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新たなる旅立ち
疑念
しおりを挟む☆ 都内病院
その後電車は駅の近くに停車すると既に集まっていた多くの消防車からの一斉放水を受けて素早く鎮火された。そして火傷した者や意識を失ってしまった者が続々と救急車に乗せられて都内の病院に運ばれていった。
ミドリもその内の一人で、意識不明の重体で病院へと運ばれた。チヨコもミドリが運ばれた病院を聞きつけて学校そっちのけで駆け付けたが、その時には既に手術室へと入っていてすぐに顔を見ることは叶わなかったが、外の椅子で治療が終わるのを待つことにした。
電車の爆発事故は直ぐに大きなニュースとなり、テレビカメラや報道陣が駅や電車周辺を取り囲んだ。そして不謹慎なことにも被害者たちの運ばれたこの都内の病院にも取材のためのスタッフが入り込んできているのをチヨコは来るときに確認している。面白ければ(面白いというのは語弊があるが、言い換えるなら興味を引くようなものであれば)なんでも取材してテレビに流すことが正しいのか、チヨコは今のテレビの在り方に疑問を覚えざるを得なかった。
今まではあまり感じてこなかったが、ミドリが、身内がその野次馬根性の対象になった状況ではテレビカメラや取材などやめて欲しいと思うのは当然である。仮に治療も終わって命からがら無事に生還したとしても直ぐに事件のことについて取材されたりしたら精神的にたまったものではない。
病院のスタッフもそれを案じて今は病院内に取材のための人間を入れないように手を焼いているようである。その配慮にチヨコは深い感謝を感じた。自分もミドリが心配で他のことなど考えている余裕はないにもかかわらず取材の魔の手が近寄ってきては精神的に耐えられそうにない。
ミドリの母親もこちらへ向かっているらしいが、何しろ電車は当然爆発事故の影響で止まっているし、道路も事故の影響で周辺は大渋滞が起きているために中々近づけそうにないということだったのでもし治療が終わった際に取り合えずのミドリの体の状況の説明を聞いたり、側についている役割はチヨコが担うことになっている。
とはいえ手術室に入っていることからも何となくの想像はつくが間違いなく無傷であるということは有り得ない。それにあの業火の中に飛び込んでいったのである。外傷も相当なものだろう。チヨコはよくテレビで見る全身やけどを負った人間の姿を想像してミドリに投影し、今にも泣きだしそうになった。
今朝まで一緒に登校していたミドリが全身やけどでもう以前と同じ姿は見られないかもしれないと想像したら言葉にならない悲しみに襲われた。それに、チヨコは自分が変わり果てたミドリの姿をみてこれまで通り接することができるか不安になった。そしてそれと同時に自分はなんて薄情な人間なのだと自身に対する嫌悪感で押しつぶされそうになっている。
薄暗く肌寒い手術室の前の廊下はそれだけでチヨコの心を蝕むには十分すぎる場所だった。悪いイメージだけがひたすら頭の中を飛び交う。
しかしその時間も永遠ではない。チヨコにとっては永遠にも感じられる時間だったが実際はチヨコが到着してから一時間ほどで治療中の赤いランプは消えた。自分が到着する前から治療は行われていたため、合計で二時間ほどだろうか。もっとたくさんの時間がかかることを覚悟していたので思いのほか現実時間で早く治療が終わったことにチヨコは驚いた。
赤いランプが消えてから1分ほど経過して次にドアが開いた。ストレッチャーに乗った患者が運ばれてくる。おそらくミドリだろう。チヨコはミドリがどんな姿で出てきても受け入れる覚悟は出来ていた。たとえ酷い火傷の後で顔が分からなくても、鼻に管が通っていようと、喉に穴が開いていようとも生きてさえいてくれればそれでよかった。
しかし覚悟を決めていたにもかかわらずチヨコは運ばれてきたミドリの姿を見て涙を流さずにはいられなかった。
