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番外編 綾太『まりかちゃん』に再会する1

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 八月のうだるような暑さのなか、僕は実家の庭で懐かしい玉砂利を踏みしめていた。ここに戻ってきたのはおよそ半年振りだ。引き戸になった玄関から入り、廊下を進むと縁側から燦々と日の光が差し込んでいる。懐かしさは感じるが、ここで暮らすことは恐らくないだろう。

「綾太。東京に戻っていたのか」

 ふすまの向こうから声がして、誘われるように敷居をまたいで和室へ入った。畳の上に置かれた椅子に父がのんびりと腰掛けている。テーブルには緑茶と羊羹。そうだ、父はわりと甘党だった。

「ただいま。……と言ってもすぐに出るけどね。ここには挨拶に寄っただけだから」

「ずい分と高いマンションを買ったそうじゃないか。あの設備で、しかも高度なセキュリティを誇る物件をよく買えたもんだ。あれはウチで建てたマンションじゃないだろ?」

 よく知っているものだと感心する。自分がそれなりに目立つ存在だとは理解しているが、あえて北条建設とは無関係の不動産会社を利用したのに。情報が漏れたのはまた叔父からだろうか。

「じい様とばあ様が援助してくれたからね。僕も投資で資金を増やしていたから……。あと数年で払い終えると思う」

「じいさん達の仕業か……。なるほどなぁ。そこまでしてあの子から逃げたいんだな?」

 分かっているだろうに、父はわざとこんな言い方をする。そもそも僕が実家から逃げ出すことになったのも父と母のせいなのだが。

「そりゃ逃げたくもなるだろ。ひとの留守中に勝手に部屋に入ってるし、それが嫌で実家を出てマンションを借りたら、どこまでもしつこく追いかけてくるんだぞ。鍵を掛けたはずの部屋に無許可で勝手に入られたら、父さんだって腰を抜かすんじゃないのか? 父さんたちが雪華に甘いから、じい様とばあ様は僕を気の毒がって援助してくれたんだ」

 本家の離れには叔父一家も暮らしているが、雪華は無断で僕の部屋に入って私物を調べたりする事があった。兄妹のように育ったせいか大人たちは彼女に甘く、注意するのは僕ひとりだったが、父方の祖父母はかなり早い段階から雪華の異常性を見抜いていたらしい。このままでは孫息子が望まない結婚をする羽目になると危惧し、僕の身を守るために援助してくれたのだ。

 気づいているくせに見てみぬ振りをしているのは父と母だけで、二人は自分たちが大恋愛の末に結ばれたというただそれだけの理由で雪華を野放しにしている。

「そうは言うけどな。あの子だって、おまえを慕っているからこそ追いかけてるんだろう」

「追いかけ方が異常なんだよ。しかも雪華の場合、叔父さんの力をつかって無理やり鍵を入手してる。ほとんど犯罪だ。だから北条とは無縁のマンションを買ったんだよ」

「なるほどな」

「父さんは、雪華が僕を追いかけるのは恋愛感情ゆえだと思ってるんだろ?」

「ああ、そうだ。あの子はおまえがひょろひょろと弱々しい頃から慕ってくれていたじゃないか」

 本当に分かっていない。親相手とはいえ舌打ちしたくなる。

「あいつは僕を慕ってるんじゃない。『北条の跡取り』を慕ってるんだ。父さんだって分かってるんじゃないのか?」

 叔父は自分が社長になれなかったという無念を、娘を使って晴らそうとしている。一人娘を社長夫人にすることで承認欲求を満たしたいのだ。
 子供の頃から叔父のせいで雪華と二人きりになることが多かったが、彼女は父親の言いなりになっているだけだろう。

「最初は私もそう思っていたけどな。おまえが今のように好青年になってからは、ちゃんと恋をしていると思うんだ。伯父や父親という立場を使っておまえ達の関係に横槍を入れるつもりはないよ。恋愛は当事者で話し合うべきものだ。私と綾音のときも大変だったからな……」

「全然納得できない。雪華さえ良ければ僕の意思は無視なのか? だいたい、あんな芯のない女性はまったくタイプじゃない」

「おや、また出るのかな? 綾太の初恋の話が」

 父はニヤリと口角を上げて僕を見た。なんとなく腹の立つ顔だ。

「おまえ、まだ京都の神社で出会った『まりかちゃん』を忘れられないのか? もう十三年もたつんだろう。まぁ確かに、綾太がここまで逞しく成長できたのはそのお嬢さんのお陰だが……。自分を振った女の子を忘れられないなんて、綾太も変わった趣味をしてるもんだ」

「一生忘れないと思う。まだ『まりかちゃん』ほど芯の強い女性には出会えていないんだ。もう一度彼女に会って、今の自分を見てほしい」

「しかし高校に入ってから京都に行っても、その子には会えなかったんだろう。もう京都から出たんじゃないか?」

「……そうかもね。もう一度会いたいと思っているのも、多分僕だけだろう」
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