そんなある日の夜、いつも通り四人で食卓を囲んでいた時、ミドリはここ数日、いつのタイミングで教会を出ていくかを他のみんなに伝えるかを考えていたが、遂に今日それを言おうと決意したのである。

 流石に無言で出ていくのはここまでしてもらったのに申し訳ない。それでいうのなら怪我が回復して大した仕事もこなさずに出ていくというのも恩知らずというものだが、それよりも迷惑をこれ以上かけたくないという気持ちが勝った。

 食事が一段落して談笑の時間に移り、会話が少し落ち着いたところでミドリは口を開いた。

 「あの、俺…………」

 そこまで言うとターニャが目で制したため、思わずミドリは口をつぐんだ。話をするのに中々勇気が出なかっただけに、じっと見られただけで簡単に話すのを止めてしまった。

 「ミドリ、これからあなたが言いたいことはおおよそ予想がつきます。……近いうちにここを、いえ、村を出ていくつもりなのでしょう」

 「え…………」

 「ミドリ、そんなこと教えてくれなかったじゃないか…」

 アンリとルナは予想通り驚いた表情をしていた。一言もまだ相談すらしていなかったので、当然と言えば当然である。

 だがターニャはそんな考えさえお見通しのようだった。そんな彼女の一番驚いのは実はミドリだったのかもしれない。

 「……そうです。ターニャの言う通り俺はここをもうすぐ出ていくつもりです」

 「ミドリ、どうして急に」

 ルナはようやく怪我が回復し始めて生活も楽しくなり始めたにもかかわらず突然出ていくと言い出したミドリに悲しそうな目線を向けた。

 ミドリはターニャに目を向けると、黙って目を瞑っていた。これより先は自分で説明しろということらしい。

 「俺は、これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいかないんだ。勘違いして欲しくないのは、みんなとここで生活するのが楽しくないとか思ったわけじゃないんだ。それは本当だ。だけど、俺は自分の道を探したいんだ。ここにいれば生活に不自由はしない、だけどここじゃ見つからないんだ。俺の探すものは」

 ミドリは「自分の道」、「探したいもの」とぼかしたが、ターニャはそれを許してはくれなかった。

 「自分の道、探したいもの、それはどういうものなのでしょう」

 その表情からターニャはきっとミドリが何を目的としているのかまでもきっと分かっているのかもしれないが、アンリやルナに対する説明もかねて、そして自分の言葉で説明させるために聞いた。

 「俺は自分が何者なのか、どこの世界から来たのか、元の世界には戻れるのか、記憶は戻るのか、あの化け物は何者か、観測者とは何か、数え上げればきりがないけれど、そういったものはニルディにはないと俺は考えている。………その中でも一番は、自分が何者かを知るためだ。その結果として記憶が戻らなくても、元の世界というのがなくても、自分を知ろうとしないことは怠慢だと思うんだ」

 ミドリは自分の考えを簡単にまとめて伝えた。
 
 実際はもっとあるのかもしれないが、それ以上はミドリ自身分かっていないのかもしれない。

 「ミドリ、ここ最近そんなことを考えていたのか…………」

 アンリはミドリが仕事の最中にたまに上の空になっていることに気が付いていた。

 その理由にようやく合点がいったのか妙に納得した様子である。

 「私が修道院時代のことを話したのは少し耳に毒だったかしらね」

 「いえ、あの話が無ければ踏ん切りがつきませんでした」

 ターニャは寂しそうな遠い目をして言った。

 「ミドリ、本当に行っちゃうの?」

 「あぁ、もう決めたことだ」

 「本気かい?ミドリ」

 「本気だ」

 「そうか………。僕は…………」

 アンリは何か言いたげな様子だったが俯いて何も言わなくなってしまった。

 教会ではずっとアンリとルナだけで生活していて、同世代、同性の友人なんか一人もいなかった彼にとって、やっと出会えた友達になれるかもしれない人間がまたすぐにいなくなってしまうというのだから仕方のない反応ともいえる。

 そんな彼にターニャは優しく語り掛ける。

 「アンリ、あなたはどうするんですか?」

 彼女の言葉にアンリはハッとした表情を浮かべたがすぐにまた俯いた。

 「……僕はどうするも、ここで、」

 「アンリ、自分の気持ちに正直になりなさい」

 「アンリ…………」

 ターニャにはアンリがどう考えているのかもやはり分かっているのかもしれない。

 だがミドリには何も分からなかった。

 ルナは知ってか知らずか心配そうにアンリの名を呟いた。

 「僕は、でも」

 「アンリ、あなたはどうして最近になって勉強を頑張り始めたのですか。私はアンリが仕事を早く終わらせると、図書館に密かに通っていたのも知っているのですよ。この小さな村で隠し事なんて出来ないのはあなたも知っているでしょう」

 ターニャにそう言われるとアンリは覚悟を決めたように深呼吸をした。

 「僕は……。僕は世界を知りたい。もっと広く世界を見てみたい。この村から出て他の街や国に言って見たい。ここ数年はその気持ちがどんどん大きくなってきているんだ。だけど、それと同時に、物心つかない時から僕の世話をして育ててくれたターニャやこの村を出ていくことに後ろめたさを感じているんだ。だから言い出せなかったんだ……」

 アンリは自分の夢をそう語った。

 ニルディという小さな村から出ることのなかった青年は大きな目標を持っていたのである。

 「アンリがそう思っているんじゃないかっていうのは私も何となく感じていたわ。もし、私にも気を遣っているなら気にしなくていいのよ。寂しいけど、会えなくなるわけじゃないわ。また村に帰ってきてくれればいいだけだもの」

 ルナはやはりアンリが考えていたことを察していたのか、いつかこの時が来ることを覚悟していたかのような口ぶりだった。

 「ルナの言う通りです。私たちやこの村に対して後ろめたいなんて感じる必要はありません。アンリももう十分自分で考えて何かを志す年齢です。私は一生アンリがこの村で過ごしていくとはそもそも思っていませんでしたよ。それに、今村を出ていったら私たちと今生の別れというわけでもないのですから、ゆっくり世界を見て回ってよく勉強してくるといいですよ。いつでもあなたの帰る場所はここにあるのですから」

 ターニャは優しくそう言った。

 アンリはターニャの言葉を聞くと嬉しそうに涙を流して感謝した。

 ルナも寂しそうではあったが、アンリが自分の目標に向かって歩き出そうとしているのを喜ばしくも思っているようだった。

 少し落ち着くとターニャはミドリとアンリに対して向き直った。

 「目的は違えど、志を持つものとしてアンリとミドリは一緒に世界を旅して渡りなさい。一人よりも二人の方がお互い助け合っていけるでしょう。それに、他の国、街もニルディのように平和でのどかな場所とは限りません。此度のように危険な目に合うこともあるかもしれません。ですが、だからこそ二人ならば乗り越え、その旅の先で何かを得ることができると私は信じています」
 
 「ですが、出発は一週間後にしなさい、ミドリも怪我がまだ完治していませんし、いきなりの出立は認めません。いいですね」

 そしてターニャは最後にそう付け加えた。

 ミドリもアンリもこれからの行動が決まり身が引き締まる気持ちでターニャの話を聞き、そして強く頷いた。
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