上 下
25 / 52

24 過去の男1

しおりを挟む
 十月の下旬、私はオフィスビル内の会議室でミーティングに参加していた。社内広報には主に二種類あり、web媒体を使ったものと紙の社内報がある。今回は自社で活躍する社員をwebサイトで紹介するためのミーティングだった。どんな社員が活躍しているのかは社外に伝わりにくいので、こまめに情報を発信する必要があるのだ。

「お時間いただき、ありがとうございました」

 ミーティングを終えて廊下に出ると、少し離れた場所にあるドアから十名ほどの社員が出てきた。あちらも会議をしていたらしい。このまま歩いていくと彼らとぶつかりそうなので、廊下の端に寄ってしばらく待つ事にする。

「あれ? 真梨花じゃないか」

 室内から出てきた一人の男性が立ち止まって私の名前を呼んだ。いきなりの名前呼び捨てにムッとしながら顔を上げると、少し目じりの垂れたくせっ毛の男性社員と目が合う。その瞬間、私は凍りついた。

「ま……松本さん……?」

 なんの冗談なのか、私にトラウマを植えつけた張本人がそこにいる。よく似た別人かとも思ったが、やはりなんど見ても過去に嫌悪を感じたあの顔と同じだ。

 付き合っていた頃は根掘り葉掘り情報を聞き出すのは失礼だと思ったから、彼が北条建設の社員だなんて知らなかった。暮らしぶりから大企業に勤めるサラリーマンだとは何となく気づいていたけれど。

「お、お久しぶりです。松本さんも同じ会社だったんですね」

 会議に参加していたメンバーは私たちが気になる様子だったが、自分のデスクに戻ろうと歩き始めている。そのまま足を止めないでほしい。本当は松本さんを無視したい気持ちもあったが、社内とあっては目立つわけにはいかなかった。プライベートだったら聞こえない振りができたのに……。

「そうみたいだな。俺は各地を転々としてたから、真梨花が同じ会社に入ってたなんて知らなかったなぁ」

 いつまで馴れ馴れしく名前を呼び捨てにするつもりなのか。過去にされた仕打ちはいまだに私をさいなんでいて、綾太さんを拒絶する原因にもなったというのに。
 でも会社の廊下で騒ぎを起こすわけには行かず、私は黙ったまま松本さんを睨んでいた。が、その時。

「恩田さんと松本さんは知り合いだったのか? ふたりの間に親しい雰囲気を感じるけど」

 会議室のドアの向こうから、綾太さんが出てきたのだ。彼の後ろには私に彼氏がいると勘違いした小森さんまでいて、私は自分が窮地に立たされたことを悟った。このままでは松本さんが私の恋人だと勘違いされてしまうかもしれない。

(お願いだから、余計なこと言わないで……!)

 私は眼差しで必死に訴えたが、松本さんはそれにまったく気づく気配もなく――

「親しいっていうか……恩田さんは俺の元カノって奴ですかね。ハハハ!」

 彼が言い放った瞬間、その場の気温が急激に下がったように感じた。気のせいだと思いたいけど、松本さんの後ろに立つ綾太さんは氷のような眼差しで私たちを見ている。明らかに顰蹙を買ってしまったようだ。しかも小森さんは「なるほど」と何かを納得したような表情をしており、私をさらに追い詰めた。

「あっそうだ。私、広報の仕事で松本さんに訊きたいことがあったんです。今ちょっといいですか?」

「え、今? まぁ少しならいいけど」

「では会議室を使いましょう。廊下では何なので」

 これ以上余計なことを言われてたまるものか。過去のプライベートを社内で流布されるなんて、たまったものじゃない。あの時もひどい人だと思ったけれど、公私混同する人だと知ってさらに失望してしまう。

 私はぐつぐつと煮えたぎるマグマを体内に抱えながら会議室へ入った。後ろから松本さんも入室し、ドアが閉じられる。会議室の大きな机には誰かが忘れたファイルが置いてあったが、今はそれを届けてあげようとも思えなかった。

「過去のプライベートを社内でバラさないでください! 私とあなたはもう赤の他人なんだから」

 会話が聞こえないようにドアから離れ、小声で松本さんに苦情をいう。声は小さいが、口調には怒りを混ぜた。今なら松本さんに怒りをぶつけても許されるはずだ。私たちの声も外には聞こえないだろう。

 自分でもひどい顔で松本さんを睨んでいる自覚があったが、彼はどこ吹く風で涼しい顔をしている。そうだった、こういう人だった。プライベートでは他人の話なんてほとんど聞かない人だった。
 怒りを隠さない私を松本さんは楽しげに見下ろし、ふざけた口調で言う。

「冷たいこと言うなよ。短い期間だったとは言え、俺たちは恋人になった仲だろ?」

「恋人になったと思ったのは私だけで、松本さんは全然その気はなかったでしょう。ひどい態度で私を傷つけたくせに、よくも堂々とそんなこと……」

「悪かったよ。今は反省してるって。それよりさ、おまえってお坊ちゃまといい関係なのか?」

「そんなわけないでしょう! なにを勘違いしてるんですか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

処理中です...