ストレッチャーに乗せられたミドリの姿は腕に点滴の管を付けられ、鼻にも呼吸をするための管が通されているのは予想通りだった。予想通り、というか、その程度ならば入院患者のいる大病院に行けば日常的にみられる光景であるためショックを受けるような姿ではない。むしろあれだけの火の中に飛び込んでそれすらも繋がれていなかったとするならばその方が心配である。術中、若しくはそれ以前にもうミドリはほとんど助かる見込みがなく、治療中にそれが確定したためにそのような生命維持装置は全て外されて出てきたのではないかと思ってしまう。
その点に置いてそれらの装置が体につけられたまま出てきたということはまだ息があるということである。
しかしチヨコが衝撃で涙を流した問題はそこではない。
チヨコは爆発事故に巻き込まれた他の被害者も見たが、後ろの方の車両にいた人はほとんど全員何かしら火傷を負っていて、酷い人では腕の皮膚が爛れている人を見た。なのでそれよりも長時間、酷い状態で助け出されるまで放置されたミドリはどのような姿になってしまっているのかと歯を食いしばってストレッチャーに乗った彼を見たが、チヨコは絶句した。
運ばれてきたのはやはりミドリだったが、彼の顔は今朝見た通りの綺麗な顔のままだった。火傷の後すらなく、火事の中にいた痕跡としては首筋に少し煤(すす)が付着しているだけだったのである。
チヨコはこのあまりにも不可解な様子にストレッチャーと共に手術室から出てきた医師と思われる男に詰め寄った。
「すいません!ミドリ、山本ミドリの身内のものです。あの、彼は大丈夫なのでしょうか」
「あぁ、えーと、彼の身内の方ですか。…………息はしています。ただ意識を取り戻すかどうかは分かりません」
「あの、そうでは無くて、彼はどうして……、外傷が何もないんですか」
医師はミドリがどのような状況から運び込まれたのか詳しいことを聞いていないのかもしれなかった。チヨコの外傷が何故ないのかという質問に不思議そうな顔を浮かべている。
「外傷、ですか。すみません、ここに運ばれてきたときから外傷といえる外傷は何もなかったのでそれは分かりかねます」
「でも彼は火の中に少なくとも10分以上は放置されていたんです!火傷の一つもないのは有り得ないんです!」
ミドリに火傷含む外傷がなかったのは通常喜ばれるべきことなのだが、チヨコは矛盾する感情だと理解しつつもなぜ火傷の痕の一つもないのかが納得できずにお門違いであるとは分かっていても医師に食ってかからずにはいられなかった。
「そうおっしゃられてもですね……。ですがとにかく、長時間にわたって煙を吸い込んでしまっていることは確実ですので一酸化炭素中毒は間違いないでしょう。外傷はないにしても脳にダメージがいってしまっている可能性が高いので無事に意識を回復するかどうかはやはり脳の詳しい検査をこれから行っていかないと分かりません」
「そう、ですか……」
そういうと医師の男はお辞儀をして去っていった。
ミドリを乗せたストレッチャーは集中治療室へと一度運ばれるようで、看護師が急いで押しながら医師の後を追った。
チヨコはミドリが取り合えず生きていることに安堵したが、それと同時に疑念が生まれた。あの燃える車両の中に居ながらあれだけ綺麗な状態でいれるはずがあるだろうか。一瞬火に充てられただけで火傷をするような状況だったのである。それにもかかわらずミドリは全身防護服もなしで突進していき、それでいて火傷の一つもないのは有り得ない。
手術着を着せられていて、毛布も掛けられていたため、体にどれだけ火傷などの傷があるかどうかの判断は出来ないがあの様子と医師の言葉を合わせて考えると体にも火傷の痕はおそらくないのだろう。意識のない状態でストレッチャーに乗せられたミドリの様子はどこからどう見ても同じ人間のはずなのだが、なぜかチヨコには別の人間に思えてならなかった。あの火の中に向かっていったミドリと同一人物の体とはとても思えなかった。
「あなたは誰……?」
運ばれていくミドリの姿を目で追いながらその疑問を宙に投げかけた。
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